チャプター62 ― 『紫の炎』と呼ばれるもの
読者の皆様へ!
しばらく更新が止まってしまい、本当に申し訳ありませんでした!体調を崩してしまっていたことに加え、物語の章構成についても色々と考え直していました。
ですが、今はしっかり回復し、状況も落ち着いています!これからは以前よりも安定したペースで、しっかり更新を再開していく予定です!
お待ちいただいた皆様、本当にありがとうございます!今後ともどうぞよろしくお願いします :)
よろしくお願いします!
アンジェリーナが去ってから、一時間が過ぎていた。
静かで澄んだ夜が、ヴォルタの中央にある大噴水をやさしい月光で包み込んでいる。
俺は石の縁に腰掛けたまま、水面に揺れる反射を眺めていた。
それはまるで、思考の奥に漂う紫の残光のようだった。
やがて――
衣擦れの音。軽やかな足音。
そして、聞き慣れた声。
「エンジェル……」
俺は顔を上げる。
アンジェリーナがこちらへ歩いてくる。
その後ろには、六つの影。
並んで歩く彼女たちの黒と紫のドレスが、夜風にやわらかく揺れる。
まるで夢の中から現れた影のように。
数メートル手前で、彼女たちは揃って足を止めた。
アンジェリーナが一歩前に出る。
その笑顔は、思わず目を細めたくなるほどだった。
「連れてきたわ。あなたの望んだ通りに」
俺はゆっくりと立ち上がる。
彼女たちの視線が、いっせいにこちらへ向けられる。
そこにあったのは、さまざまな感情――
敬意、親しみ、期待……そして何より、深く燃えるような想い。
アンジェリーナは一歩引き、場を譲る。
最初に前へ出たのはステラだった。
肩に落ちる茶色の髪に、左目を隠す一房。
視線を合わせようとせず、頬は赤く染まっている。
「エ、エンジェル……呼んだの?」
「ああ、ステラ。来てくれてありがとう」
彼女は胸の前で手を握りしめる。
淡い青の瞳が、わずかに揺れていた。
「あなたのためなら……大陸の端でも行くって、知ってるでしょ?」
俺は小さく笑う。
「ああ、知ってる」
「だから、お前を信じてる」
ステラは顔を真っ赤にして、一歩下がった。
代わりに前へ出たのはローザ。
小柄で、しなやかで、どこか気品を漂わせている。
軽く頭を下げるその仕草は、自然な優雅さを感じさせた。
「相変わらずね、エンジェル」
「ローザもな」
「何も言わずに場を支配する、その感じ」
彼女はくすっと笑う。
「誰かが抑え役をやらないと、ね?」
小さな笑いが、場に広がる。
次に進み出たのはオーレリア。
長身で、細く引き締まった体。
濃い青の髪が、地面に触れそうなほど長い。
冷たく気高いその瞳が、俺を見た瞬間、わずかに柔らいだ。
「エンジェル」
「オーレリア」
「やっぱりね」
「あなたが何もせずに終わるはずがないと思ってた」
「よく分かってるな」
彼女は腕を組み、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「で? 今回はどんな“無茶”に付き合わされるのかしら?」
「戦争じゃない」
「夢だ」
その言葉に、彼女の表情が一瞬固まり――
ゆっくりと、頷いた。
「ならいいわ」
「その夢、最後まで付き合う」
ルナが静かに歩み出る。
夜のように深い青の髪が、風に揺れていた。
俺の掌に灯した炎を見つめ、彼女の瞳がわずかに輝く。
「……綺麗」
「これは、これからの象徴だ」
ルナは迷いなく俺の手に触れた。
「なら……私は影になる」
「あなたが望むなら、光にも」
「ルナは昔から自由だな」
彼女は微笑む。
静かで、どこか妖しさを帯びた優しさ。
次はクララ。
軽やかな足取りで近づき、少し首を傾ける。
黒髪が月光を反射し、赤みを帯びた瞳が静かにこちらを見る。
「これが、アンジェリーナの言ってた計画?」
「ああ。俺たちの組織だ」
「消えない炎、ね」
「そうだ」
クララはそっと俺の腕に触れる。
「なら……私が見張ってあげる」
「絶対に消えないように」
最後にミアが歩み出た。
柔らかな金髪と、澄んだ青の瞳。
落ち着いた微笑みが浮かんでいる。
「少し見ない間に……大きくなったわね、エンジェル」
「まだ十四だぞ、俺」
「年齢の話じゃないの」
彼女は優しく笑う。
そっと手を伸ばし、頬に触れた。
「あなたの“目”が変わったの」
「前よりずっと……強くなってる」
俺は静かに彼女を見返す。
「……ありがとう、ミア」
「ふふ」
彼女は優しく目を細める。
「今日はね、“理性”じゃなくて“心”で動くって決めたの」
アンジェリーナが、再び俺の隣に戻る。
胸の前で手を合わせ、静かに言った。
「全員揃ったわ、エンジェル」
「私たちの……家族」
俺は一人ひとりを見渡す。
その表情、その視線、その想い。
ゆっくりと右手を上げる。
紫の炎が再び生まれ、夜の中で静かに揺らめいた。
「――今日から」
「俺たちは、一つの意志になる」
一歩、前へ踏み出す。
風が包帯を揺らした。
「名は――『紫の炎』」
「闇の中で燃え、光を失った者たちを照らす存在だ」
アンジェリーナが小さく呟く。
「……紫の炎」
ステラは目を輝かせる。
「すごく……綺麗」
オーレリアは腕を組み、満足げに笑う。
「なら、その炎……絶やさないことね」
俺は静かに手を閉じた。
炎はほどけるように広がり、無数の光となって夜へ散る。
それはまるで、静かな祝福のように――
彼女たちの髪へ、ドレスへ、そっと降り注いだ。
「――ようこそ」
俺は静かに告げる。
「俺の炎たち」
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七人は、まるで一つの意志に導かれるように、静かに頭を垂れた。
その動きには一切の乱れがなく、完璧な調和があった。
――そして俺は、はっきりと感じていた。
今この瞬間、世界は“何か”の誕生を目撃したのだと。
それは決して朽ちることのない、ひとつの強い意志だった。
月光が広場を淡く照らす。
七人の少女たちが、俺の前に並び立つ。
その視線は、俺の手の中で揺れる「紫の炎」へと注がれていた。
鼓動が、伝わってくる。
七つの心が、ひとつのリズムで鳴っている。
期待。希望。
そして――純粋な願い。
強くなりたい。
俺のために。
俺はゆっくりと顔を上げた。
「……準備はいいか?」
アンジェリーナが静かに頷く。
それに続くように、他の六人も頷いた。
俺は一歩、前へ。
視線の先にいたのは――ミア。
彼女の呼吸が、わずかに乱れる。
だがその瞳は揺らがない。
風が、彼女の柔らかな金髪を揺らしていた。
俺は手を差し出す。
掌の中で、炎が優しく揺れる。
「ミア……」
「リリスの七女の血を継ぐ者」
彼女の目が大きく見開かれる。
「……知ってたの?」
俺は、ほんのわずかに微笑んだ。
「いろいろなことをな」
「だが何より――お前の心が、誰よりも澄んでいることを」
ゆっくりと、その手を重ねる。
炎が、静かに分かたれる。
ひとつの小さな光の球となり、彼女の掌へと落ちた。
それは――どこまでも優しい光だった。
荒々しさも、激しさもない。
ただ、包み込むような温もり。
「これは……可憐の炎」
「“優しさ”を司る火だ」
俺は静かに告げる。
「世界を癒やすために使え」
ミアは、その光を見つめたまま動かない。
やがて深く息を吸い込み――
ゆっくりと、膝をついた。
「……誓うわ、エンジェル」
「この光を……世界に広げるって」
「あなたのために……そして、私たちのために」
光が、彼女の中へと溶けていく。
紫の輝きが、柔らかく彼女を包み込んだ。
それは熱ではなく――安らぎ。
彼女の瞳が、一瞬だけアメジストのように輝く。
後ろで、アンジェリーナが小さく息を呑む。
「……綺麗……」
ミアはゆっくりと立ち上がった。
その表情は、先ほどとは違う。
どこまでも穏やかで――揺るがない静けさを宿している。
まるで、その魂そのものが洗い流されたかのように。
「……ようこそ」
俺は静かに告げる。
「“紫の炎”へ、ミア」
彼女はそっと頷き、優しく微笑んだ。
「ありがとう……私の天使」
その瞬間、空気が変わる。
残る六人の視線が、一斉に俺へと向けられた。
ローザ。
ステラ。
オーレリア。
ルナ。
クララ。
そして――アンジェリーナ。
誰もが同じ熱を宿している。
欲しているのは、力だけではない。
繋がり。
証。
そして――俺との絆。
俺はゆっくりと彼女たちを見渡した。
夜の静寂の中で、声が自然と響く。
「――次は」
ほんのわずか、間を置いて。
「誰だ?」
言葉よりも早く――
彼女たちの足が前へ出る。
月光の中で、その瞳が強く輝いた。
すでに分かっていた。
その胸の奥で、炎は芽吹いている。
あとは――
この炎を、灯すだけだ。




