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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第四章 学校祭と憤怒
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第五話 【君がくれた夏】


 激しい息切れが胸を締め付ける。喉笛の管に穴が空いているのか空気漏れる音がする。足の裏も痛い。俺は校内を走って、どこか1人になれる場所を探していた。




コンクリートの廊下をベタベタと汚いフォームの走りで駆ける。



 浅い息継ぎを重ねて感情のまま速く力強く足を延ばす。このまま過去にでもいければいいのに。そうして1人になれる場所に辿り着いた。




 教室から遠い雑務用倉庫。かびの匂いが充満する乱雑に物が置かれた室内。ぽっかりとできた中央の余白におれは体育座りをした。





 以前の俺だったらどんなことがあっても何も行動を起こしていないはずだ。机に突っ伏をして寝たふりをして、頑として手を出したりはしない。




なんだったら今のように授業を抜け出す、なんてこともしなかった。




既に感情の爆発に飲み込まれている最中なんだ。歯止めは効かない。自分が自分じゃなくなってきている。




 教室で西の反感を買う行動をしたのに躊躇はない。今後いじめに発展したと仮定する。なんとも想像し易い未来だ。でも痛くも痒くもないもないだろう。



現場を見て予習済みだ。本当に恐れているのは全てがどうでもよく感じてしまった時だ。



 

先程のような悪い方ばかりにだけ行動を移す。そうすると後戻りの効かないどん詰まりな人生を送る羽目になる。




「あぁっ!なんであんなことをしたんだ」




吠えるように懺悔する。悩んで頭を抱える。行き場のない感情に煽られた。もう正解か不正解か決められない。




もしまた過去に戻れたら?また花瓶を放り投げるだろう。喉がヒリヒリと焼ける乾きを感じる。




 頭を俺は何度も振る。菜乃花の顔を思い浮かべてしまう。離れてくれないんだ・・・・・・。ずっと頭の中で繰り返し、彼女のシルエットが映る。




こべりついたのはそのほんの一瞬前の事。————目に水気を溜めていた。




まさかそれだけが理由になるなんて思いもしない。



・・・・・・いや分かりきっていた。いつもそうやって菜乃花を助けてきたんだから。


 


  自分の為とか言い張って、薬にもならない行動を起こしていた。もうこれでいいんだ。菜乃花の人生はこれから着々と幸せに向かっていく。



それを見守ると決めたんだ。



だったら例えそれが小石でも躓く原因になるのなら除く。





「俺は俺がした行動が間違いだと思いたくない。・・・・・・俺の自信を信じたい」




鼻息を荒く巻き立てて静かに発破がかかる言葉を選ぶ。




意味の無い会話のやり取りや流行りな便利な一言、それが何も救えなくて、何をしたって報われやしない。



なのに証明したがっている。




 

 あぁ教室に戻ろう。俺は何も悪い事なんてしていないんだ。なら臆病でいる必要もないよな。西に謝る気も毛頭ない。




 二年A組の教室のドアの前にいる。静けさが際立つ。俺を待っているわけではない。きちんと作業をしているんだ。




〝何事もなかったこと”にはならない。ドアを静かに開けた。




 口の中は酸っぱい液で一杯だ。目を瞑って一歩前へ。ドラマだったらドアを開けたら皆から睨みつけられるんだろうな。




 覚悟している。そう思っているが、俺のメンタルは鋼ではない。騙し騙しで割り切ってるんだ。





 一瞬の静けさ。誰が入室したのかの確認だ。そして本当に何も起きなかった。誰に睨まれることも悪態をつけられることもなく安堵した。肩の荷が降りた。



ただ、周りを見回すと菜乃花がいなくなっていた。




あと二十分で五時限目が終わる。五分の休憩の後、六時間目に突入し、居残り。




 自主居残りでもしないと完成しない段階だ。もう学校祭が近い。




 だから俺も含めてみんな黙々と作業をこなしていた。それなのに割り込む西。




 真剣に作っているのか、周りは必要最低限の連絡のみ。それがもう違和感だ。会話すること自体が強制的に止めらているかのような意図的に口を縫われたような冷たい教室内の空気。




 静寂が作る空間に浸っていると首の毛から繊細に周りの雰囲気を感じ取れる。張り詰める糸のような緊張感を全員から感じた。




絶対的な命令に屈さないといけない恐怖。




  でもそれは俺の考えすぎという線もあるから、あえて俺は近くにいた人に話しかけた。普段からクラスの人とは話さなかったからか言葉が思いつかない。本当に久々に菜乃花以外の人と話す。




「なぁ、藤川さんって何でいないの?」




「・・・・・・」




 俺の質問に対してそいつは目を逸らし、口を噤む。彼の目は泳いでいた。紫色に近い色に唇が変色している。何かある事だけが明るみになった。一旦手を止め、俺を避けるように遠くへ行く。





「あーそう。うん、分かった」





自分一人で何かを納得して、誰に言ったわけでもない応答をした。



・・・・・・こりゃあ重症だ。




きっと周りの人たちも俺を避けるだろう。多分その元凶は西だ。またしてもか。





ようやく5時限目が終わる。別に俺が空気なのはいつもの事だったから何も精神的な負担はなかった。




 しかし、俺を取り巻くクラスや学校、ある一定に留まる場所で人間関係。しれっと濃く繋がるような環境で自然と義務を果たすように人を苦しめる。



それを何も考えず加担することが異常だ。



 西が毒そのものだ。五分の休憩時間、居心地の悪い教室。何も生まれない静けさ。菜乃花はいつもこんな孤独な世界で共存しようとしていたのか。ノンフィクションの世界ではいじめやニート、オタクがファッションのように扱われている。




 実際はどんなに自分が苦しくないと思っても無駄なんだ。我慢してもどこかの弾みで隙間が生じる。さらにミミズが通る。痛みは加速していく。




気が付かないようにしていたのに確信となって心が荒んでいく。この空気に慣れていきたくない。





そう思っていると廊下を走る大きな足音がした。それは迫ってくる。力強く開け放たれたドア。




「高杉ってまだ教室にいるー?」



突然現れた来客が俺の名前を口にする。



 そいつは三科だった。彼、三科みしな 智晴ともはるはクラスの上位グループに属している。また彼とは昔交流があった。



それは綾瀬が転校してくる前、俺と仲が良かった友達だったからだ。



三科は発達障害を持っていた。それ故に虐げられたが物ともせずに成り上がった。




 あぁ青空が目に染みる。三科は太陽の眩しさと同じくらい明るい顔をする。無邪気に元気な声を出して俺を訪ねるな。



おれと目が合う。




「ちょっと話そうぜ」



苦痛でしかない五分の休憩から脱せられると思うと、救いの手だ。




「分かった」

この話の季節は秋なんですけどね

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