第四話 【グラマラス・スカイ】
自分なりに納得のいく答えを見出してから頭が軽くなった。学校に行く準備を整える最中に綾瀬に伝えるか考えたが核心に迫っていなくてやめる。
昼休みになった。苦痛な授業とは違う息苦しさを昼食時はある。だからか美味しいと感じない。なのでコンビニの不味くない特別でもなんでもないようなものを食べるようにしている。
今日はサンドイッチ。味はしょっぱくて、少し辛い。
「あの時食べた弁当は美味しかったな」教室で俺しか独りで食べていないのは。会話をする相手がいないから食べる行為が際立って虚しい。
菜乃花は和山とその友達に囲まれている。華やかで賑やかそうだ。ピンク色の小さな弁当を食べながら、菜乃花は控えめににっこり笑っていた。
菜乃花がそうやって笑っていられる姿は嬉しい。でも俺はどうなんだ。
もそもそするパン食べて誰からも相手にされない。客観的にも主観的でもベストでエンジョイはしていない。
唯一は目の前にいる菜乃花との対比をして芽生えた仲間意識が萎んでいった。
和山と一緒にいる奴等はいつもうるさくて、バカみたいで、内容が詰まっていない話しを延々と繰り広げている。彼女はオチも中身もないのに気を遣う笑い方をしていない。人の扱い方をよく熟知している。
彼女は心から満たされているように唯一の目に留まった。その光景が貧乏ゆすりの速度を促進させていく。
別に菜乃花の人相が変わって豪快な笑い方をしていない。クラスの人たちと交流しなかった頃より笑う回数が増えているだけだ。
記憶の中の菜乃花と息をしている菜乃花とのズレが気持ち悪い。関わってから気がついたことの回数を数えたってあの集団には混ざれないんだ。
彼女がいるだけで場が和むんだろう。俺もそうだった。彼女がどのグループを選んだって存在を得られる。1人になることが多くない。
誰かが気にかける。それは哀れみからじゃない。例えば演奏練習でピアノを弾いていた先生は菜乃花とは頻繁に接してくれる。声の掛け方は教師と友達の間くらいだった。
永島という女性の先生はあまり口数が多くない。いつも仏頂面をしていて少々人を避けているように我々生徒と関わっている。だが菜乃花とは先生が独自で引いた距離感が緩くなるようだ。
優しい人柄を感じられた瞬間は菜乃花が声を出そうとしていたり拝聴の合図待ってくれたりしていたところだ。
自分の顔を菜乃花の口元に近づけて、小さな声でしか話せないハンデを補っていた。 そんな人もいるんだなと嬉しかった。
彼女にはちゃんと味方がいる。友達も増えた。好きな人と隣で笑いあってる。彼女は充分幸せなんだろう。
この前のメッセージを貰ってからもう俺が介入できる余地はないと悟った。こちらからアクションはしないと決めている。菜乃花との時間は当たり前のように過ごせると思っていたのは現実を直視しないための逃避だったんだ。
今は記憶だけを抱きしめて卒業を待とう。そう思ってパンを齧った。
「おいしくねえな」
午後からはいつも通り、学校祭の準備をする。 勉強をするのとは違い、俺にも役割を設けられている。だから作業は嫌いじゃない。
自分から意欲を注げる。5時間目が始まって演劇班は体育館や技術室などで演劇の練習に取り掛かった。
じゃね!と菜乃花に手を振る和山。うぜえ。
まずバック絵班は教室の机と椅子を片付ける事から始まる。今日は少しだけ気温が高い。汗が額から滲む。秋は雨が降りにくくなるせいか乾いた暑さが喉を枯らす。
菜乃花は隅で小さく色を塗っていた。ここでは彼女も俺も1人なんだな。話す内容なんてないので隅で塗っていた。
ワイシャツの裾をまくる。塗料が白いワイシャツに散らないようにしたい。あぁジャージに着替えとけば良かった。
窓ガラスは開いている。車のエンジン音が遠くからする。静かな日常だ。
突如、ガラリとドアを開けて西がズカズカ、足音を立てて歩いてきた。後方に下げた机にまでやってくる。手には花瓶がある。
一輪、花が挿さっていた。西の表情は強張っている。本気の目だ。何かをする。具体的にそれはなんなのかまでは理解が追いつかない。
嫌な予感がして唯一の手足は震えた。周りの雰囲気は西の侵入から凍りつく。皆は西を見ないふをりしている。
周りの動きは呼吸も停止するくらい最低限に控えられた。波風は立たせない。
西は自分のしたい事をやり通す。そんな奴だ。
誰にも阻まれず菜乃花の机に花瓶が置いた。黒板側から順に数えれば何番目に誰の机かはすぐに見当が付く。
事前に手に持った花瓶でなにかするだろうと察していた。だが、西を止める事が出来なかった。西の勢いは止まらない。
周りに合わせて自分はただ恐怖で竦んでしまった。菜乃花の顔すら見れない自分は臆病者だ。歯がガチガチと震え目を見開く。
西は、無言で教室から出て行った。何も言わない事の意味は
[私のやる事に口出しはするな] ここにいる全員が察しただろう。
菜乃花は酷く落ち込んだ顔をしていた。しばらく止んでいたいじめが再開を予期させる行動。
明確にクラスのカーストを見せつける。あんたは守られない。そういう意図だ。西には、人情ってのがないのだろうか?
張り詰めた静寂が瞬く間に楽しげなクラス風に装い元に戻った。何事も無く世界が書き換わるように生徒達は動き出す。
何もしない。何かすれば自分が標的になってしまう。それは全て知・っ・て・い・る。
明らかな違和感が身体を痒くする。沸点を超えようとすると我慢ができないほど皮膚を掻く。
ーーーー唯一は一目散に菜乃花の机まで行き、置かれた花瓶を開け放たれた窓に投げた。
これをやらないと治らない気がした。
スリリングな行いに胸と背中が熱い。衝動的な行動の最中は映画館の客席に座っているように客観的に自分の行いを捉えている。
何が言いたいかと言うと、身体が勝手に動いた。唯一は自分が臆病者じゃないと自分に抗いたかった。
パリンと音が下から聞こえる。10メートル下で花瓶が割れた。
今日は平穏であってほしかった。しばらくはこの静けさが続いてほしいと願っていたのに急転直下で最悪な日になった。
心臓が爆発している。鼓膜の機能が弱くなったのか周囲の音が集まりにくい。視界が広くなったように清々しい思いだ。
動悸に似たこの発作は、いつも俺の気持ちの昂りにあわせてやってきた。俺以外の人達は仰天している。菜乃花も驚いて目を大きくした。
驚き。さらに表情は動く。でもどんな相好なのかを認識する手前で窓から風が入り込んだ。
菜乃花の髪の毛が揺れる。あっほんのちょっと髪が伸びたんだね。
白いカーテンが揺れて彼女の顔を覆われてしまう。両者の目の前が遮られた。
カーテンに透ける影に菜乃花のシルエットが映る。頬に手をやって涙を拭いてた。あっちからすれば俺はどんなふうに映っているのだろうか。
「あ"あ”っ」
でも、そう考えると胸が苦しい。この教室に居づらくなりとっと出ていきたくなる。頭を派手に搔いて、引き戸を開けた。
俺は廊下を走りだした。大そうな訳はない。陳腐な理由作りで動いたのが恥ずかしいだけだ。
この行動が誰かには大にしろ小にしろ何かの心の改革になればいいが俺には、そんな思想を持て余す。
眼を両手で抑えて泣いた。廊下には誰もいなかったので誰とも接触事故は起きなかった。
中島美嘉の曲っていい曲ばかりですよね。




