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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第二章 秋の紅葉と二人の悪い事
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第三話 「閃光少女」

感想やご意見を送っていただけたら励みになります


:第三話



 綾瀬は委員会があって帰るのが遅れるらしい。だから今日は二人で下校した。



「一緒に帰りたかったわ」ぼやく綾瀬は悔しそうにしていた。俺はおどけて笑い、正面玄関で別れた。



  放課後、俺が率先して喋っていた。それに呼応するように小さく笑ってくれたり小首を傾げたり、頷いたりしてくれた。俺も人と話すのが苦手な方だ。



 マシンガントークを繰り広げられればいいが藤川さんの会話を読むリズムを崩してしまう。相手が疲れてしまうのは会話じゃない。


「藤川さんは映画とかみたりする?」



左右に首を振る。



「そっか、どんなもの見たりするの?動画配信とか」



こくりと頷く。「俺もよくみるよ!あ、おすすめとかあったら後でURL貼ってよ」



上から下に小さく首を下ろす。ありがと!



 まだ俺は彼女のなにが好きなのか、どんなものに興味を今まで抱いていたのかを知らず、多くの割っ代を出して好きか苦手かを選択してもらい、会話の展開を広げる。





静かに風の流れに沿い、青い海のような空。出鱈目な速度で白い雲が頭上に流れていく。



「ゆーいちー!」



俺の名前を死角から呼んでいる。「げっ」今あまり藤川さんと歩いてる光景を見られたくない人に見られた。



 青山俊雄あおやまとしおさんと出会った。手にはレジ袋に食材がいっぱいになっている。店番を愛維さんに任せて、買い物をしていた跡があった。



俊雄さんは俺らを見て「おーい、デートかい?青春だね」



 不潔に伸び切った顎髭。だるだるなTシャツに緑色のハーフパンツとサンダルとラフな服装がまるで、生き残りの夏堪能者たんのうしゃみたいだ。



「なあ唯一、今日ひまか?後で来いよ!そのお嬢さんも連れてよー。ちょっとさ食べてもらいたいもんあるんだ」



藤川さんは初対面の相手だったから一歩後ろに引いている。



「わかったよ」おれは気恥ずかしかったから質素な返事を送った。



またな、重たそうな腕を伸ばして胸を拳で小突いて駄菓子店がある方向へ帰っていった。



「ごめんね騒がしい人なんだ。でさ藤川さんも・・・もしよかったら行く?」



藤川は『何の事?』というように首を傾かしげた。



 俺はまだ説明をしていないことに気がつく。駄菓子と自作の和菓子を売っていること。俺と俊雄さんは昔から知っていて、綾瀬とも仲が良いことを。1つ1つ順序立ててあの人が無害なのかを俺が理解しているかを伝えた。



「どうかな行ってみる?」訊くと何秒か考えるかのように首を上にあげてから、頷く。


「良かった!」


 藤川さんの家の目の前に着いた。唯一は準備出来たら連絡して!って走って家に帰った。



 雲はゆっくりと淀みなく風に流れて進んでいる。それが確かな平和。



 俺は家に着くと即座に制服を脱ぎ捨てた。シャワーを浴びに浴室へ直行する。白い風呂場はカビを殺す液体の臭いが残ってて鼻が痛かった。


でわしゃわしゃと石鹸を両手で泡立てた。


 要を済ますと浴室から出て、スマホの電源をつける。藤川さんからのrainはまだ来ていない。


学校関連以外で会うのは初めてでウキウキと心が弾む。


 もしかして(俺と行きたくなくてrainしないのでは!)と考えてみたが、まだあっちも準備が出来ていないのだろう。



 待つしかない。俺は少々落胆しながら着ていく服を吟味する。



 最後の準備で父さんの部屋に入った。父さんの部屋は、懐かしいような古めかしいような、年季のはいった本達が並ぶ。


 本棚には【ハリーの冒険】が全冊揃ってある。日本の本も数冊あった。自室のような書庫のような父の部屋。


 父さんがいつも仕事用に使っている机の上には去年、家族で行ったキャンプ場の写真が飾ってあった。



目的は机の上にある香水。そこから数滴、前腕に垂らす。



 瑞々しい薔薇の匂いは嗅覚に意識を向けたら香る程度には漂った。



リビングで何分か待った後に、藤川さんからrainが来た。唯一はソワソワと心が慌ただしくして、手指が落ち着きなかった。



お菓子でもあれば食べたかったが、父さんも母さんもあまり菓子類は食べないから家には置いていない。正直、口寂しかった。




菜乃花:準備遅くなりました ごめん! いつでも私は大丈夫



唯一: OK!外で待ってて すぐに行くよ



 返答して玄関に出る。直ぐにスタンプが来た。なんか猫が紅茶をすすっていた。多分焦らないでとかまったりしています。とかの意味なのかもしれない・・・?猫が好きなのかな。頻繁に送られてくる。



白く光る太陽はまだ眩しくて、瞬く間に髪の毛に熱が籠る。四時半過ぎの頃。藤川さんが家の前で待っていてくれた。家の前に電柱が建ってあり、彼女はそこで寄りかかっている。



 あっ、藤川さんの私服は濃いブルーのジーパンに白いレースのワンピース。季節を考えたシンプルな服装だ。それが瑞々しい肌とよく似合っていた。



「ごめん、待った?」



唯一は息をバテバテにしている息を整え、藤川さんは小さく首を左右に振った。



「えっと、じゃ行っこか」間髪入れず、首を縦に振った。




 俺の隣に女子がいる。到着するまで隣を振り向くのが恥ずかしかった。こんな考え、綾瀬は梅雨知らずに今頃、委員会に出席してるんだろうな。絶対に馬鹿にするだだろうし言わないでおこ。



無言に耐えられず俺は口を開いた。



「あのさ、」



藤川さんはビクッと肩を跳ね上げる。




「藤川さんは甘いもの好き?」



こればかりは反応を伺わないといけず、視界に彼女を入れる。




「・・・うん・・・・・・」



声を出して返答してくれた。



「・・・・・・・よっよかった。買い食いでもしよっか、なんて考えているんだ、どう、かな」



俺は嬉しくて面を食らい、息を詰まらせる。



提案に返答はない。藤川さんは空を眺めている。住宅街の屋根にカラスやハト、スズメが止まっている。



「そっか。いやいいんだ。色々と美味しいからさ食べてみて欲しかったんだ」



また、困ったような顔をして首を斜めにする。これの意味を考えたが正解は分からなかった。




  2人は沈黙と対話の交互を繰り返して居心地の良い距離感を保った。住宅街から駄菓子屋までの距離はさほど遠くはない。しかし、残暑でも日照りは熱く疲労へと肉体に変換される。ましてや今日は学校での拘束されている。



藤川さんの顔色は少しばかり悪くなっていた。



 唯一は薄い内容のコミュニケーションをするが顔色だけは伺い、表情の変化に気付けるように鋭く気を張り巡らせる。



 途中、自販機で水を買い渡した。こまめに小休憩を取りつつこうして2人は俊雄さんが経営している和菓子兼、駄菓子屋に着いた。



「もう少しで到着だけど引き返す?」



 藤川さんは首を左右に振り、拒んだ。少しだけ唯一は罪悪感を覚えたが2人の約束を守ろうとする彼女の姿勢を裏切る方が失礼なのを承知し進むことを選ぶ。



店は小学校が近い。帰宅途中の小学生が何人かのグループをつくり、皆で走ったり、歩いたりしていた。



 青山駄菓子店の錆びた引き戸を引くと、ガラガラとしゃがれた音が響く。「いらっしゃいませ〜」と愛想さんの愛想の良い声が聞こえくる。



 店番の愛維さんはドア付近のレジカウンターに椅子を置き、背筋良く座っていた。肩まである髪の毛を1つに縛っており、いつみても清楚なお姉さんだった。



店の中はお菓子の良い匂いで包まれている。鼻腔に香りが注ぎ込まれた瞬間にお腹が空いた。店の中は駄菓子や和菓子が綺麗に陳列されている。



「あら、俊雄さーん!」口元に手を置き、笑いながら俊雄さんを呼んだ。



呼ぶときに愛衣さんは首を横に回した。すると長い髪の毛がクルンと宙に波をつくった。



「あぁなんだ?」奥の暖簾から俊雄さんが顔を出した。藤川さんは頭を下げる。



俺は「お邪魔します」と一礼。



「おおう来たか、来たか。さて話したい事はな・・・・・・って、まあ立ち話もなんだし、とりあえず作業場に座ってからだな。ささ来いよ」和かに矢継ぎ早で手招きをして顔を戻した。



「あっ!愛衣ちゃんお茶お願いしまーす」暖簾の奥から声が飛んでくる。



「はいはーい。ごめんね、高杉君。あの人子供だからさ」はははとニコリと笑って愛維さん頬を掻いた。


 誰が看板娘と言ったのか分からない。でも屈託のない笑が世代関係なく好かれている。お客さんの心を繋ぎ留めているからこの店は今もまだ潰れずに経営ができているはず。



「ほんと、そうなんですよね」


おれはそう応えると、



「でも、煙草の吸い方だけは一人前なのよね」



暖簾の方を眺めていた愛維さんにおれは愛想笑いをした。



「さあ、作業場に行ってて。お茶持ってくるから」



「ありがとうございます」



藤川さんと作業場に向かう。



「ここね、めちゃくちゃ煙草臭いんだよ。そう言うにおいとかって大丈夫?」



藤川さんは首を斜めにした。多分、微妙とか普通って意味なのかもしれない。



「あんまり煙草の臭いって嗅がないの?」



「・・・・・・」コクリ、頷いた。



「まあ、とりあえず入ってみるか」



先に俺が踏み入る。


 暖簾を潜くぐれば違う世界に来たようだった。何度もこの作業場には来てはいるのだが、やっぱりこの独特の悪臭には慣れずに吐き気を催しそうになる。壁は本来白かったのに俊雄さんや先代の彼の父が吸うヤニが溜まり黄色く変色していた。



昔、俺と綾瀬が小学生の時はもう少し白ぽっかった。



実際、藤川さんは入った瞬間、〝オエッ”って言った。



俺は「大丈夫か?」と聞くと苦い顔をしながら小刻みに頷いていた。たった六畳の部屋で人を苦しませた。



俊雄さんは慌てて換気扇を回した。俺は急いで小窓を全開に開く。風が入ってきて新鮮な空気が紫煙を濾過させる。極め付けに扇風機のスイッチを押した。



「ごめんね!いつも皆嗅ぎ慣れている感じだからさ~、普通に考えたら煙草って臭いもんね」そう笑った。



 慣れるワケない。俺は心の中で毒づく。藤川さんは下を向いて恥ずかしそうにモジモジしていた。背筋の良い藤川さんが猫背にして耳を赤くさせていた。



「ごめんね、大丈夫じゃないよね?いったん外出るか」俊雄さんは藤川さんと目を合わせて訊いた。



  藤川さんは首を横に振る。そして電池切れのロボットのように俯いていた。初めての人、初めての場所で緊張するよな。



「まあ取り敢えず座ってくれよ」


 俊雄さんは客用のちゃぶ台の足を立てて、広くない畳部屋の真ん中に置いた。



 少しだけ部屋が狭くなった。俺と俊雄さんが胡坐あぐらで座り、藤川さんは腰を下ろし、正座になる。綺麗な姿勢だった。俺の隣に藤川さんが座り、その正面に俊雄さんがいた。



その時ちょうど愛衣さんが中へ入ってきた。



「すいません、お茶を持ってきました」



お盆に運ばれる冷たい緑茶を置いて、そそくさと出ていった。一口啜ると体の中をひんやりと喉に通る。




「さて、今日呼んだのは、ちょっとした試作品を食べてほしくてなんだよね」



  俊雄さんはズズズと一口飲んで、後ろに置いてある小型の白い冷蔵庫に手を伸ばす。開けると中に入ってある大皿をちゃぶ台の中心に置く。



 深緑色をしたウサギの饅頭が六つある。目から小さな雫を模した粒があった。



藤川さんは、興味深く眺めていた。「藤川さん、こういうの好き?」俺の質問に頷く。



「抹茶味なんだけど2人は大丈夫?」



 「俺は大丈夫だけど・・・・・・」藤川さんの方を視線を寄せると目を輝かせてコクリコクリと上下に首を振る。





「これね、うちの新商品の涙うさぎっていうんだ。この前カスタードで何個か店頭に出したら見た目が可愛いからって売れてたんだ。で、その改良版」へへっと照れ臭そうにあごひげをさすって笑った。



「まー食べて食べて」おしぼりを冷蔵庫の隣にある机の引き出しから出して渡してくれた。



  藤川さんが俺の方をちらりと見て、食べるタイミングを計っていた。俺はウンと深めに頷いた。すると頷き返された。先に藤川さんに譲る。



 彼女は恐る恐る手を伸ばす。ぱくりと小さく一口、頭から食べ進める。俺と俊雄さんが彼女の反応を待った。ふふと表情が柔らむ藤川さん。俺たちもつい柔らむ。






  藤川は、噛み終わると麦茶茶を飲んだ。茶碗を両手で持って綺麗な所作で飲んでいた。口から漏れた緑茶が唇、白い首に線を作った。やはりこの部屋は煙草臭かった。


飲み終わると俊雄さんが、


「どうだ?美味しかったか?」藤川さんに対して前のめりになって訊いた。



頷き、「・・・・・・おいしかったです・・・・・・」



すごい小さな声で言った。



 扇風機の可動音に負けそうな声だったが、よく澄んだ声が聞こえた。



俺も食べてみた。一口目、一気に口に入れる。



俊雄さんの味わって食えよ〜は悲しそうだった。


 凄く美味しい…。生地に抹茶の味が染み込んでいるので口の中で味が広がる。あの抹茶独特の苦みというのか、粉っぽさというのがない。


 鼻の奥から穴までの抜け道に香りが行き渡る。このときが何とも言えない至福を得た。



 俺も美味いと俊雄さんに伝えると黄色い歯を出して笑顔で「サンキュー」と返された。



食べ終わると作業場から出て、駄菓子を買うことにした。



藤川さんは駄菓子コーナーで陳列された豊富な駄菓子を見て、また目がキラキラしている。



 俺は「駄菓子食べたことある?」と聞くと、首を横に振った。


これは買うしかない!



高校生にもなるとお小遣いか増え、好きなものをまとめて買える権利を獲得する。



 俊雄さんのお父さんがまだ店を切り盛りしている時は小学生の俺と綾瀬でよくここに来ては少ないお小遣いを切り崩して買い食いをしていた。


 あの時は、二人で悩みながら買って食べた思い出がある。俺はその記憶を思い出すとなんとなく笑ってしまった。


ガキだからあんな事で真面目に考えていたなんてな。



俺達二人は駄菓子をプラスチックの小さな籠に入れる。


 彼女は真剣に今の気分と自分の好みと合致するか検討し、迷い、1つ1つ選ぶ。




藤川さんの手が止まる。2人は愛維さんに会計を頼んだ。



「そういえば愛維さん髪切ったんですか?」



  前に来た時よりも前髪が短くなっているような気がした。


 レジのボタンを押している最中、手の動作は慣れた手つきで、花が咲くような笑顔を満開にさせて応えた。


「あっ気付いてくれた!そうなんだよ、この前は目に届くくらいの長さだったからさ、季節の変わり目と一緒に切ったんだよね。ハイこれお釣りと商品ね」



愛維さんに中身の入ったレジ袋と小銭を渡された。


「似合いますね」俺が言うと



「お世辞言える男子はモテるよ~」



俊雄さんみたいなことを言われた。


 レジ袋にパンパンに詰められた駄菓子が俺の子供心をくすぐる。藤川さんの目の輝きは落ちてない。



 


 外を出たら、少しだけ秋の匂いがした。嗅ぎ慣れたような、しかし新鮮であるような。






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