ヒーロー帰還する(上)
空高く鋼の音が鳴り響き血が舞い上がる。
ここイルディア中部の森林地帯では酒呑童子の率いるイルディア残党狩りの魔王軍と、黒衣の大賢者の率いるイルディア軍との激しい戦いが昼夜を問わずに続いていた。
開戦の狼煙は、一月前に魔王軍主力の三頭龍将軍が神聖王国を発ったと言う報せであった。
報せは翌日にはイルディアの両軍に伝わり、現地の魔王軍と残党軍とが温存兵力の全てを出しつくした死闘を開始したのである。
酒呑童子の目標は三頭龍将軍の到着前にイルディア残党を撃破し名誉を挽回する事。
黒衣の大賢者の目標は、三頭龍将軍が到着するまで戦線を維持しつつ古代魔法を完成させ三頭龍将軍を葬る事である。
三頭龍と言う天災の襲来までのカウントダウンが、両軍の時と行動を同じくさせていたのである。
三頭龍軍の神憑り的な速さも既に伝わってきており、神聖王国から通常であれば1年の行程を半年、更に死霊王の都市王国をショートカットすれば3ヶ月と立たずして到着する可能性も予想されていた。
イルディア陣営では黒衣の大賢者が先頭に立ち激を飛ばす。
「1日でも2日でも良い!少しでも時間を稼ぐのだ!そうすれば我々の古代魔法は完成し自ずと勝利も手に入るだろう!」
各所から雄叫びが上がる。
その中で一人の傭兵がオーガ数匹を戦斧で切裂くと身の丈近く有る巨大な斧を軽々と振るい叫ぶ。
「ふっ!漸くこの『疾風の狂戦士』の名を世界に轟かすチャンスが来たってわけだ!」
そして『疾風の狂戦士』は、森の茂みから躍り出た魔王軍大将の酒呑童子を睨みつけると、黒衣の大賢者を一瞥しニヤリと屈託の無い笑みをみせ
「大賢者様よ!時間稼ぎと言っても別に酒呑童子を殺ってしまっても構わないんだろ!」
と死亡フラグっぽい陳腐な台詞をはくと魔王軍を目指し森の中を駆けだした。
この様な激しい乱戦が魔王軍とイルディア軍との間で連日の様に続いていたのだ。
そんな乱戦の中『疾風の狂戦士』の上空を一際大きな雷が彗星の様に駆け抜ける。
そして次の瞬間には凶悪な面構えの魔将達が腕を組み仁王立ちで戦場を見下すよう並んでいたのだ。
彼等は高速で移動してきた為に全身からは煙を立ち昇らせ、そして印象的なのが皆が身体の何処かに『L・B』の焼印を入れて、また同様に印の入った衣を着ているいる事であった。
その光景に疾風の狂戦士は舌打ちする。
「ち、魔族の新手かよ!洒落臭せ!」
一部の者が新たな敵への邀撃体制をとるなか、相対していた酒呑童子と黒衣の大賢者の二人のみは驚愕の表情を浮かべ血の気が失せた青い顔をしていた。
「ば、馬鹿共が…と、到着したんだよ……さ…三頭龍が…。大賢者さん分かるかい。大地の精霊が、雷の精霊が、いや全ての精霊が狂わんばかりに怯えてやがる。この瘴気の濃度。。まるで魔王か神々の降臨だぜ…」
そう、三頭龍軍は通常1年の道のりを僅か1ヶ月で到着してみせたのだ。
そして酒呑童子は、『L・B』の刻印を見て唸る。
三頭龍軍の中でも特に狂信的なのが『L・B』の焼印を入れた三頭龍親衛隊であり彼等は三頭龍の命であれば味方でも躊躇なく始末すると言われていた。
魔王軍で一番強いのは魔王だが一番恐ろしいのは、悪魔の魂すら喰う三頭龍だと、まことしやかに語られていたのだ。
だが実際に良く観察すれば、彼等の服装は『L・BLOVE♥』のプリントされた鉢巻きにハッピやTシャツなど、アイドルの親衛隊に近い代物であったのだが恐怖と言うベクトルのかかった酒呑童子には全く違って見えていたのである。
新しく現れた魔将達は、地上の者達を一切相手にせず、片手にケミカルライトの様な物を持ちつつ列をつくると身体と装備を組み合わせ天へと続く一本の光る悪魔の階段を組み上げる。
その後に現れたのは巨大龍に乗った一人の魔将であった。より正確に言えば女悪魔の豊満な胸の中に丸でヌイグルミの様に抱きしめられた幼児である。女悪魔は幼児を抱えたまま光る階段に降り立つ。
すると魔将達の歓声が上がり、ケミカルライトが勢いよく振られる。
黒衣の大賢者は、魔将で作られた光の道に謎の既視感を感じていたが、先頭の者を確認する事で直ぐにその理由を知る事となる。
「ば、ばかな。奴は死んだはずだ……5年も前に…」
思わず黒衣の大賢者は声に出していた。
そして奴であるわけが無いと自分自身に言い聞かせる。
だがもし奴だとすれば奴は恐ろしい何かで人間のはずがないと。
「悪魔の魂を喰う奴が人間であってたまるかよ…てめーらがどうこう出来る次元の存在じゃねぇ…」
酒呑童子は恐怖で膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えながら呟く、失態続きの彼は今この瞬間に消されていてもおかしくは無かったが、どうにか片膝をつき高位者の来訪に頭を下げる。
新な敵に身構えてた疾風の狂戦士も、ガシャンと戦斧を地面に落としヘタリ込む。そして不信がる周りの騎士達に対し独り言の様に呟く、
「ありゃ駄目だ……俺を含め王国出身であの怪物に抗う奴は居ないさ」
「俺も狂戦士なんて名乗っちゃいるが、あれに比べれば…」
と疾風の狂戦士は、魔将達を引き連れ凱旋する幼児を見て改めて思う、王国時代もこれ以上ないほど狂っていたが、6年がたちスケールが世界規模になってやがると、何がどう転がれば、あの様な立ち位置になるのか不明だが。
だが少なくとも狂戦士と名乗るのは今日で止めようと決めた、本物の狂気を前に恥ずかしくなったのだ。あれに比べれば自分は真面すぎると、それは子供が酒を飲み悪ぶってるようなもので、そんなのは本物の悪じゃない。本物の狂気は目前の幼児の事だ。そう。
「ありゃ、王国最狂だ」
あと3話で最終回ですです。