5年の歳月が流れ
5年の歳月が流れた。
その間に魔王軍は西の帝国を滅ぼし東の神聖王国へ軍を進めていた。
同時に帝国の残党が逃げ込んだ南方のイルディアへも一軍が派遣されていた。
ここはイルディア中部の都市、この地域を現在支配するのは
魔王軍からイルディア攻略の司令官に任命された酒呑童子とあだ名される若く美しい鬼であった。
だが彼はイルディア攻略が遅々として進まない事に焦りを覚えていた。
理由は帝国残党の抵抗にくわえ都市王国周辺に不気味に広がる死霊王のアンデット支配地域が帝国とイルディアの通路を塞いでいた事にあった。その為に酒呑童子はイルディアへの物資や兵の補充を半年近くかけ遠く迂回した海路で行う必要があったのだ。
そんな折、彼の元に一人の部下が掛け込んでくる
「戦処女が出ました!我が軍が支配する東部の村が襲われています」
酒呑童子は美しい顔を怒りに歪め脱兎の如く走り出す、戦処女とは、イルディア残党軍でも厄介な女性指揮官達の通名であった。
酒呑童子が東部の村についた時に彼女達は既に撤退しており、残されたのは村を任せていた巨人達の死体の山であった。彼女等は、補充の効きにくい酒呑童子に対しヒットアンドウェイで消耗戦を図っていたのである。
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ここはイルディア残党軍が滞在する軍事拠点『メイデンの砦』。
留守を守っていた皇女は、戦果を報告する旧王女の姿に一瞬見惚れてしまう。
この5年で彼女は目が覚めるほど美しく成長していた、ウェーブのきいた赤髪は腰まで延び数多の男性から連日の様に求婚をうけるほどにである。
それ故に余計に目を引くのが戦処女の通名の由来でもある彼女の貞操帯であった。
幸いな事に世の男性達はそれを彼女の高潔さや貞操を守る意思の高さと勘違いしているのであったが実際には、呪いの装備さながらに外せないだけなのであった。
「やはり、それは取れないものですの?」
皇女の問に旧王女は遠い目で答える。
「あぁ、これが外れるのは私が死んで灰になった時だろうな…私が灰になってもコイツは傷一つないだろうけどな」
彼女は、この5年の間に貞操帯を外すべく様々な方法を試したがその術は見つからなかったのである。オリハルコンを加工する技術こそあれ劇物である薬品は人が装着した状態では使用できなかったのである。
旧王女は、近頃ようやく高僧の様に悟りを開き冷静に話す事が出来るようになっていた、彼女は自嘲しながら言う。
だが、その声はどこか震え涙ぐんでいる。
「あと数年もすれば村娘達に、『あの年増は一体何を大切に守ってるんだろうね~♥キャハ』な~んて笑われるんだろうな…‥…あ、あの幼児……なんてモノを…」
話の途中から次第に怒気にまみえる彼女に皇女は最近入った魔王軍と幼児の情報を伝える。
「その幼児の事なんだけど、最近の魔王軍の通信文に良くでてくるのよね彼の名が…三頭龍将軍・(ルカ・バウアー)とか魔王の嫁・(ルカ・バウアー)とか諸々ね。」
「三頭龍?って…あの勇名轟く? いや流石に・・・それは・・・ないだろ」
三頭龍将軍は、東の神聖王国で暴れまわってる人類・魔王軍双方から恐れられている魔王軍の魔神の名であった。
その名は遠くイルディアにまで鳴り響いており、代表される北海の古龍を狩った逸話や東のエルフの古都に攻め込んだ凶行、神聖王国を治める猿魔の聖天大帝と死闘したなど噂には事欠くなく、近年では魔王軍の四天王に次ぐ存在とすら言われ、いま世間で一番、話題な怪物の名であった。
そして帝国なきあとの人類と魔王軍の最前線はあくまで猿魔である聖天大帝が人を治める国・神聖王国と魔王軍との国境であり、彼女たち黄金の薔薇十字騎士団や帝国残党が苦戦する酒呑童子にしても魔王軍からすれば二線級、あくまで二軍・三軍クラスの残党狩り部隊なのであった。
皇女も流石にそれは無いかと首を縦に振る、情報戦では、意図的な偽情報に加え願望からの都市伝説など様々な物が流れており、旧王女達も当初は何度か幼児の生存を期待し確認したが、罠であったり根拠の無い噂話であったりと全て空振りしていたのである。
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数日後
ポタン、ポタン
水滴が石畳を叩きキキーと鼠の走り去る音が響きわたる。
ここは、イルディア首都の地下深くに築かれたこの国で最も堅固な地下牢。
カツンカツンと階段から数人の足音が響き、
牢番の少年兵は思わず身構えるが上から現れた人物を確認し緊張をいっきに緩ませる事となる。
イルディアの英雄・赤髪の戦処女、旧王女であったのだ。
少年兵は憧れの偶像を前に頬を紅潮させ目を潤ませる、そんな年下の少年兵士を前に旧王女はニッコリと微笑み返す。
そして彼女の後からは皇女と現在の帝国宰相であるその父レオン公爵、またイルディアで軍事のトップである黒衣の大賢者に、戴冠こそしていないものの皇女の従弟にして実質的な国の元首とされる若き新皇帝と国の重役が続く。
余りの大物の登場に一瞬我を忘れていた少年兵だが、慌てて彼女等の前に立ちふさがると。
「こ、これ以上、進まれるのは危険です!この先に居るのは本物の狂人です!既に何人もの者が犠牲になっており…」
黒衣の大賢者は問題ないとばかりに少年兵を手で制し先に進む。
すると地下牢の闇が一機に加速した様に暗くなる。
辺りの壁が黒く血で塗装されているのである。
「実験の時間だ!出て来い」
その声に答えるように鉄格子の中から強い波動が生じる。
「ふん、竜神闘気か!」
黒衣の大賢者は、その波動に更なる魔法のオーラを加え跳ね返す、その衝撃で牢獄は震え中の者も激しく壁に打ち付けられる。そこに横たわるのは腰まで延びた黒髪に前髪を綺麗に切り揃えた10歳程度の可憐な少女であった。
旧王女は苛立ちから皇帝と黒衣の大賢者を睨み付ける。
「おい!幼児はアタシ達の仲間じゃなかったのかよ!それが……」
黒衣の大賢者は感情を押し殺した声で告げる。
「時間が無いのだ!我々には」
この5年間で現在の危機的状況を打開しうる古代魔法の研究は可なり進んでいた。そして古代魔法の正体は『古代民の血』をもつ勇者など一部の者のみが使用できる特殊魔法だと判明していたのだ。
そこで連れられて来られたのが勇者ポポスの子供であり幼児の妹であるニーナ・バウアーであった。
今のイルディアは魔王軍が本腰になれば何時滅んでもおかしく無い状況であった。だが旧王女が感じる苛立ちの正体は魔王軍に対しての恐れではなく幼児への恐れでなのであった。
生死など関係なく幼児に敵対しつつある自分達への苛立ちと恐れなのであった。
旧イルディア領主であり現在・宰相であるレオン公爵も思わず背後の闇を見つめる。
幼児が闇から見つめている様に感じたからである。
レオン公爵は額から大粒の汗を流しつつ祈る、それは神への祈りに近かった、この罪は自分が受ける。だからこそ幼児よ娘には危害を加えん事を望むと…。
例え死んでいても、あの幼児なら黄泉の世界から現世を祟る事も可能の様に感じたのだ。
物陰から、一人の少女が鉄格子越しのニーナ・バウアーの元に駆け寄る、縦ロールの髪をした彼女は、ニーナ・バウアー同郷で世話係にあたるジェシカ・エデラーであった。
数人の獄卒が爆散させられた後に連れてこられた同郷の彼女は唯一ニーナと接する事が出来る人物であった。彼女は、黒衣の大賢者や皇女達イルディアの権力者達を睨み付ける。
その瞳には彼等に対する怯えと、そして何より激しい憎悪が感じられた。