プロローグ
「お嬢様。本当に収穫祭へ行かれるおつもりですか?」
「ええ。もちろんよ」
私は読んでいた本から顔を上げた。
向かいに立つアデルは、困ったような顔をしている。
「ですが、今日は仕立て屋へドレスを受け取りに行くだけの予定でしたよね?」
「そうね」
「でしたら、ドレスを受け取ったら、そのままお屋敷へ戻ればよろしいのでは?」
「どうして?」
「どうして、と申しますと……」
アデルが言葉に詰まる。
私は少し考えてから、本を閉じた。
「私のドレスを受け取りに行くのでしょう?」
「はい」
「だったら、そのドレスが仕立てられた街を見ておくのは当然じゃない?」
「……当然、ですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「それに今日は収穫祭なのでしょう? 普段より人が多いはずだわ。商業区の様子を知るには、ちょうどいい機会だと思わない?」
「お嬢様」
「なに?」
「本当は、お祭りを見たいだけではありませんか?」
「…………」
図星だった。
けれど、私は公爵令嬢だ。
理由もなく『お祭りに行きたい』なんて言うわけにはいかない。
「……それも、少しはあるわ」
「少し、ですか?」
「少しよ」
アデルは小さく息を吐いた。
「では、旦那様には私からご報告しておきます」
「ありがとう」
「ただし、護衛を一人つけます」
「護衛?」
思わず聞き返すと、アデルは当然のように頷いた。
「公爵令嬢ですから」
「街を歩くだけなのに?」
「公爵令嬢ですから」
「……便利な言葉ね、それ」
アデルは笑った。
「お嬢様ならそうおっしゃると思っておりました」
今日は秋の収穫祭。
王都の人々が一年の実りを祝い、商業区から平民街まで、街中がいつもより賑やかになる日だ。
そして私は、八歳にして初めて、その祭りを自分の目で見に行くことになった。
馬車を降りると、途端に賑やかな音が押し寄せてきた。
笑い声、呼び込みの声、焼き菓子の甘い香り。
色とりどりの布が風にはためき、通りのあちこちには収穫を祝う飾りが並んでいる。
「……すごい」
思わず、声が漏れた。
公爵邸からほとんど出ることのない私にとって、そこはまるで別の世界だった。
「お嬢様」
隣でアデルが笑う。
「はい」
「そんなに楽しみだったのですね」
「……そうね」
私は少しだけ胸を張った。
「だって、今日は収穫祭だもの」
この日、私はまだ知らなかった。
この街で出会う三人と一匹が、これから先の私の人生を、大きく変えていくことになるなんて。




