✣ 21話 淑女による、お料理改革
「はぁ、はぁ、ハア……やっとたどり着きましたわ……」
肩を上下に揺らし、
大袈裟に息を整えているのは……私です。
体力が皆無なの、忘れてましたわ。
「……ドレスで走るもんじゃありませんわ……」
壁に手をつく。
調理場からとてもお腹が空く匂いが漂ってくる。
先程、朝食を頂きましたが……
ジョアンナママンのせいで食べた気がしませんわ。
ゾンビのような動きのまま、私は調理場へと足を踏み入れた。
軽快なリズムでまな板を叩く音。
鍋をかき混ぜる音。焼ける音。
そんな音が耳に入ってきた。
「王女様……?」
つま先を入れた途端、私に気づいたシェフが声を上げた。その鶴の一声で、一斉に私へ視線が集中した。
「なぜ、ここに?」
「まさか、お料理が口に合わなかった、とか?」
確かに、口に合わなかったわよ。
だけど、今はそんなこと、どうでもよろしくてよ。
そんな声が囁かれる中、私はゾンビ背中をシャキッとし正した。
「申し訳ございませんが、三十……いや、二十分ほど、場所を借りてもよろしくて?」
私の物言いに、シェフ達は、は?という顔を浮かばせたが、次の瞬間にはこくんと頷いた。
「皆さま、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると、私はドレスの袖を捲し上げた。
素早く手を洗う。
残された時間は、少ないですわ。
「食材はどちらに?」
あちらですと、大きい鍋をかき混ぜる長い髪を後ろ手に縛るお兄さん。
お礼を告げると、一目散にその場へと足を動かした。
「失礼します……」
部屋に入るなり、たくさんの食材が溢れかえっていた。その数に圧倒されていると、ひとりでじゃがいもの皮をひたすら向いている青年と目が合った。
見習いさんかしら?
「すみません?こちらの食材お借りしても?」
「あ?大丈夫かと思います」
すぐに目を逸らしたポテト青年は、即座にじゃがいもへと視線を戻した。
じゃがいもに全集中のポテト青年。もう私の事は目に入らないご様子です。
「では、お言葉に甘えて」
とりあえず、今日の分を作れば良いわ。
フレッシュさが重要ですわ。
必要なモノは……
これこれ。
玉ねぎとニンニクとわさび。
それとこれ!蜂蜜!
さすが王宮。
品揃えは完壁ね。
あとは……
ハーブ類?薬草?
いや、野草。
まあ、これはそこら辺に生えてるから、
後で見つければ良いとして……
よしっ、戻りましょ!
腕に抱えた食材を持って厨房へと戻った。
持ってきた食材を水で洗う。
まな板をと包丁を借りた私ですが、
シェフの方々が心配そうな顔を私に向けてます。
「王女様、私がしますよ?」
そう声を掛ける方々もいる中、私は首を横に振りますの。
「大丈夫ですから、ご心配なさらずに」
アナタ方は……、
包丁なんて握ったことない青二才が!
と、でも思っておられるのでしょうね。
舐めてもらっちゃ困りますわ。
こう見えて、意外と自炊してましたからね。
(前世で、)
キラーンと輝かせた包丁を玉ねぎに突き立てた。
そこからは速かった。
皮を剥がれた玉ねぎ。
分断されたニンニクは見事に白い薄皮が剥けていく。
無駄のない動きに、シェフたちは息を呑んだ。
「下準備はこれで大丈夫かしら。もし、すり鉢はありますか?」
ジューサーがあればいいけど、この世界にはあるわけないですわ。
「どうぞ」
調理台に置かれたすり鉢を見て思わず、口元が緩みましてよ。
勝ったわ。
ええ、これでカーディアスの健康は、護られますわ。
ウヒヒヒという笑い声が漏れているとも知らずに私は玉ねぎ、ニンニク、わさびをすりこぎへとぶち込んだ。
その姿を間近で見ていたシェフたちは、恐慄いた。
『 王女は魔女 』と口火を切った日は、この日だったかもしれない。と後の彼女は語る。
───そんな事を今の私は知る由もない。
腕の感覚が、消えましてよ……
細腕を酷使した結果、自分では絶対拒否の滋養強壮ドリンク(未完成)が出来た。
あとは、野草も入れて仕上げに蜂蜜をかけたら完成なのです。
生ってところが、最高に効力がありそうですわ。
すり鉢から香るってくる匂いに思わず、鼻を摘む。
壁に掛けてある時計を見ると、ちょうど二十分だった。
今から、戻ればママンの雷も落ちないはず。
すり鉢を大事に抱えて、戻ろうとしたところで怒鳴り声が耳に入った。
「オイッ!こんなに皮を剥いちまってどうするんだ!」
ふぬっ、嫌な空気が漂って来ましたわね。
声のする方へと顔を向けると、食材庫の方からだった。
あのポテト青年、やらかした、感じ?
食材庫の入口にシェフの壁が出来ていた。
「ホントにお前は、集中すると周りが見えねぇ。こんなに剥いちまってどうするんだ!じゃがいもが可哀想だろ!」
最後、可愛いですわ。
「すみません。グレハン師匠……。つい、夢中になってしまって……」
「ったく……。王太子殿下、王女様のメニューをじゃがいもだらけに、するつもりか…」
私、別に大丈夫ですわよ?
岩ステーキより、幾分もマシです。
頭をワシャと掴みあげたお髭を蓄えた長身シェフこと、グレハン。被っていたコック帽を脱ぎ、グシャと潰した。
じゃがいも、か……
なら、あれを作れば良いんじゃね?
「……ぜひとも、作りましょう」
閃いた私はつい声を上げてしまった。
ママンの言った時間のことはすっかり忘れて。
「私に良いアイディアがありますの。力を貸して頂けますか?」
壁だった皆さん目が私へと向き、遅れてグレハンと剥きすぎポテトくんも合流しました。
「王女様、何を仰いますか?遊びじゃございませんよ。食材の命運がかかっておりますよ」
グレハンの悲痛な叫びが耳に反響した。
良い、お方ですわ。グレハン師匠。
「それは、もちろん。心得ております。師匠、グレハン」
ビクッと身体を少し仰け反ったグレハン。
「王女、様……」
「では、大鍋で湯を沸かしなさい」
「え?」
皆、意味が分からないと抜けた顔をする。
「湯を沸かすのです。そして、玉ねぎのみじん切りも忘れずに」
ポカーンとした顔は未だに変わらない。
もう!ボケっとしないでよぉ!
おめぇらには頼まないと意を決した私は、行動を開始した。シェフ壁を強引に突破し、玉ねぎを片っ端から強奪する。
ボーッと立ち尽くす、ポテト青年の腕を掴んだ。
尻拭いさせてやるから、ツイテコイヤ!!
「貴方、私の助手になりなさい!」
揺れる瞳に喝を入れた。ポテト青年は二度、縦に振った。
「よろしい、さっき聞こえていたわよね?」
「湯を沸かせと仰いました」
「合格。で、…名前は?」
「ヘンリーです」
「ヘンリー。記憶しました。じゃあ、始めるわよ」
垂れた袖を再度、捲った。
床を擦るスカートを蹴り上げ、私はズンズンと足を進めた。
✣✣✣✣
大鍋から湯気上がる。
その脇で、コンコンコンとまな板をかき鳴らす。
玉ねぎの無慈悲な攻撃にもめげることなく、
私は手加減することなく、玉ねぎを細かく切り刻んだ。
「王女様……凄い、です」
ヘンリーが感嘆の声を零すが、私の耳には届かない。
眼、眼ガァァアアア───!!
と、心で叫んでいるとは、思うまい。
「ふぅ。こんなモノかしら、ね。……ヘンリー?フライパンを」
まな板に広がる玉ねぎの成れの果てを見下ろしながら、ヘンリーへと手を差し出した。
滴る涙か、汗か。
手の甲で拭う。
「あっ、こちらです」
フライパンを手渡された。
ズシッと手首に重みが掛かる。
コ───ン。
高い音が調理場に響き渡る。
金色のオイルが宙から落とされ、木っ端微塵の玉ねぎの雨がとめどなく降る。
フライパンの中で黄金のベールをまとう。
タナーで、指揮をする。
鼻をくすぐる香ばしく香り。
色が、変わっていく……。
「あぁ、お肉さえあれば……」
ボソッとため息のように出た言葉。
「──肉なら、こちらにございますぞ!」
ドガッ。
まな板に鎮座した肉塊。
白い歯を見せ付けるグレハン。
そんなグレハンなど眼中に入らない私。
あ、あれは……
私の顎を苦しめ続けた、岩肉ッ!
よくも、私の顎をいじめ抜いてくれたわね。
目に物見せて、差し上げてよ!
「……刻みなさい」
「……はぃ?」
耳を疑うグレハン。
その後ろにいるヘンリーも私を穴が空くほどに見つめた。
「王女様ッ!肉はステーキ一択ですぞ!」
「おだまりッ、グレハン!」
手が止まり、グレハンを射貫く。
迫力に半歩後退る。
「刻んで、叩きなさい。───完膚なきまでに」
グレハンの喉が動いた。
「ぐぅっ……」
奥歯を噛み締め、グレハンは包丁を手に取った。
小刻みに揺れる包丁。
グレハンは瞼を閉じ、
─────矜恃を、棄てた。
「うおおおお────ッ」
その雄叫びと共に、肉塊が崩壊していく。
グレハンの目から涙が流れていた。
……それで、良いのですわ。
これは、革命……
新たなる進化への、第一歩なのですから!!
さて……
もう良い頃合いなのでは、なかろうか。
鋭い眼光がヘンリーへと向いた。
まるで撃たれたように身体を反らすヘンリー。
「さぁ。次のステージに参りましょう」
────料理界の常識を、覆してやりますわ。
............この私の手、で。




