✣ 20話 熱血ママンによる淑女狂育
「王女様、おはようございます」
────ガチャ。
「……あ、さ?」
のそのそとベッドから起き上がる。
まだ、眠い眼を右手で擦りながら、部屋に入って来た侍女へと目を向けた。
閉めてあるカーテンを開けていきながら、声を発した。
「ええ、今日は生憎のお天気ですが」
窓を叩くように降る雨。
開かれた窓から入る光も薄暗い。
肌寒い、わけだわ……
滑らかな光沢のある寝衣の上から両腕を摩る。
「申し遅れました。本日から王女様付きとなりました、ミアと申します」
手を前に組み、頭を下げる。
その後ろに存在感がないふたりも遅れて頭を垂れた。
あー普通こうだわよね。
あの時のふたりはホント非常識だったのね……
ミアは慣れた手つきで、桶に水が注がれるのを黙って眺めた。
彼女の手からはらりと、深紅の花びら散らされ水面に浮く。
「準備が出来ました。さぁ、王女様。こちらへ」
芯の入っていない私の首がこくりと頷く。
言われるがままに、薔薇の花弁をあしらったヴィニェットへと手を浸す。
ちゃぽん。
──パシャッ!!
飛沫が豪快に舞う。
浸した手を勢いよく引き上げた。
───ヒャッ?!
氷水じゃんこれ?!
目が飛び出る程にガン開く。
眠気も一気に吹き飛びました。
その後は、陰の薄い侍女さんたちにされるがままに
セットアップされまして……
それはそれは美しい……
いや、美し過ぎる王女様の出来上がりで、ござんす。
「アクセサリーはどちらにしますか?」
パカッと開かれた宝石箱。
眩い色とりどりの宝石達が私を魅了してくる。
どれもステキ過ぎて……選べません。
こうなったら、アレを言うのが無難よね。
目元を緩め、首を傾げる。
「お任せしますわ」
困った時は、これに限るしょ!
「分かりました。では、こちらに致しましょう」
指に取ったモノは、彼女の瞳と同じ色。
エメラルドのネックレス。
さすが、王太子に仕える侍女さんね。
センス良いですわ。
ひんやりとした重みが首に掛かった。
首元に煌めく宝玉を見て、更に重く感じた。
「こちらで以上となります。王女様。朝食をお持ちしますね」
鏡の前に立つ私に、侍女さんがあと片付けをしながら述べた。
だ、大丈夫かしら……?
まともに食べられるか、心配なのだけど。
「あ、王太子殿下ですか?殿下は今、朝議に……」
ベッドメイキングを済ませたミアが聞いてもないのにそう答えた。
いや、そこを気にしたわけじゃなくて……
「殿下から言伝を頂いておりますので、申してもよろしいですか?」
え、別に。
聞かなくても、良いかなぁ。
私の願いは汲み取られずに、ミアは続けた。
「じゃあ、失礼して。コホン。朝は無理だったが、昼と夜は是非とも一緒に食事しよう……。と、仰っておられました」
私の口が、ポカンと開いた。
えっ、スゴい似てるじゃん。
思わず、拍手しそうになりましたわ。
「王女様?」
「あ、ごめんなさい。呆気に取られてしまって……。あっ、そうだ。シーネちゃん、じゃない。シーネはどちらに?」
さっきからこの部屋に居ないのよね。
「シーネですか……シーネは」
そう言いながら、目が端に泳ぐ。
ん?なんか歯切れが悪いじゃないの?
他のふたりに視線を送るが、皆ちぐはぐな方向を見て目を合わせようともしない。
こりゃ、何か隠してるわね。
眉を寄せ、腕を組みながら指先で顎に触れる。
とっちめてやるッ!と口を開けようとした途端、扉が開いた。
「その件については、私からお話します」
あ?この人は……
「「「侍女長ッ」」」
ミア達の声が揃った。
そうそう!オチャッピィーな侍女長 ジョアンナだわ。
「オチャ……じゃない。ジョアンナ?でよろしくて?」
口には出さず、ジョアンナは首を縦に振った。
「シーネはどちらに?」
目を一回閉じ、ゆっくりと私へと顔を向けるジョアンナ。
「あの子はしばらく、下働きをしてもらうことになりました」
眉が跳ねた。
「ど、どうして?」
「あの子が、王女様が入浴時に忍び込み、醜態を晒したからです。でなければ、……王女様も恥を、かくことはなかったでしょう」
ギラッとした目で私を見下ろすジョアンナ。
な、なんか……
私、遠回しに怒られて、る?
でも、ああなったのは脱獄した私のせいだし……
「で、ですが……」
更に眼力が強くなる。
ヒッ、と肩が上がった。
「これは罰なのです。罰が終われば、また戻って来ますので、王女様はご心配なさらなくても大丈夫です」
ビシッと言い放つジョアンナ。
私はそれ以上、何も言えなかった。
さすが、女の職場を取り仕切ってるだけあるわ。
アネキの威圧感が半端ねーぜ。
ゴクリと息を呑み込んだ。
✣✣✣✣
ジョアンナの登場後、しばらくして、私は朝食を目の前にしております。
隣にはビッタリとジョアンナが張り付いておられます。
「では、王女様。お召し上がりください」
頭上から降ってくる声。
有無を言わせないそのお声。
すんごく、食べづらいのだが!
そんな私の心の声など聞こえるわけもなく、
ジョアンナは私を穴が空くほど見ております。
こんなんじゃ、食べた気がしないわ。
はぁ、と溜息を吐いた瞬間、
「王女様ッ!」
背筋がビンッ伸びました。
「そんな態度はいけません!貴女様はこの国、ルベストリア王国の唯一の至宝。皆の手本になるべき尊きお方なのです!」
あ、ヤバい。
これ、マズイぞ……
この感じ……
─────熱血教育ママン属性ッ!!
「あ、でも、ご飯は美味しく……」
肩を竦め、ビクビクしながらジョアンナを見る。
「何を……仰っておられるのですか?」
静かにジョアンナは目を細めた。細い目から覗く瞳は、私を捉えて離さない。
「王太子殿下より聞き及んでおります。王女様のマナーは赤子のようだと」
アイツ、余計なことを……
「王女様の境遇も、もちろん熟知した次第ですが……既に決まったことですので、」
ん?何が決まった?
私、何も聞いてないよ?
当事者放置で勝手に色々決めるのは、
どうかと思いますわよ?
ジョアンナの目がカアッと見開く。
その表情たるや、鬼の如し。
「時間が無いのです!これから毎日、たっぷりと手とり足とりお教え致しますから、覚悟して下さいネ!」
だ、だから何でぇ!?
ジョアンナの背後に燃え盛る炎が見えました……
私はそのお姿を無の境地で、ただ見つめておりました。
✣✣✣✣
ぐでん、と片付いたテーブルに身体を突っ伏す私。
食べた気がしねぇ……
テーブルマナー、解せぬっ!
私は箸文化の人間だ!
テーブルマナーと無関係な人生を返せっ!
しかも、朝から……
ステーキ(岩の硬さ)と来たもんよ。
だから、噛み砕けんノッ!
極めつけは、アレよ!
パサパサ、パラパラ、カラカラのパン!!
パン粉?!って思わせたアレはなに?!
ここ、王宮よね?
もう……下町に帰りたい……
テーブルクロスに立派な水溜まりを作り上げました。
「……王女様」
ぎゃああああ。
すくっと何事なかったように、背を正す私。
だけど、水溜まりは隠せるわけはなくて……ゴミを見るような目でその跡を一瞥するジョアンナ。
怒られるっ。
ブルブルと震える足。
「な、何かしら?」
頑張って作る微笑み。
上手く出来た気がしませんわよ。
「今まで、マナーとは無縁な生活と聞いておりましたが、まあ、思っていたよりは、たいぶマシでした」
あれ?
水溜まりはお咎めナシ。
しかも、ちょっと褒められてる?
まあね、私も前世で一回はそういったお店に行ったことあるしね。
「あ、ありが……」
「褒めてなどおりません」
うわー地味に辛い、辛すぎる。
眼光が怖い。トラウマになりそうだよ……
「お昼は王太子殿下もおられますので、よーく観察し、その目にしっかりと焼き付けて下さいませ」
「は、はい!」
「良いお返事です。では、次は……」
「……え?つ、次?」
「何か問題でも?」
「食べた、後ですし、少し休んだ方が……」
遠慮がちに呟いた。
上目遣いで、指先同士をトントンしながら。
私には、立ち向かわねばならぬことが!!
私の生存に関わる重要案件ですわ!
「……確かに、そうですね。わかりました。では、三十分後に次を開始します」
さ、三十分……?
み、短いわ!
でも、ここは仕方ない。
昼食に間に合わせるために!
行動すべし!
バン!
勢い良く立ちがる。
椅子がその勢いで後ろに大きく下がった。
「王女様っ!はしたないですよ」
そう声を上げるジョアンナを無視し、私は扉の近くにいたミアに声を掛けた。
「調理場はどこかしら?」
「調理場です、か?」
「そうよ。早く教えて、急いでるの」
ミアは私とジョアンナを交互に視線を送り、どうしたらいい良いのか判断がつかない。
私の背後でジョアンナが、口出す気配。
「良いから、教えて!」
目をギュッと瞑り、ミアは叫んだ。
「一階です!」
「ありがとう!」
そうして私は調理場へと走り出した。後ろで、お待ちください!と声を荒らげるジョアンナの声を無視して。




