にじゅうよん
「……めでたし、めでたし」
読み終わった絵本をパタンと閉じる。すると、お腹の中でヴィクターが動いた気がした。
「面白かったのかしら」
微笑んで、お腹を撫でる。すると、また動いた。
「次は私が読もう」
オーウェン様が、新しい絵本を開く。絵本の読み聞かせは、最近の夜眠る前の日課のひとつになっていた。
本当にヴィクターに聞こえているのかはわからないけれど。絵本を読むのは意外と楽しいし、ヴィクターが生まれた後に読み聞かせる練習にもなる。
「……そこで、姫はいいました。『私があなたを助けてあげる』と」
「……ふふ」
オーウェン様は声色を変えるのがとても上手だ。いつもは低すぎない穏やかな声なのに、ちゃんとお姫様の声になっている。思わず笑みをこぼすと、オーウェン様は不思議そうな顔をした。
「今のところ、変だったか?」
「いいえ。反対です。とてもお上手だったから」
私が誉めると、オーウェン様は少しだけ照れ臭そうな顔をした。気を取り直すように咳払いして、オーウェン様が続きを読む。
……なんだか眠くなってきた。オーウェン様の声、とても落ち着くのよね。
「おやすみ。……いい夢を」
布団をかけられ、灯りが消される。それと同時に柔らかい感触をこめかみに感じて。私は眠りへと落ちていったのだった。
煌めきが見えたのは、一瞬だった。考えるよりも前に、体が動いた。痛い。すごく痛い。じわり、と腹部から血がにじみ出ているのがわかった。刺客は失敗したのがわかると、走り去っていく。
「オー、ウェンさ、ま……」
あなたが苦悶に表情を歪める。そんな顔をしてほしいわけじゃないのに。
「わた、し、視力には、自信が、あって……」
気付けて良かった。あなたを失うところだった。
「話すな! はやく、早く医者はいないのか――!」
あなたの願いだけれど。それは、きけない。だって、あなたが狙われているということは、あの子も。
「おねがい、します。ヴィクターのこと」
笑いたい。それなのに、体から力が抜けていくのがわかった。瞼が、重い。あなたの表情を、目に焼き付けたい。そう願うのに、瞼がおりていく。
「忘れ、ないで。……私は」
幸せだった。あなたに出会えてこれ以上なく。そう呟いた言葉はあなたに届いただろうか。
「いくな、リリアン! いか、ないでくれ……」
最期に聞こえたのは、あなたの悲しい声、だった。
「……って、最期って何よ! 私、まだ生きてるんですけどー!?」
大きく叫んでがばり、と体を起こす。これは、夢? 今は現実?
「大丈夫か!?」
すぐ隣で眠っていたオーウェン様のことも起こしてしまったようだった。
「……はい。ちょっとした悪夢を見まして。起こしてしまって、申し訳ありません」
なんて夢だ。よりにもよって、オーウェン様をおいて死んでしまう夢をみるなんて。そんなこと、全く望んでいないというのに。オーウェン様は、起こしてしまったことは怒らず、代わりに微笑んだ。
「悪夢は人に話すといいと聞く。どんな夢を見たのか聞かせてくれないか?」
ええっ。オーウェン様に夢の話を? でも、なんというか。不吉だし。いえ、でも不吉だからこそ、話すべきなのかしら。悩んだ挙句に、興奮して眠れそうもないのでオーウェン様に聞いてもらうことにした。オーウェン様は最後まで聞くと、顔を顰めた。
「あなたが私をかばって死ぬ、か」
「オーウェン様を狙う不届き者がいるなんて、物騒な夢ですよね」
私は、死にたくない。あなたと生きていたいから。でも。でもね、もし夢と同じことが起きたら、きっとオーウェン様をかばうと思った。あなたに死んでほしくない。
「どうだろう。命を狙われる覚えなら、それなりに――」
そこで、オーウェン様は言葉をとめた。
「オーウェン様?」
どうしたんだろう。
「あなたは、ヴィクターも危ないと思ったんだな?」
「はい」
なぜか、オーウェン様が狙われるなら、ヴィクターも危ないと思ったのだった。
「わかったかもしれない。……『彼』が、なぜあなたを失ったのか」
「『彼』?」
「未来の私だったかもしれない男だ」
「えぇ!」
未来のオーウェン様が私を失う理由――つまり私の死因がわかった!?
「でも、ただの夢ですよ?」
夢から死因がわかるなんて、そんなこと、あるのだろうか。
「夢がヒントになった。ずっと、考えていたんだ。未来のヴィクターの話を聞くと、おかしいところがあると」
そういえば。ずっと考えていた。未来の私(仮)が死んだ理由。ヴィクターによると、私は突発的に死んだ。その死因はわからないけれど。それから、ヴィクターが言っていた、言葉。ヴィクターは閻実の界に妖術の練習をするために来たと言っていた。ということは、未来のオーウェン様(仮)も今のオーウェン様のように、人を選んだのだと思うのよね。もし、オーウェン様が妖狐を選んだのならば、閻実の界こそが生きる世界のはずだから、閻実の界にいくもなにもないと思う。
でも、そうすると、おかしい点が出てくる。妖術の練習をするために、閻実の界に行ったことだ。練習自体は、おかしくない。将来のヴィクターの選択肢、人か、妖狐か。選ぶのに役立つだろう。でも。妖術って、別に現実世界でも使えるわよね? だって、オーウェン様はその妖術を使って、私をアレクから助けてくれたのだもの。
「そうだ。本来の妖なら閻実の界の方が、力が増すという特徴はあるが。私たちは、半妖だ。そのような特徴はない」
と、いうことは、だ。実は、ヴィクターを現実世界から閻実の界に連れ出すことが目的で、妖術というのは、ヴィクターを納得させるための方便だったりしないかしら。だとしたら、現実世界にいてはヴィクターに何か危険があるということ。
「ああ、私もそう思う」
以前、ベネッタから聞いた言葉を思い出す。
――オーウェン公爵が微妙な立場にいることは、知ってる?
その、理由は――。
「王太子殿下に男児がいないから、もしかして、それで?」
臣籍降下して王族に復帰した例がないわけではない。アドリアーノ公爵家も当然公爵家なので、王家の血を継いでいる。けれど。血の濃さでいうなら、オーウェン様のほうが断然濃い。それに、王太子殿下の娘である第二王女殿下、第三王女殿下たちは既に他国に輿入れすることが決まっている。あとは第一王女殿下が女でも王位を継げるように、国の法律を変えるかどうか。しかし、王太子夫妻は王太子妃殿下にそれなりにリスクが伴うものの、まだ子が望めない年ではない。なので、法律をどうするのかまだ、もめている最中だと聞いた。
「妖狐の血を継いでいる私やヴィクターが王位を継げるかはともかく。私たちを邪魔に思う者たちがいるだろうとは思う」
確かに。
「王位継承権の話には、私はなるべく関わらないようにしていた。私にその意思がないと示すにはそれが一番いいと思っていたから。でも、陛下が退位される前に、法律を変えられるように働きかけよう」




