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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第5章 さらばペンギンライフ
41/56

1-1 北海道内すべての世帯を(前編)

挿絵(By みてみん) 


第五章 さらばペンギンライフ



      1


 北海道内すべての世帯をどうやったら停電にできるのだ。

 何百万戸もあるんだよ? やろうと思ってできることじゃないよね。しかも一斉にって、どういうこと?


 疑問はつきない。

 これがブラックアウトと呼ばれる電力問題として世間を騒がすことも専門外なのでとっさにはつながりがよくわからない。


 あれこれ考えてもどうしようもないことはある。ペンギンたちに教えてもらった大切なことであった。


 朋子は潔く疑問を跳ねのけ、顔をあげる。

 午前八時、札幌の空は気持ちよく晴れ渡っていた。

 気温は十六度ほどであろうか。薄手の長袖がちょうどよく、乾いた爽やかな風が髪をふわりと揺らした。トンボも道大の中央レーンをすいすいと飛んでいく。地震があったことなど嘘みたいだ。


 嘘ではないと告げるのは市内を旋回するヘリの音である。

 アパートを出て一同そろって道大へ向かうあいだも、ずっとヘリの音があたりに響いていた。

 向った先は南側キャンパスの北の端、高等教育機構棟。学会の会場であった。本来ならばそろそろ玄関前に看板やら会場説明が表示されているはずなのだが。あたりにひとけはなかった。


「くっそ、やっぱ真っ暗だな」


 正面玄関にべったりと張りついて岩ポンは中をのぞいた。昨日のうちに準備はしてあったらしく、中の玄関先には学会の看板と数脚の長テーブルが見えた。ポスター発表用のパーテーションも並んでいる。地震で乱れた様子はない。


「セッティングしているヤツらとか、いねえかなあ」


 岩ポンはしつこく中をのぞき続ける。チェニジア風レトルトカレーを平らげて気力体力が充実したらしい。元気と木橋も「岩嶋先生って本当にカレーが大好きなんですね」と感心するほどの食べっぷりであった。

 やがて岩ポンは拳で扉をガンガンと叩きはじめた。「止めて、割れる」と朋子はあわて、「落ち着いてください」と元気と木橋が岩ポンの腕を必死でつかむ。


「つうか、お前らどうしてついてくんだよ。自分のアパートに戻って着替えろや」


「そうしたら岩嶋先生と朋子センセが二人っきりになりますよね。そんなの」といいかける木橋を元気が押さえこんで「いえ、おれたちの大学ですから、どうなっているのか心配で」とあきらかな作り笑顔を岩ポンに向ける。かあっ、と岩ポンはほえる。「しらじらしいツラを俺に向けんじゃねえよ」と吐き捨てる。


 そんな騒ぎを聞きつけたのか、「おや岩嶋先生」とひとり、またひとりと人が集まってきた。誰もがスーツ姿であった。学会に参加しようと前日から北海道入りしていたメンツであろう。


「地震、驚きましたねえ。ホテルのエレベーターに閉じ込められて。ひどい目にあいました。岩嶋先生と同じ宿かと思ったのですが」

「俺はコイツんとこにいたから」


 ああなるほど、と参加者は朋子を見てあっさりとうなずく。おれたちもいました、と元気があわてて言葉を添える。へえ、なるほど、と参加者たちは続けた。朋子としては、自分がすでにゴヤ大ではなく道大にいることを知れ渡っているほうが気にかかったけれど。


「空港も現在閉鎖中だとか。全戸停電もいつ解消するか見とおしはたっていないそうで」

「札幌市内でもやはり高速道路より北側の地盤では液状化被害が出たようですよ。あと泥炭地のところもやられていますね」

「震源付近では大規模な土砂崩れです。かなりの規模だとか。あのエリアは樽前山噴火のテフラだらけですから。表層がごっそり動いた感じでしょうかねえ」


 岩ポンを取り巻く参加者たちは口々に仕入れてきた情報をいい合った。

 ふうん、とうなずきつつ、それにしてもよ、と岩ポンは口を歪めた。


「これだけの騒ぎになった地震だぜ。よく火災発生しなかったよな。普通は火事で被害続出だろ? 九州とかそうだったじゃん。マグニチュード的には大差ねえだろうが」

「建物の構造が違うんですよ。こっちは雪対策の建築ですから。あとまだ停電中なので火災発生要因が少ないというか。それにしても全戸停電とは。あり得ない」


 さすが北海道、と一同はうなずき合う。

 わいわいと話が広がる一同から岩ポンは抜け出して、朋子の肩を叩いた。「試料どうなった? どこまでやれた? 見せろ」といいつつ工学部方向へ歩いていく。


「先生、そっちじゃなくてこっちで。でも入れるかどうか」


 小走りで続く朋子の脇を「朋子センセ、こっちです」と元気が追い抜く。へ、え、と声をあげつつ朋子はあとにつく。

 元気が「こちらです」と示した先はいつものジンパをする裏庭であった。その非常用らしき扉のドアに金属のカギを差し込む。追いついた木橋が不審そうに首をかしげたところで元気は岩ポンへほほえんだ。


「さきほど守衛さんから借りまして」

「ずいぶんと物わかりのいい守衛だな」

「そういうことにしておいてください」


 肩をすくめる元気を見ながら岩ポンは「朋子、さすがの守衛も建物の中の安全確認はまだ終わってねえだろうから、足元気をつけろよ」と声をかけてくる。いくんだ、と朋子と木橋は涙目になる。

 階段で四階までのぼり、うお、と岩ポンが低くうめいた。


「こりゃまたバラけたな」


 薄暗い廊下にはコンテナの梱包材が散らかっていた。うきゃ、しまった、と声が出る。これはわたしだ。あのときSEM確認がしたくていろいろ出しっぱなしにして。コンテナに駆けよる朋子に岩ポンが、お前かっ、とほえる。


「あのな、消防法っていうのは今日みたいな地震がある場合も想定してだな。普段からの心がけが大事で」

「あ、先生、そこに座らないで。倉庫から持ち出した試料を重ねてあって、って」

「うるせえ。お前のデスクどこだよ」

「そこだけど、待って。木橋くん、阻止して」

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