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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第4章 その前に人々はなすすべを知らず
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4-1 え? なんで。どうして。早いでしょっ(前編)

      4


 え? なんで。どうして。早いでしょっ。

 そうじゃなくて。どうして岩ポンがここにっ?

 困惑する朋子に岩ポンが「朋子か?」と声をかけてきた。

 は? な? と元気と木橋が朋子に振り返る。朋子は小さく声を返す。


「岩嶋先生?」


 へ? ええっ、と元気と木橋は岩ポンへ身体を向ける。驚きすぎて大きく飛びのいたくらいである。二人が岩ポンのファンというのは本当なのか、と朋子は唇をかむ。

 かあっ、と岩ポンは大きく伸びをする。


「やっと帰ってきやがったか、って。朋子―。お前は―。男二人も持ち帰りかよ」

「人聞きの悪いことをいわないで」

「お? 口ごたえだあ? なんだ、どうした。お前何かあったのか?」

「そりゃもういろいろと。いえそうじゃなくて学会当日の朝にこっちに入るはずじゃ? あ、そっか。もう当日の朝か。だからもう少しあとで向うの空港を発つくらいで。それこそスケジュールがいっぱいのはずでしょ」


 そうじゃなくて、と呼吸を整える。


「いつからここに? 連絡くれればよかったのに」

「したわ。しまくったわ。お前ぜんぜん返事しねえじゃんよっ」


 はあ? 何をいって? と震災後はじめて携帯電話にふれた。うめく。着信履歴と未読メールが山ほどあった。その八割は岩ポンである。残り二割の震災安否を気遣う連絡を押しのけて、岩ポンは『さっさと連絡しろや、ボケ』とか『いまお前んチ』とか緊張感のない件名の列挙であった。


「なら先生。夕方の飛行機で北海道に?」

「おう。お前のことだから大学につめているんだろうとは思ったんだがな。札幌に着いたの午後九時すぎだったからよ。道大の工学部はいったことがねし迷うよりはってんで、お前んチに直行したんだ。いくらなんでも学会前夜には帰ってくるだろうってな。こなかったな」

「すみません」

「そしたら地震だもんな。やっぱ地球は面白いよな」


 地球、と元気と木橋が小さく繰り返す。さすがだな、さすがですね、とささやき合っている。

 なんとなく面白くない。

 連絡確認しなくて申しわけなかったとか、来道直後に地震にあって大丈夫だったかとか、いたわる気持ちがなえていく。大丈夫そうだけど。そして自分がいたわってもらえるとは思っていないけど。


「まあいいや。ほれ、土産だ」

「……ありがとうございます」

「見ろ」

「お土産を?」

「アホか。違うわ。空だ」

「あ」

「すっげえ星だよな。日本でもこんな星空が見られるんだな」


 ガハハと岩ポンは笑う。


「なんかいろんなことが、どうでもよくなるよな」


 う、と視線をそらす。方向性は違うとはいえ、岩ポンと同じ発想をしたことがどうにも腹立たしくなる。


「ほんじゃあ、そういうわけだからよ。泊めてくれ。屋根があるところで少しでも仮眠がしたい」

「ウチに泊ると」

「六時間以上待たせたうえにボスの俺に野宿をしろと?」

「それはそうだけど、ホテルは? 予約しなかった?」

「お前を待ってたらチェックインできなかった」


 ぐぬう、とこれまた唇をかむ。ちょっと待った、と元気が飛び出した。


「いくら岩嶋先生でも朋子センセは女性のひとり暮らしなんです。それはちょっと」

「それともそういう間柄なんですか? いくら道大にくわしくないからって六時間もアパートの前で待つってそれって?」


 木橋が続く。はあ? と岩ポンが声を裏返し、元気があわてて「いえ、お気になさらず」と木橋の口を手でふさぐ。

 ああもう面倒くせえなあ、と岩ポンがわしわしと髪をかく。


「お前は顔かたちだけはいいもんな。すぐにこういうヤツらがくっつくよな」

「失礼な」

「つうかお前らなんなんだよ。俺を知ってるのか?」


 はいっ、と元気と木橋が姿勢をただす。


「朋子センセと同じ研究室で。岩嶋先生のお名前はかねがねおうかがいしております」


 それで、と名乗ろうとする元気を岩ポンが手で制する。


「わかった。お前らも泊れ。なら問題ねえだろ」

「八畳二間に何人押しよせるつもり? そもそも停電してるし」


 ごちゃごちゃうるさい、と岩ポンは風除室を開けて階段をのぼり出す。「三階だよな。ここかっ」と午前四時をまったく配慮しないにぎやかさであった。待って待って、と朋子は続いた。


 ここ数日帰宅していない。洗濯物は散らかっていなかっただろうか。布団は? お皿とか洗ったっけ? はわはわ、と手を震わせ岩ポンを押しのけ部屋のカギを開ける。一分でも待ってもらえたら、という朋子の願いは虚しく消える。


「もたもたするなや。ポンポンやれや」


 がしっと岩ポンは足で扉を支えて真っ暗な室内へと入っていく。どこの差し押さえ組員か。止める暇もない。九月上旬の閉め切った室内である。どれだけ蒸し暑いかと覚悟したものの、思ったほどではなかった。ありがとう、北海道。


「学会前のお前が掃除してるとは思ってねえから安心しろや。ブレーカーはこれか? おお。つかねえな。しゃあねえな」


 じゃあ俺ここ、と岩ポンがリビングの二人掛けソファに陣取った。周囲にキャリーバッグやら荷物やらをどっかりとおく。続いていびきが聞こえる。相変わらずさすがである。

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