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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第4章 その前に人々はなすすべを知らず
36/56

3-1 何? どうしたの?(前編)

      3


「何? どうしたの?」


 数十羽のペンギンが一斉にくちばしを空へ向ける。朋子もつられてその先を見る。何もない。星空だけだ。何々? どうしたの? 朋子が戸惑っていると、一羽、また一羽、とペンギンたちはくちばしを降ろし、そしてくちばしを朋子の頬へよせた。あたたかい。頬だけでなく、胸までじわりとあたたかくなる。


 同時に胸の奥がさわさわとうずいた。

 どうしたんだろう。

 これは、いつもとは違う?

 何か起ころうとしている?

 思わずペンギンのくちばしに手を当てた。ペンギンの瞳がきょろりと動く。その瞳から険しさが消えていた。

 さわり、とさらに胸の奥が強く音を立てる。

 え? と眉がゆがむ。

 一羽、また一羽と朋子へ頬をよせてペンギンたちは朋子から離れて円陣を組んでいた。いつしか朋子は円陣の中央にいた。ペンギンたちは名残惜しそうに朋子に背を向ける。

 さわりさわり、と胸の中の音が大きくなる。


「え、っと。ちょっと待って」


 声をかけるもののペンギンたちは止まらない。朋子に背中を向けたまま、時計回りに動き出す。


「待ってってば。ちょ、ねえ、待ってよ」


 ペンギンたちはゆっくりゆっくり朋子のまわりを回った。

 何かを伝えるように。何かを訴えるように。そして何かを喜ぶようにも見えた。

 リズミカルに、呼吸を合わせて。

 ペンギンたちは朋子のまわりを回りながら、一羽一羽と振り返って朋子にうなずく。そのまなざしは見たこともないほど柔らかく優しかった。


「な、んで? どうして?」


 声が震える。予感が押しよせる。


「いつもの怒った顔はどうしたの? 蹴り飛ばしたり叩かれたりしてたじゃん。あの勢いは?」


 ペンギンたちはさらに目元をやわらげて朋子のまわりを歩き続けた。

 優雅な動き。けれども、胸騒ぎは止まらない。胸の痛みはうずくどころかギシギシと締めつけるほど強い。胸元に手を当てる。そうしないと堪えられない。その指先も震えて止まらない。

 そして、やがて。

 ペンギンたちの歩いたあとに光の尾が残りはじめた。

 朋子の鼻先がじわりと熱くなる。

 はじめて、ペンギンたちが背中から飛び出した日。ペンギンたちが歩き回っていると驚いたあの日。

 高校三年の晩秋。校舎の三階、冷えた廊下。そこに西日が差し込んでいた。参考書を持った指先が震えるほど冷たくて。消しゴムを落としたのも気づかずに立ち尽くしたあの日。

 どうしてかそれを思い出す。


 どんなにがんばっても模擬試験の結果が思わしくなく、ペンギンの絵葉書をつかんでは歯をくいしばっていた。水族館のお土産です、と後輩からもらったコウテイペンギンの絵葉書だった。

 ──朋子センパイ、がんばって。

 いつも朋子のうしろについて歩いていた男子学生。ひとなつっこい顔つきで、笑うと頬がくしゃくしゃになって。大柄なのに小犬のような彼であった。ペンギン好きの朋子のために、「クラゲをエサにしているペンギンがいるそうですよ。朋子センパイ知ってましたか?」とペンギンのネタを集めては駆けよってきた。


 ……おかしいな。どうしてこんなこと、いまごろ思い出すのかな。

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