2-2 満天の星空の中で(後編)
「朋子センセを親に紹介しようとしていた直後の別れ話? おかしくないですか? そんなに気持ちに起伏がある人だったんですか?」
「どっちかといえば鈍感なほうだったけど」
「だとしたら岩嶋先生か。なかなかえげつないことするんですね。まあ、元彼さんも相当のようだとは想像できますけど」
「どういうこと?」
「朋子センセも相当に鈍感みたいですけど」
ひどい、と朋子は頬を膨らませる。岩嶋先生も本当に大変だな、と元気は首を振る。だけど、と元気が続けた。
「元彼さんの気持ち、それ、わかります」
「へ」
「ぼくもそう思うことがあります」
「木橋くんまで。どういう意味よ」
だから、と由加が朋子の背中を軽く叩いた。
「朋子センセががんばりすぎだってこと」
うう、と朋子は身を縮める。そうかなあ、と声がもれる。
「がんばったって、すべてが報われるわけじゃないのよ」
「そうだけど」
「元彼さんは報われなかった。そこであきらめた。でも同じ立場だったら朋子センセはあきらめない。報われるまでやりつづける。でしょ?」
うん、と小さくうなずく。
「それを見て、普通の人間は打ちのめされるってことよ。そして、そこまでしてがんばっても世の中どうしようもないことはあるの。どんなにあがいてももがいても、どうしようもないことはあるのよ」
ほら、と由加は腕を空高く突き出す。
朋子は由加の腕の先を見た。
「がんばるのは無駄だとはいわないわ。けれど、やっぱりどうしようもないことはあるの。それは事実なの」
真っ暗な街をすっぽりとおおう、たっぷりの星々。
由加さんのいうとおり。わたしのがんばりなんてまったく関係なく、リゲルにベテルギウスはきらっきらに輝いて。そりゃわたしなんかが関係するわけないんだけど。
停電だって、アルデバランやシリウスは爪の垢ほども関係しないし。
だけど、だけどねっ。
何も学会前日というか当日に地震が起きることはないでしょ?
しかも震源は北海道の胆振だよ? 内陸だよ? どういうこと?
ほかにもたくさん地震が起こりそうな場所はあるでしょ。静岡あたりとか四国沖合とか宮崎沖合とか。そりゃもう、わんさかあるよね。ここよりももっと起きる確率が高いところなんて山ほどあるでしょ。
なのに、よりによって、誰も何も注視もしていなかった場所で起きる? おかしいでしょっ。
ああもうっ。
わたしの発表をどうしてくれるのよ。あんなに必死に準備したのに全部無駄? そりゃいつかはやる作業だったけど。だけど今回の学会用に準備したものもいっぱいあって。
それが?
全部、ぱあ?
朋子は両手を夜空に突きあげた。
落ち着けや、とばかりにペンギンたちが足元に絡みついた。フリッパーでべしべしと朋子のふくらはぎやら太ももを叩いてくる。くちばしでつついたり、こっちを向け、としきりにジャンプを繰り返すペンギンたち。
おれたちを見ろ。
全身で訴えるペンギンたちに、朋子はようやく振り返る。
つぶらな黒々とした瞳が朋子を見ていた。一対ではない。二対、三対、ううん、数十対。朋子はその濡れた瞳に視線を合わせた。ここぞとばかりにペンギンたちはぐいぐい顔を近づけてくる。どのペンギンも必死の形相で。それはあたかも、自分みたいだ。
由加の前でわめいてみせて、木橋の事情も考えず手当たり次第に手伝いを頼んで、そのうえ元気には八つ当たりである。忙しいのは彼らのせいじゃないのに。間に合わないのももちろんそうなのに。それなのに。こんなに必死になって。なんとかしようとして。
そっと手を伸ばす。真剣な眼差しのペンギンたちの頭にふれる。感覚はない。けれど、じわりとあたたかい。ペンギンたちにも朋子の体温が伝わったのか、険しい眼差しが気持ちよさそうなまなざしにかわる。
朋子の目元も泣き笑いのように大きくさがり。はああ、と小さく声が出た。
「どうにもならないことって、あるんだよね」
うん、そうか。そうなんだよね。
どんなにがんばっても、どんなにあらがっても、どんなにあがいても。どうにもならないことはあるのだ。
この地震のように。
あのときこうしておけばよかったとか、まだこういう手があるのではとか、どれだけ踏ん張って考えて計算しても、地震には、自然の営みには、到底かなわなくて。
そもそもわたしはそういう大きなスケールを相手に研究しているのに、地震に腹を立てるってどういうことよ。辻褄が合わないし。まったく。どれだけわたしは馬鹿なのかなあ。
朋子の目尻からぽろりと涙がこぼれる。
そのときであった。
ペンギンたちが一斉にくちばしをあげた。




