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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第4章 その前に人々はなすすべを知らず
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2-1 満天の星空の中で(前編)

      2


 満天の星空の中でひときわ明るく輝く星々。

 それも冬の星座の代名詞の星々が頭上にある。

 赤く光るベテルギウス、白くきゅっと見えるリゲル、その真ん中にある三つ星、ぼんやりと雲のような光のオリオン大星雲までよくわかった。

 さらには。

 アルデバランやカストル、シリウスにプロキオンといった冬を代表する星々も輝いている。その一等星のまわりにはかぞえきれないほどの星々だ。


「すごい」


 朋子の声がかすれる。その声につられて由加たちも夜空を見たらしい。一斉に息を飲み、口々に「おおすげ」、「これは」、「見事ね」とうわずった声が聞こえた。


「あれってオリオン座ですよね。へえ、この時間帯なら九月でも見られるんですね」

「デカいな、オリオン座」と元気がつぶやく。


 朋子もうなずく。

 うん。大きい。

 すっごく、大きい。

 なんどもなんどもまばたきをして、ここまで一斉に停電になったからこそこれは見える星々なんだと胸の中で繰り返し、でも星は急に出てきたわけじゃなくて、いつもそこにあって、けど見えなかっただけで。言葉にならないくらい胸がいっぱいになる。


「満天の星空って久しぶりに見たなあ。そういえばずっと星を見ていなかった気がする」


 ふふ、と由加が笑った。


「地質屋の朋子センセがそんなことをいうなんて」

「おかしいよね。岩石や化石ばっかりさわってて、誰よりも自然のそばにいるのにね」


 それだけじゃなくて、と由加が言葉をかぶせる。


「がんばりすぎなのよ」


 へ、と朋子は由加を見た。真っ暗の中でも由加が眉を歪めて朋子を見ているのは気配でわかった。


「朋子センセはがんばりすぎ」


 そして続ける。


「見ているこっちが苦しくなるくらい」


 どきん、と胸が鋭く波打つ。ペンギンたちも一斉に朋子へ顔を向ける。ぐいぐいと顔を近づけ朋子に詰めよる。そのくちばしをそっと撫でてから朋子はゆっくり立ちあがった。


「それ、元彼にもいわれた」

「え」

「『がんばりすぎるとこを見せられると、がんばれてないオレが悪いみたいじゃん』だって」


 いまでも声を思い出す。

 切なく悲しげな口調。なじられたほうがずっとよかった。


 博士号がとれて、ひと息つこうとした。元彼といっしょに温泉へいくのもいいな。どこがいいかな。そう思っていたものの、岩ポンに次から次へと作業を押しつけられてペンギンたちを出しまくっていた三月。

 道大に着任が本決まりした直後だった。


「すげえな。いきなり助教かよ。オレなんて今年は博士号駄目だったから、あと最低一年はゴヤ大だな」

「遠恋になっちゃうね。でも着任は六月だし、その前にアメリカの学会もあるし、試料とかもここにあるから結構会えるよ。がんばろうね」

「あ、オレ、アメリカの学会はいけないわ」

「どうして? 申し込みはしたでしょ。ポスター発表もするって準備してたのに。航空チケットだって」

「気合いを入れ直さないとそれこそ来年も博士号取れないからな。これ以上岩ポンにあれこれいわれるのはさすがにオレだって嫌だし」

「岩ポンがあれこれいうのはいつものことだし」

「研究のことなら自業自得だけどさ。それだけじゃなくて」

「プライベートなこと? ひょっとして」

「まああれだ。親にも謝りにいかなくちゃいけないしな。もう一年よろしくってさ。実家に顔を出してくる。えっと、お前も、くる?」


 へ? と一瞬戸惑い、そこをすかさず元彼が「あ、うそうそ」と声をかぶせた。


「学会の準備があるよな。岩ポンの野外調査の準備とか着任の準備も。くそう。純粋にうらやましいわ。オレは工学部なんてとび技は使えないしな。学位を取れたところで理学部に求人があるかな」

「日本に限定しないとか。オーストラリアの教授がいたでしょ。気に入られていたっぽいよ? もっと遠恋になるけど、あっちを狙ってみるとか」

「言葉がなあ。そんなに英語ペラペラじゃないし」

「慣れだよ。わたしもロシア語やりだしたの。まだぜんぜんだけど、少しでも通じるとうれしいし。一緒にがんばろうよ」

「ロシア語? スペイン語もやっていたじゃん。どうしてロシア?」

「ロシアって実は化石いっぱいあるでしょ。北極域の調査やりたいなって」


 そうだけど、わかるけど、と元彼はひといき身もだえて、それからがっくりとうなだれる。ああちくしょう、と吐き捨てる。

 そして「お前がんばりすぎだよ」と切なげな声を出したのだ。

 元彼は続けた。


「お前が正しいのはわかる。だけどさ。オレはお前みたいな生き方はできない。だから駄目なんだろうけどさ。学位もとれなかったし」


 このままだと、と元彼は声を詰まらせる。


「オレ、お前の足を引っぱっちゃうよ」


 そんなこと、と朋子は首を振ったものの、元彼は「だから」と顔をくしゃくしゃにした。


「別れよっか」


 どうしていきなりそういう話になるのだ。

 別れ話になるにしても、順序があるのでは? 少なくとも五分前までケンカだってしていなかったのに? なんで。どうして?

 いい返したい言葉があふれる前に元彼は続ける。

 だって、と続ける。


 オレ、お前の足手まといになりたくないからさ──。


 朋子は口を閉じる。なんてズルい言葉。いま思い出しても胸が苦しい。


 確かに。足手まといだなんてそんなこと思ったこともなかった、とはいえないけど、思ったとしてもほんのちょっとで、たいしたことはなくて。でも、と気持ちがしずむ。そうかな。そのうち「たいしたこと」になるところだったのかな。でもでも──あのときはまだ、「たいしたこと」じゃなかった。それなのに? 

 不意に元気が、ふん、と鼻を鳴らした。

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