5-3 元気と木橋に連行されるように(後編)
木橋と元気が声をそろえる。二人が声をそろえるということは、と身を縮める。由加だけでなく、これは世間一般の意見ということで。これまたいまさらながらに恥ずかしさが押しよせる。
「ごめんなさい」
「謝ってほしくて指摘したわけじゃないわ。朋子センセが嫌になったわけでもない。ただ度がすぎるもの。理由があるのかしらって」
「ペンギンが見える理由ってこと?」
そうね、と由加は柔らかくほほえむ。
理由は、もちろんある。あるんだけど。
朋子は背中を丸めてビールをすする。由加は頬杖をついて朋子を見た。「どんな?」とうながしてくる。朋子はしぶしぶと声を出した。
「高校のときあたりがはじめだと思う」
ペンギンはいつも身近にあった。
それこそ幼稚園児のころからペンギンには目がない。ぬいぐるみといえばクマでもウサギでもなくペンギンであった。だから自宅の部屋の中をペンギンたちが飛び回っていても不思議に思わなかった。
ペンギンがいるとはっきりと認識したのは大学受験のあたりだ。背中から飛び出したペンギンたちが教室のそこかしこを歩き出した。フリッパーで叩いたり背中を蹴ったりする。痛いし衝撃がある。けれど、ほかの生徒は違った。ペンギンがジャンプしている椅子に男子生徒が座っても問題はなかった。黒板が見えないほどペンギンたちがいるのに誰も騒ぎはしなかった。
突然あらわれ、気まぐれに消えるペンギンたち。
いくら自分に痛みや衝撃があったとしても、どう考えても実在するわけがない。つまり、これは自分が作り出した幻覚であろう。そう早い時点で気づいた。
じゃあ、どうしてペンギンが出るのかな。
この疑問もすぐにとけた。
大学入試合格発表の日。その日をさかいにペンギンは姿を消した。
なんだ、これってストレスだったのか。
安直すぎる原因にがっかりしたほどだった。その後、大学進学後も、学会準備やゼミ発表前などにペンギンたちは再び出現。朋子のまわりを行進しまくった。岩ポンの研究室に配属してからは、ほぼ消えることなく朋子の背後で飛び回っている。
木橋が呆れた声を出す。
「ストレスでペンギンを生み出すって。朋子センセ、ペンギンが嫌いなんですか? 大好きだっていっていたのは?」
「好きだよ? 小さいころは姿がたまらなく可愛かったけど、地質がらみでも大好き。南極の地質を調べていたらね。コウテイペンギンは南極にしか棲んでいないってわかって。ヒナとかもうね、かわいすぎだよねえ。永遠に画像を眺めていられるよねえ」
マニアだ、マニアね、と元気と由加がささやき合う。だから、と朋子は語気を強める。
「ペンギンは癒しアイテムなんだってば」
「そのペンギンが頻繁に出るのは?」
「それはその、わたしがあわてているからで。うんと。落ち着けって感じで?」
「自己防衛的な? 少しは自分でも落ち着いた方がいいとわかっていると」
「なのにそれを無視して朋子センセは突っ走っていると」
そんなことないっ、と朋子は頬を膨らませ、由加と木橋と元気が「そんなことある」と声を合わせた。
元気が顔をくしゃくしゃにして笑った。
「いやもう、本当にいい加減にしないと、朋子センセ、死にますよ」
「大丈夫だもん。いままでもこんな生活してたもん」
まったくあなたって人は、と元気が手を伸ばす。朋子の髪をさわさわと撫でた。「あ、ズルい」と由加が朋子にハグをして木橋が「ズルいズルい」と地団駄を踏む。
「何よ、みんなで子どもあつかいして。岩ポンみたいなことをしないでよっ」
「ちょ、ま。岩嶋先生にこんなことされているんですかっ。おかしいですよっ」
「岩ポンはおかしいんだよ」
「違う。それぜったいに朋子センセ、ちがーう。あんたたち、おかしいっしょやっ」
ああもう、ほうっておいてよっ。朋子はもがいて由加と元気と木橋を振りほどく。
こんなふうにのん気に夜は更けて、閉店近くの午前三時である。
いつだってそうであろう。
予兆などなく、誰かれの都合など関係なく、この地に住むものの宿命であろう。どんなに準備をしても備えることはできても間に合うことはない。
そもそも「それ」は人間の活動と関係なく動いているのだ。
そして「それ」はやってきた。
地震である。




