1-1 みしり、と店が音を立てる(前編)
第四章 その前に人々はなすすべを知らず
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みしり、と店が音を立てる。
数秒としないうちにガタガタとそこかしこで音が聞こえた。
地震?
朋子は弾かれたように顔をあげた。元気と木橋もそれに続く。ひゃあ、と由加が悲鳴をあげる。カウンターの奥では小吉が「火元っ」と声をかけ、「大丈夫っ」と大吉ねえさんが威勢よく返した。カウンターテーブルから皿が数枚転げ落ちてパリンと割れる。それを見て由加がこれまた、ひゃあ、と甲高い声をあげた。
朋子は、いや朋子と元気と木橋は違う。
中身が波立つビールグラスを手で支え、全身の神経を張り巡らしてカウントだ。
初期微動から本震まで何秒だった?
震度は?
震源は?
揺れがおさまり「こわかったあ」と立ちあがる由加を「余震があるから、まだ座ってて」と手で制し、朋子は「で」と身を乗り出した。
「速報は? どこの地震だった? どこのプレートがズレたのかな。ついに南海トラフ? それとも静岡沖合あたり?」
元気と木橋が夢中で携帯電話で検索をかける。朋子は「小吉さん、テレビつけるねっ」とリモコンに手を伸ばす。「なんなの、あんたたち。どうしてそんなに冷静? きゃっ、余震」と由加が背中を丸めたところで木橋が「あ」とするどい声をあげた。
「本州じゃありません」
「へ? どこ。まさか九州あたりの地震でここまで揺れたの?」
「震源はここ北海道です」
北海道っ、と朋子は声を裏返す。
「道東? 根室沖合とか? あのへん最近多かったよね」
違う、と元気が返す。
「なんと内陸っ。震源は胆振東部。マグニチュードは7」
「馬鹿なっ。日本で一番起こりえない場所でしょ。安全な場所でしょ。本当に南海トラフじゃなくて?」
「震度40キロ」
木橋の声に、深っ、と朋子と元気が声を揃え「小さいのなら深い震度の地震はあったけどなあ」と朋子がつぶやいたときだった。
照明が切れた。
店内が真っ暗になる。あかりは携帯電話のモニターだけになる。
小吉さんっ、と声を張りあげた。
「なんもだっ。朋子センセ、落ち着け」
「違う。念のためにブレーカーの主電源をオフにして。通電したときに火事になるかもだからっ。関西の地震のあとはそれで被害が広がったんだよっ」
お、おう、と小吉が応じる。
そのあいだにも余震は続いた。気持ちを張り巡らしているからか、十分とあけずに揺れを感じる。皿が動く甲高い音もあたりに響く。
「不安定ですね。まだデカイのがくるかな?」
「太平洋沖合なら結構地震があったよね。胆振って太平洋沿岸地域だよね。日高山脈の南西側。その内陸? 何が動いた地震かな」
「津波の心配はありませんけど」
木橋の声に「そういえばカリフォルニアの南で地震があったよね」と朋子が続け、「それに関連しますかね。ならインドネシアとかは? 火山活動が活発ですし」と元気が低い声を出したところで「ちょっとっ」と由加が声をあらげた。
「こんなときに何よ。止めてよ」
「こんなときだからこそだよ。どこかで液状化が起きているかもしれない。札幌は泥炭地がたくさんあるんだよ?」
あのねえ、と由加がとがった声を出しかけたとき、奥から大吉ねえさんの声が聞こえた。
「暗くてごめんねえ。みんな大丈夫かい? 被害がどれだけかわかんないし、いつ電気がとおるかもわかんないから、みんな外に出ようかね。足元に気をつけてねえ」
ああそうか、と朋子は我に返る。「荷物だけは持ってねえ」と大吉ねえさんが続けて、そうだそうだ、とカバンを手に取る。とたんにパリンと音がした。
「うわ、ごめんなさい。何かを割ったみたい」
「なんもだ。いいから外に出て」と返事があり、朋子は真っ暗な店内を手探りで外に向かった。テーブル席の椅子を押してよろける足取りで扉に進むと誰かにぶつかる。がっしりとした身体つきから元気の背中のようであった。元気は扉を開けたまま「うわ」と声をあげている。
「ちょ、元気さん、邪魔」
あ、ああ、と歯切れ悪く声をもらして元気が動き、朋子はようやく外に出る。
「え?」
思わずあたりを見回す。まぶたをこする。うんと、わたしってば酔っ払ってる? これは夢?
首をかしげる朋子の腕に由加がぎゅっとしがみついてきた。
「何これ。真っ暗。このあたりが全部停電しているの? どうなってるのよ」
「あーやっぱり? 酔っ払って意識がなくなっちゃったかと思った」
「もう朋子センセってば。何をいっているのよ。たまんないわねえ。このコは。なんだか気持ちがきゅってなった」
いいつつ由加は朋子に抱きついてくる。「ちょ、ちょっと由加さん、実はとっても酔っ払ってるの?」と返してとおりを見わたす。
暗い。
見事に暗い。
街灯という街灯がことごとく消えていた。停電なので当然なのだろうが、それにしても暗い。かよい慣れた商店街なのでなおさらいつもとの違いが際立っていた。
ううん、と木橋のうめく声が聞こえた。携帯電話で検索をしているらしい。モニターのあかりが木橋の顔を下から照らしている。さながらホラー映画のようである。
「この停電、かなり広範囲みたいですよ。いつ復旧するか見通しはまったくないっぽくて」
まじか、と元気の声が続く。




