5-1 どんっと岩石試料が届いたのは(前編)
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どんっと岩石試料が届いたのは翌日のことであった。
岩ポンが宣言したオーストラリアからの荷物であった。
やれやれと、受け取った事務の女性は肩をすくめた。
「朋子センセ、運送屋さんに有名ですよ。大量の岩石荷物を見たらここ宛だといわれているようです」
「ほかにも岩石の研究をしている人はたくさんいるのに」
「そういう方は搬送場所を『一階倉庫』と指定しているとか。この量を研究室棟の四階に指定でくることなどありません。研究室棟のせまいエレベーターでは何往復もしなくてはいけませんから」
ああそうだよねえ、大変迷惑なうえに重労働だよねえ。わたしだってこのあと倉庫に移動させるんだから大変な労働だし。そうか。場所指定か。その手があったか。だけど岩ポンが送りつけた試料である。
「自分で送った荷物なら場所指定もできるけど。岩ポンなら無理だろうなあ。しかも海外からの荷物だし」
まあまあ、と木橋が朋子の隣に立つ。
「運ぶのはぼくらがやりますよ。朋子センセは指示してください」
木橋くん、と朋子は低い声を出す。
「何人くらい集められる?」
「え? そうですね。昼飯にいってるヤツらが戻れば三人かな。午後の三限の授業が終われば合計で五人ですか。それが? いままでの調子じゃマズいんですか?」
朋子が答えるより早く事務の女性が朋子に向けて声を出す。
「午後一時からです」
「う、うん。わかってる」
「間に合いますか? 先月に厳重注意を受けました。今回も受けると教授会で議案にあがります」
「わかってる、間に合わせる」
険しい顔つきで事務の女性にこたえる朋子を見て察したのか、木橋が「あ、そっか」と声をあげた。
「今日ですか? なるほど、ヤバいですね」
「ヤバいんだよ」
そう。本日はタイミング悪く、いや研究機関としては常に気を配る案件ではあるものの。
安全巡視の日、であった。
消防法違反はないかどうかチェックをする日で、学内の専属担当者が安全確認をして回る日である。
書棚の固定はされているか。薬品は安全に管理されているか。高圧ガスボンベはちゃんと上下二カ所で固定されているか。不要なガスボンベが転がっていないか。
そして、廊下に消防活動を妨害するようなものはおいていないか。つまり、いま届いたばかりの岩石試料。これは『妨害するもの』である。邪魔である。消防法違反である。速やかに倉庫へ移送する必要がある。
巡視の時間まで、というより、災害はいつ起こるとも知れないので、常に速やかに移送する必要がある。
木橋が朋子に身を乗り出す。
「荷物、今回はコンテナ三十箱くらいですか? 中身は?」
「四十七箱。岩石」
う、と木橋が顔をしかめる。
前回のアメリカの大量岩石試料搬送時であった。ひと箱二十キロというコンテナに腰を痛める四年生が続出。悲鳴の嵐であった。朋子に肉をおごってもらった手前、誰も文句はいわなかったものの、しばらく学生部屋は湿布薬のにおいが充満していた。
「ジンパのお肉、おごるから。たらふくだから」
「わかりました。メンツはエレベーターの前で待ちかまえます。逃げられないよう作業内容は伏せておきます」
お願いねっ、と木橋に両手を合わせる。人材確保のあいだに岩ポンから届いているはずのリストと荷物の中身の確認である。岩ポンのことだ。野生のカンで「そろそろ着くな」と察していまごろちゃっかりリストを送信しているだろう。教授に荷物の保管場所も頼まねば。
はあもう。首を振る。いつ届くのか、はっきりとわかってさえいればこんな苦労はないのに。世の中ではワンクリックで翌日荷物配送保障され、発送状況の確認もできる通販が普及しているのに。どういうことかな。
ひょいと首をのばして教授室をのぞき込む。
「教授、教授と。あれ、いない」
中庭に面した教授室。その照明は落とされカギがかかっていた。むう、と腕を組むと「どうしました?」と元気の声が聞こえた。
「教授なら出張ですよ。デンマークでシンポジウムだって。三泊四日だっていっていたじゃないですか」
ああそうだった、と額に手を当てる。しかたない。教授にはメールで許可を取って、地下の共同倉庫にまだ空きがあることを祈ろう。
「また試料ですか? 岩嶋先生の活動、すごいですねえ。このままだと道大が第二の岩嶋研みたいになりますね」
「縁起でもないこといわないで。しゃれにならないし、やってられないし」
「とかなんとかいって。朋子センセ、ちゃんと全部、届いた試料の処理をしているじゃないですか」
「ほうっておくわけにはいかないでしょ」
ふうん、と元気はいたずらっぽい顔つきをする。
「ひとつお聞きしたいことが」
「いま? 急ぎじゃなければあとにして欲しいんだけど」
朋子に構わず元気は続けた。
「岩嶋先生はゴヤ大に朋子センセのためのポジションを用意しなかったんですか?」
「何それ」
「よくある話でしょう? 出身学生のために助教とか准教授の職を作って、とりあえず公募のカタチにはするけど、公募での条件を満たすのはその学生しかいないってやつですよ」
「よくあっちゃ駄目な話でしょ。まあ、そうだよね。よくある話だけど。そもそもわたしは本当に学位取得できるかどうかわからなかったし。確定直後に岩ポンが勝手にここの推薦を出しちゃって」
「岩嶋先生ほどの力があれば、そういう職を作るのは簡単だと思ったんですが。それに朋子センセほど大量に論文を書いていれば通らないわけがないですよね。就活とかしていなかったんですか」
「今年は駄目だろうから来年に向けてやろうとは思ってた」
なるほど、と元気は低い声を出す。そこから天然ですか、とつぶやいている。なんだと、と反論しかけると元気は「元彼」と声を出した。ギョッとして身を堅くする。
「彼は岩嶋研の人間で?」
「だったら?」
「学位取得はできなかった。いまも岩嶋研だと」
「だから何」
元気は「岩嶋先生も大変ですね」と首を振る。
だからなんなのだ。大変なのはわたしのほうだし。元気さんにそんな心配されるいわれはないし。鼻息を荒くしようとすると、元気が笑顔を消していた。ほんのり苦しそうでくやしげな顔つきになる。
今度は何? そう身構えたところで元気が不意に菓子を差し出した。七花亭のビスケットサンドのチョコットマロンであった。
「どうぞ。その分だと昼メシ抜きですよね。倒れますよ」
そういって元気は朋子に背を向けた。
なんなの? 何がいいたいの?
問い詰めたいところであったが、木橋の「朋子センセ、人材確保完了です。どこに運びますかあ?」という大声を聞いて我に返る。
時間がない。
ひと箱、二箱と指示を出す。三箱、四箱と確認を勧め、「ん?」と手をとめた。
「あれ? これ試料じゃないなあ。やたらしっかり包んであるけど。何だろう」
まさか、と背筋が寒くなる。岩石試料以外の試料が混じっているとか? 別の化石試料ならまだしも、いやいや、さすがに液体試料はないと思うけど。思うけど?
涙目になりつつ包みを開く。
「あ」




