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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第2章 岩ポン、あなたという人は。いったい、わたしをなんだと(省略) 
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2-1 ペンギンたちがデスクで飛び跳ねていた(前編)

      2


 ペンギンたちがデスクで飛び跳ねていた。

 朋子が作業をしている学生部屋の一角にあるデスクである。準備運動をするようにぴょんと二、三度飛び跳ねる。ちらりと順番に朋子へ視線を向けて窓際へ移動である。リズミカルにタップを踏んで歩く姿はさながらダンスだ。


 丸い頭をふるふると揺らし、進むペンギンの後ろに二羽目のペンギンが続く。内側の白いフリッパーをちらちらと見せて朋子にアピールである。三羽目、四羽目もそれに続く。五羽目、六羽目と黄色いくちばしが愛らしく左右に触れて。朋子のデスクエリアでスキップだ。

 ペンギンたちは止まらない。本棚、岩石が山積みのコンテナ、朋子が作業しているパソコン本体の上にあっちやこっちや。リズミカルに飛び乗って、さらにタップを踏んで回転して、朋子へ自慢げな顔つきを向けていた。


 列をなして朋子の前に顔を突き出し、どうだ、とばかりに瞳をうごかす。うん。かわいいね。かわいいけどね。それに構う余裕は朋子にはない。

 どれほど頭上で飛び跳ねられても、するどい蹴りを背中にうけても、朋子はメールチェックに必死である。


「ぐわぁ。岩ポンの岩ポンで岩ポンがあっ」


 言葉にならない単語が喉の奥からしぼり出る。

 いいたいことは山ほどある。

 だがしかし。

 ここはそれをぐっとこらえて。


「優先順位だよね」


 呼吸を整える。


「何からやれば? より早く結果が出そうなやつ? うん、ないね。急ぎ具合っていえば全部急ぎだし。やらなくて問題なさそうなものは、えっと、わあ、ないよ」


 ああもう、と髪をかきむしり、よし、と顔をあげた。


「どうせ全部やるんだもん。やりたいことからだね」


 朋子はがしりとコンテナから岩石試料を手に取った。ううんと、これは薄片にして偏光顕微鏡の観察とSEM観察と定量定性測定とかマッピングもいるかな? それからえっと、試料採集地点は。

 メールのリストとコンテナの岩石試料を照らし合わせる。指先が止まる。眉がよる。


「どうしてひとつのコンテナの中にばらばらの採集地点の試料が入っているのかな?」


 もちろん本来は採集地点ごとにわけてあるのが一般的である。胸がザワザワする。二段目、三段目とコンテナを床へ広げて確認だ。ううむ、と低い声が出る。


「どうしてランダムに試料が入っているのかな? そりゃ順番どおりに入れていたら入りきらなくなって、それでしかたなく押し込むことはあるけど」


 首をかしげる。それどころではないランダムさであった。

 岩ポンの嫌がらせ?

 いや、と即座に思い直す。いざ研究となると岩ポンのガサツさはキレイに消え去る。普段の適当さが信じられないくらいに繊細になる。調査現場で少しでも地質図を雑に描こうものなら「手抜きすんな、ボケ」と罵声が飛ぶ。


 なら誰? 岩ポンに同行した学生? これってアメリカの試料で。いつもだったらわたしがいくけど道大にいたし。英会話がそこそこできて手伝いにいけるとすると? 誰が?


「あ」


 元彼の姿が目に浮かんだ。ひょろりとした身体つきの元彼。ひょいひょいと崖を苦もなくのぼっての地質調査が得意であった。岩ポンの役に立ちそうな人材といえば彼なのだが。


「うっわ。そっかあ。やられたあ」


 思わず頭を抱えてうずくまる。


 フットワークが軽い元彼。それは野外現場に限定で。整理整頓が大の苦手であった。受け取った相手の作業効率などおもんばかるどころか、思いつきもしない。つまり。

 このコンテナの中の乱雑さは、試料が朋子のところへ届くと知って故意にやらかしたとかなんとか、そういうこととは別問題だ。元彼はそんなケチな性格ではない。そもそも別れを切り出したのは元彼である。嫌がらせをするなら立場が逆だ。


「わたしだって、こんな嫌がらせはしないけど」


 眉が歪む。最終的に別れた理由は、生き方の不一致。

 性格ではなく、生き方である。

 そこまでいわれたら受け入れるしかない。恨みをいだきようもない。

 再度、つまり、である。これは単純に元彼の考えなしの行為で起きたに違いない。だってさ、と元彼ならいうであろう。

 岩ポンは試料をコンテナに入れろっていっただけだぜ? ぜんぶ入っているだろ? 何が問題なんだ? 

 ううむ、と朋子は低くうなる。


「いままで、試料をコンテナに入れるのも、そのあとの片づけも共同研究者への配送手続きも何もかも、全部わたしがやってきちゃったからなあ」


 こんなことなら一度くらいはあとの作業をやってもらえばよかったかな。でもそうしたら確実にやりなおしになって二度手間だし。元彼の機嫌もめちゃくちゃ悪くなっただろうし。

 うずくまったまま頭をかかえる。必死に自分を励ました。


「いまさらどう思ったところで試料は整理整頓されない。落ち込んでいる時間もない。少しでも何か、そう、できるとこからやらなくちゃ」


 がんばれ自分、できるぞ自分、と拳を握ったところで声がかかった。


「具合が悪いんですか?」


 木橋であった。

 細身のジーンズのポケットに両手を突っ込んで朋子のデスクエリアをのぞき込んでいた。

 木橋くん、と朋子は立ちあがる。


「バイトしない? わたしのRA(リサーチアシスタント)をやってほしいの。学会準備の手伝いとか岩石試料の並べ直しとか薄片作りとか化石のクリーニングとか、あれとかこれとかっ」


 詰めよる朋子を「落ち着いてください」と木橋は手で制した。


「それなら普通に手伝いますよ。化石のクリーニングってやってみたかったんです」

「駄目だよ。それはパワハラでアカハラだからね。わたしはずっとそうされてきたからねっ。よくないからねっ」


 親指を自分に向けて眼力を強める。その朋子に木橋は、あ、でも、とこれまた眼力を強めた。


「RAって大学院生しかできないんじゃ? ぼくは四年ですけど」

「大丈夫。調べておいた。新任教員ガイドブックによると規約改正があって、本年度から道大では学部生でもできるようになったの」


 だからね、と朋子はデスクエリア右端のパソコン前を片づけた。


「まずは学会の確認をお願いできるかな。エクセルにまとめて、ってエクセル使える? うん、よかった。それがおわったら──」


 待って待って、と木橋は朋子が片づけたパソコン前の椅子に座る。パソコンを起動させる木橋の脇で朋子は木橋がやることリストを印刷ミス用紙の裏側にさらさらと記入した。

 ひぃ、と木橋が顔をしかめる。

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