第8話 紅葉の天使たち
ガタコン、ガタコンと馬車が規則正しく音をたてる。
街道が整備されている証だろう。
大陸東部の温泉宿へと向かうべく、こうして長々と揺られているところだ。
手配した足が近距離交易用のものだから、サイズは控えめで、荷はなくとも窮屈な想いをさせられた。
いや、家族4人程度であれば悠々と寛げるんだが……。
「全く、唐突に遠出などと……。予定を調整する者の身にもなってみい!」
マリィが延々と憤慨している。
別に呼んでないのに。
「あーぁ。温泉ならもっと寒い時期に行けばいいのに。雪の降る季節とかさぁ」
「レイラさん、紅葉を眺めながらの温泉も乙なものですよぉ。枯れ葉の匂いも風流ですしぃ」
当然のようにレイラとシスティアも同乗している。
声すらかけなかったのに、どうやって察知したというのか。
ちなみにだが、システィアがここに居るので自動的にイリアも付いてくる。
最高に要らねぇセットだ。
監視なんか命じるんじゃ無かったと、今更ながらに後悔した。
「かか様、ごはんー」
ここでエネルギーが切れたのか、アメリアがねだる。
ダイチも思い出したようにお腹を擦り出した。
「お腹空いたんですか? じゃあちょっと早いけど、ゴハンにしましょうか」
「わぁいわぁい!」
「タクミ様もいかがです? 味噌辛トンボ」
「うん。少し貰おうかな」
アイリスが馬車の中央に布を敷き、そこに一山の焼きトンボを展開した。
朝早く起きて作ったらしいそれは、仄かな香ばしさを車内に漂わせた。
「あのさぁ。ごはんって、ミレイアで降りて食べに行くんじゃないの?」
「移動メシじゃと? 妾は聞いておらんぞ」
話半分で相乗りしてきた連中が、今になって騒ぎ出す。
まるで財布を見つけた泥棒のように、浅ましい視線を我が家のメシに送る。
やめろ、汚れる。
そもそも誘ってないんだから説明なんかするわけ無いだろ。
「あの、皆さんもどうですか。たくさんあるので、人数分ご用意できますが」
「真か? すまんのう、アイリスちゃん」
アイリスが意外な反応を見せた。
以前だったら「全部タクミ様と御子様のものです!」ぐらいの事は吠えそうだが、まさか分け与えるとは思いもしなかった。
もしかすると、予期せぬ子育てによって成長したのかもしれないな。
当の本人は言葉通りに追加のトンボを用意して、うちの分とは少し離して山を作った。
それから顔を赤らめ、声を控えめに絞り出す。
「来客をもてなすのは当然の事です。何せ私はタクミ様の……つ、つつ妻ですから!」
あぁ、これは違うな。
今のは気遣いじゃなくて、示威行為というか、一部で『マウンティング』と言われる行動だった。
どうやら他の女たちと格の違いを見せつけたいらしい。
流石に今のは阿呆でも気付いたらしく、車内の空気が若干冷える。
そんな無意味な空中戦が勃発するなか、真っ先に行動したのは、殿堂入りの阿呆だった。
「あら、そう。じゃあここは側室一番の私から貰おうかな」
レイラが右手を伸ばす。
すると、隣の腕がそれを掴んで遮った。
「うふふ。レイラさん、今のは流石に聞き逃せませんよぉ?」
システィアだ。
2人は視線を合わせるとニコリと微笑み、周囲の温度を更に押し下げる。
「ねぇシスティア。私お腹すいたなー、その手を離して欲しいかなー」
「そうですよね食べたいですよねぇ。私の後で良ければ存分にどうぞ?」
「システィア。あたしたち、友達よね?」
「ええ。もちろんですよぉ」
どちらも半歩すら譲らず、醜い争いを続けている。
そして双方とも、ガラ空きとなったもう一方の手を伸ばすが……。
それは阿呆かつド変態な女によって阻まれる。
「……イリアさん。それは何の真似かな?」
「レイラ様、システィア様。そこまででございます」
「イリアさーん。痛いですよ、離してもらえませんかぁ?」
「申し訳ありませんが、お断り申し上げます」
メシを目前にして、それぞれが手首を掴んで輪を作り、ただひたすら睨みあっている。
それは何の儀式だよ。
異世界人でも召喚する気なのか。
最後に残ったマリィは隙間からシレッと手を伸ばし、ひとつ、またひとつとトンボを食い荒らしていく。
阿呆3人は徐々に縮こまる山に気づきもせず、延々と頭の取り合いに勤しんだ。
それはさておき、馬車の進み具合は順調だ。
いつの間にかミレイアを過ぎ、街から離れた平原地帯へとやってきた。
四方を囲む山々は紅葉に色づき、無感動なオレでさえ感心する程の美しさだった。
だから、感受性の強い子供たちにはテーマパーク級の衝撃を受けたようだ。
「パパァ! ここで遊びたい!」
「とと様! アメリアはここであそぶ!」
「おう。じゃあ馬車を止めるか」
本当は大森林手前で野宿しようと考えていたが、予定変更だ。
うちの子たちは遊び始めたら長い。
だからミレイアで一泊してから、温泉宿へ向かうのが良さそうだ。
「にい様ー、はやくあそぷのー!」
「こらっ! 待ってよアメリア!」
2人は減速中の馬車から勢いよく飛び出し、足の低い草原へと駆けていった。
付近は清掃まではされておらず、風で流されてきたモミジやら枯れ草などが目立つ。
中々に侘びた景色が味わい深い。
そんなものも、子供からすれば遊び道具のひとつでしか無いらしく、枯れ葉をかき集めては天に向かって舞い上げたりしている。
それが楽しくて堪らず、ケタケタと幼い声が響き渡った。
「子供って、良いわよねぇ。無邪気でさぁ」
レイラが停車した馬車の中から外を見やり、しみじみと言う。
コイツは割と子供好きらしく、教師としての評判は悪くない。
10才も年下の男子児童から求愛される事もあるらしい。
あまり考えずに決めた人事だが、思いの外上手く機能しているようだった。
「レイラ。学校でのダイチはどうなんだ?」
「うーん。タクミの子供っていう自覚があるのかな。遊び友達の間では、いっつもリーダー役になってる。面倒見が良いのかしら」
「そうか。オレに似ず良かった」
「言いたい事は分かるけど、その言葉は父親としてどうなの?」
会話の間も遊びは白熱して、激しめのかくれんぼ兼追いかけっことなっている。
逃げては隠れる。
或いは見つけるなり追いかける、という事を飽きもせずに繰り返した。
そして大岩の辺りでジャレ合い続けると、流れが変わった。
「にい様、なげっこしよう!」
「うんいいよー!」
目視で見積もって数百キロはありそうな巨岩を、アメリアは軽々と持ち上げた。
それを頭上に掲げ、両手でダイチに投げつける。
どう見ても絶対絶命の光景だ。
だがダイチは小さな拳を突き出すだけで、迫り来る攻撃を粉砕してしまった。
「キャハハ! にい様つよーい!」
「今度は僕の番だ!」
「アハハ! きてきてー!」
「いくぞぉ! 当たったら絶対に死んじゃうやつ!」
ダイチはそう叫ぶと、体内の膨大な魔力から炎の槍を形成させ、右手に宿した。
子供ながら恐ろしい技だと思う。
システィアが食らったとしたら、跡形もなく蒸発する事だろう。
「ちょ、ちょっとタクミ! はやく止めないと!」
「大丈夫だって。心配ならお前が止めてこいよ、先生だろ?」
「ムリムリ! あんなのアタシでも即死しちゃう!」
レイラの不安をよそに魔法は発動。
炎の槍がキリモミ回転しながら空を走る。
迎え撃つアメリアは大きく息を吸い込み、胸の中で空気を溜めた。
それから吐き出されたのは、炎の息だった。
ドラゴンブレスというヤツだろうか。
槍と息は互いの中間で衝突し、押し合いの後に弾けて消えた。
「アメリアも強いなー、負けないからなー!」
それからは再び追いかけっこが始まる。
焦げ臭くなったモミジの上で踊る天使たち。
なんと可愛らしいのだろう。
「いやぁ。子供ってのは無邪気だよな。そこがまた愛くるしい」
「ねぇタクミ。ちゃんと教育してね? アタシの命がかかってるからね?」
「あいよ。考えとく」
「ところでさ、目の錯覚かもしれないんだけど……」
レイラはそこで言葉を一旦切ると、馬車から身を乗り出した。
目は近視にでもなったかのように細めている。
そして独りで先に頷くと、話を続けた。
「アメリアちゃん、また大きくなってない?」




