第37回 運命の渦 それぞれの想い
「そうか……」
腕を組みそう呟くフォン。以外に落ち着いた様子のフォンに、ミーファは不思議そうな表情を見せる。実際、もっと焦るかと思っていた。だから、以外な反応に、ミーファは呆気にとられていた。
そんなミーファに対し、フォンは欠伸をし眠そうな表情を浮かべる。包帯を巻かれた右腕は、まだうまく動かせないのか、左手で頭を掻く。フォンの傷と、言うより火傷は酷い物だった。皮膚が大分焼け、黒くなっていた。それでも、何とか治療を施しのだ。と、言っても治療したのは、ルナで医者にはどうしようもなかった。
「それで、どうするの? これから」
「とりあえず、少しゆっくりしよう。ルナだって、ここの所休んでないんだろ? ゆっくり休んでやる事考えようよ」
「あんたはのん気ね……。それより、その火傷……」
その言葉にフォンは右腕を僅かに持ち上げ笑いながら言う。
「カインを助けようとしたら、炎に包まれてさ……。右手は火傷しちゃうし、カインは連れてかれるし……。本当、何やってんだか……」
悲しげな表情を浮かべる。そんなフォンを見つめるミーファは表情を暗くする。すでに全てを知っていたから。その右手の火傷の事も、カインの事も、全て――。だが、その事を問う気はない。フォンが、今どんな気持ちなのか知っていた。そして、フォンを信じていた。いつか、自分から本当の事を言ってくれると。だから、暫くはフォンのその嘘に付き合う事にした。
その後、フォンとミーファは色々と話した。ティルが何処に行ったのかとか、ここに来るまで起きた事など、いろんな話をした。その間だけは、笑顔が絶えなかった。
暗がりの部屋の中、一人の立ち尽くフレイスト。開かれた窓から流れ込む風は、フレイストのオレンジブラウンの美しい髪を優しく撫でてゆく。毛先まで美しく流れる様に靡く髪は、風が収まると同時に動きを止める。
グリーンの瞳は暗闇に浮かぶ町を見下ろす。光など見えない。どの家もすでに寝静まっているのだろう。そんな町を見下ろしため息を吐くフレイストは、この町、この国の大きさを改めて感じる。そして、父が死に初めて気付く。大勢の人を守ると言う重圧を。
体の震えが止まらない。見えない重圧がフレイストを押しつぶし、恐怖だけが胸に刻まれる。いつかは、王座を継ぐのだと分かっていた事だが、まさか、こんなにも早く継ぐ事になるとは、思ってなかった。
震えを押し殺そうとするフレイストは、部屋の扉が開く音に素早く振り返る。何事も無かったかの様な表情をしながら。
「誰ですか? 今は、一人にしてほしいと――!」
驚きのあまり言葉を呑み込んでしまった。そこに立っていたのは、ルナだった。少し疲れた様な表情だが、真剣な面持ちで口を開く。
「あなたは、一人じゃない。だから、一人で何もかもを抱え込まないで」
「わ、私は、何も……」
「体、震えてる」
ルナに言われて始めて気づく。震えを押し殺しているつもりだったが、その身の震えは全く止まってなかった。扉の前に立っていたルナは、静かにフレイストに歩み寄り言葉を続ける。
「人は一人じゃ生きていけない。誰もが皆支えあっている。あなたの父上も、皆に支えられていた。だから、あなた一人が責任を感じないで」
「ですが、この街は……いえ。この国を守る事が出来るのは、私しか……」
「いえ。あなただけじゃない。この国を守るのは、この国の人々。あなたを含め、この国に住む皆が、この国を守る事が出来ます。だから、一人で背負わないで」
悲しそうな瞳でそう言うルナに、フレイストは俯く拳を震わせる。分かっている。そんな事はフレイストも。だが、それでもフレイストは――。
「あなたが、やる事は、この国の民を導く事。そして、この国に正しい道を歩ませる事。決して、国を守る事ではありません」
「なっ、何を! この国を守る事は、私の――」
「違います。先程も言いましたが、国を守るのは、この国の人々。あなたは、その人々を導くだけです。まぁ、あなたがどう思おうと、私には関係ありませんが、一応伝える事は伝えました。それでは、失礼します」
丁寧にお辞儀をして、ルナは部屋を後にする。一人残されたフレイストは、ルナの言った言葉の意味を考える。その内、震えは自然と無くなり、いつしか眠りに就いていた。
薬品の臭いが漂う真っ暗な部屋。様々な機械が、電源の入っていないまま置かれ、大きな水槽の様なものの中に真っ赤な液体が注がれていた。ドロドロとした液体の中には、小柄な少年の体が浮いている。口にはボンベが着けられ、少年の傷だらけの体からブクブクと泡が溢れる。
そんな部屋の扉が軋みながら開かれた。外の明かりが部屋の中に差込、二つの影が部屋に入ってくる。一人は白衣姿の男、ロイバーン。もう一人はボロボロの衣服に身を包んだゼロだった。右頬や体の至る所に傷が残るゼロは、水槽の赤い液体に入った人物を見て楽しげな笑みをお浮かべる。
「大分、傷は癒えたみたいだね。彼は十分な戦力になるよ。ただ、彼が俺の下に着くかな?」
「フハハハハッ。大丈夫ですよ。彼はあなたに勝てないと分かったんです。力でねじ伏せれば」
「そういう奴は、いずれ裏切る。いずれ、この中からも……」
水槽に入った真っ赤な液体を見据えたまま呟く。そんなゼロの背中を見据え、不適な笑みを浮かべるロイバーンは、ずれ落ちた眼鏡を右手で掛け直す。水槽にそのロイバーンの姿が微かに反射し、ゼロにもその姿は見えていた。だが、それを全く気付いていないかの様に装い、笑みを浮かべて振り返る。
「彼は、後どれくらいで完治する? 俺としては、早い内にゆっくりと話がしたいんだが?」
「そうですねぇ。じきに目覚めると思うね。私が見てますから、ゼロも自分の傷を癒した方がいいのでは?」
「ああ。そうするよ。それじゃあ、彼が目を覚ましたら呼んでくれ」
「分かってますよ。それでは、ゆっくりとオヤスミください」
ロイバーンは軽く会釈する。ゼロは速やかにロイバーンに背を向け、部屋を後にする。ゼロが部屋を出て行ったのを確認したロイバーンは、不適に笑みを浮かべ、クシャクシャの白髪頭を掻き毟り大笑いする。その笑い声は部屋の外まで聞こえ、その部屋の扉の向こうにいたゼロとヴォルガの二人の耳にも聞こえていた。壁に凭れ腕組みをするヴォルガは、鋭く力の篭った視線をゼロに送り口を開く。
「奴も、いずれ裏切るかもしれんぞ。どうするつもりだ?」
「心配要らない。時期に全てを左右する大きな戦いが始まる。そうなれば、自ずと運命の渦へと巻き込まれてゆく」
「巻き込まれてゆくか……。それは、俺達を含め他の種族の連中もと、言う事か?」
「あぁ。奴は必ずそうする。そうしなければならないからな」
「全ては、奴の手の中と言う訳か」
腕組みをしたまま、ため息を吐き目を閉じるヴォルガに、「それも、後僅かさ」と、ゼロが呟いた。その言葉にヴォルガは口元に笑みを浮かべ、「そろそろか」と、呟き背負った槍の柄を握った。それに対し、ゼロは小さく頷き鋭い目でヴォルガを見据える。その目は遥か未来を見据えている様だった。