第36回 悲観
炎は消え、黒煙が漂う。
全てが終わった。レイストビルの東西南北にある守備砦前で行われた激闘が。
町自体は何の被害も無かったものの、この鉄壁を誇るレイストビルの守備砦が崩壊したのは、民達の脳裏に不安を過らせた。
多くの兵士が血を流し、その親族は悲しみに涙を流す。その悲しみから、活気の溢れていたレイストビルは悲観する。そして、国王の死は、この国全土を悲しみに包み込ませた。英雄と呼ばれた男の死は、すぐに他の国にも知れ渡った。
グラスター城の屋上では、カーブンの亡骸の横でフレイストが泣き崩れた。偉大な父の死は、フレイストにとって耐えられぬものだった。そのフレイストを見据えるワノールは、俯き奥歯を噛み締める。
ウィンス、ノーリンはグラスター城の医務室に運ばれた。二人とも傷が酷く危険な状態だった。特にウィンスは体中深い切れ込みが入り、そこから大量の血が流れ出る。止め処なく溢れる様に。ルナはそんなウィンスの治療に全力を注ぐ。
この戦いから数日。燃え盛る炎がようやく消え、その中から煤だらけになったフォンが発見された。僅かに息はあり、右腕が酷い火傷をおってある以外は特に目立った外傷はない。その為、軽い手当てをした後医務室に運ばれた。
「フォンの奴、ここに来てたのか」
医務室の前で壁に凭れ腕組みをするワノールは、その隣に座り込むミーファの方に目をやる。手を組み祈る様にするミーファには、そんなワノールの声は聞こえていなかった様だ。その為、ワノールは何も言わずその場を立ち去った。自分がここにいても何も出来ないとわかっていたから。
それから、また幾日が過ぎ――。
静まり返った夜明け前のレイストビルに一人の男の影があった。まだ、どの店も開いてなく、街灯はまだ灯っていた。そんな街中を歩く男は、真っ黒な衣服に身を包み、右肩には荷物を担いでいる。長い黒髪が冷たい朝の風に揺られ、男の顔が徐々に露になってゆく。顔には酷い傷痕があり、右目には眼帯。深刻そうな表情の彼は、不意に足を止める。
「どこに行くつもりですか」
オレンジブラウンの髪を揺らし、男の前に仁王立ちする青年。男よりも幾分若く見える青年は、グリーンの瞳で男を真っ直ぐに見据える。力強い目付きの青年に対し、男は落ち着いた口調で喋りだす。
「フレイストか……。国王の事は、すまないと思っている」
「ワノール殿。私はそんな事を聞いているんじゃない。それに、父が死んだのはあなたのせいじゃない。全て、私が不甲斐無かったから……」
フレイストは俯き歯を食い縛る。何も出来なかった自分が情けなかった。目を伏せるフレイストに、ワノールは悲しげな瞳を見せる。国王を守れなかった責任を感じていた。奴に傷一つ付ける事も出来ず、その上国王まで――。その事がワノールの頭の中から離れなかった。
静寂が辺りを包み、冷たい風が二人の間を吹きぬけた。それから暫くし、沈黙をワノールが破った。
「とりあえず、伝えたい事は伝えた。そこをどいてくれ」
「あなたが行く事を他の方は知っているのですか?」
「言う必要もないだろう。俺の役目は終わった。元々、カインに言われてここまで付き合ったんだ。これ以上俺が関わる必要もないだろ」
「ですが、今の彼らにはあなたが必要です」
力強いフレイストの言葉に、ワノールは軽く含み笑いを浮かべて答える。
「何を言う。剣をも失った俺など、居ても居なくても一緒だ」
「ならば、この剣をあなたに」
フレイストは右手に持った鞘に収まったままの剣を差し出す。だが、ワノールは目を伏せ首を振り答えた。
「悪いが、それは受け取れん」
「なぜですか!」
「俺の相棒は黒苑だけだ。あいつ以外は――」
「しかし、あなたは、私の父を守る為に装飾品の剣をも振るったじゃないですか!」
その言葉でワノールの脳裏に、リオルドとの戦いが蘇る。何度も剣を二つに裂かれ、全く手も足も出なかった事が。それに、大切な人から預かった黒苑を――。唇を噛み締め悔しさを噛み締めるワノールは、ゆっくり足を進め静かにフレイストの横を通り過ぎる。そんなワノールを幾度となく呼び止めたが、その言葉にワノールは耳を傾けず真っ直ぐに歩き続けた。
目を覚ましたのは、あれから何日かしてだった。眩く明るい光を瞼の裏に感じ、ゆっくりと開く。優しい温もりを右手に感じ、静かに暗闇から光の中へと――。
「こ……ここは?」
朦朧とする意識の中、そんな言葉を口にするフォン。まだぼんやりとしか見えない視界には、誰かの顔がぼやけて映る。そんなフォンの耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。その声にフォンは言葉を呟いた。だが、それは唇が動いているだけで、声は全く出ていない。そんなフォンの耳に更に声が聞こえる。
「フォン? 聞こえる? フォン」
「……」
フォンはその声に対して、返事を返しているつもりだった。そして、次第にハッキリし始めた視界には空色の髪を揺らすミーファの姿が映る。少し心配そうな表情をしているミーファに、フォンは笑みを浮かべた。その笑みにミーファの表情が明るくなり、フォンに抱きつく。その瞬間、体に激痛が走った。
「ふぎゃあああああっ!」
そのフォンの悲鳴は城内に響き、こだました。
「ご、ごめん」
フォンから手を放し離れるミーファは、心配そうな表情でフォンを見つめる。ビクビクと痙攣するフォンは、唇を引き攣らせていた。見た感じ、外傷の見られないフォンの体。だが、その体はすでにボロボロで、触られるだけでも激痛が走るのだ。それほどまで、体を酷使する戦いが続いているのだ。
「いっち〜っ。久しぶりの再会なのに、なんて手荒い歓迎なんでしょ……」
「手荒いって……。ちょっと、抱き付いただけじゃない……」
後半は声が小さく誰にも聞き取れなかった。もちろん、フォンにも。その為、フォンはため息交じりで言葉を続けた。
「はぁ〜っ。ミーファにそんな事言ってもしょうがないか……」
「あんたね! 人が心配してやってるのに!」
右拳を震わせるミーファに、フォンは背筋が凍る様な殺気を感じる。苦笑するフォンは「ま、まぁまぁ。落ち着けミーファ」と、口にした。だが、怒りのオーラを放出するミーファはもう止まらない。そして、その後フォンの悲鳴が城内に響いたのは言うまでもないだろう。




