第35回 炎の中の悲しき戦い
燃え上がる炎は、全てを焼き払う。
城壁も、砦も、草も、木も。炎は風に煽られ、右へ左へと揺れる。黒煙が上がり、人の焼ける臭いが、異臭を放ち辺りを包み込む。
その炎の中心にカインの姿があった。しかし、それはカインであってカインではない存在。淀んだ蒼の刃。深紅に染まった髪は、燃える炎よりも赤かった。
「フハハハハッ! 燃え盛れ!」
炎の真ん中でそう叫んだ。そんな炎の中に、一人の少年の声が響いた。
「やめろ!」
「んっ?」
高笑いをしていたカインはその声に振り返る。そこには、黒のコートに身を包んだフォンの姿があった。茶色の髪は炎と同じ様に揺れ、黄色の瞳には燃え盛る炎が映る。フォンとカインの二人の間には、炎があり互いの顔は良く見えない。だが、カインには分かっていた。そこに居るのがフォンであると。
「フッ……。誰かと思えば……。今頃になって登場か。……フォン」
「誰だ! 何で、オイラの名前を知ってるんだ!」
「誰だだって? かつての仲間に対して随分な口調だな」
その時、二人の間に燃え盛る炎が揺れ、合間から互いの顔が見える。フォンは目の前に居るカインの姿に自分の目を疑う。あれが、本当にカインなのかと。不適に笑みを浮かべるカインは、淀んだ青空天の切っ先をフォンの方へと向ける。戸惑いがフォンの胸の内に生まれ、頭の中はパニックになり、どうしたら良いのか、分からなくなった。
「な、何で、カインが!」
「そんなに驚くな。これが、俺の本当の姿だ」
「ふざけるな! カインは……カインは、こんな事しねぇ!」
「フッ……。貴様に、本当のカインなんてわかるのか? 出会って間もないお前に」
不適な笑みを浮かべる。奥歯をかみ締めるフォンは、右拳を震わせカインを睨む。二人の壁となる炎の壁は、風に揺られ火の粉を舞い上げる。そして、炎は二人の視界を遮り、完全に二人の姿を隠す。右手で顔を庇う様にするフォンは、眉間にシワを寄せ目を細めた。
その時、炎の壁を淀んだ青い刃が貫き、フォンの心臓目掛けて向ってゆく。いきなりの攻撃に、驚いたフォンだったが、咄嗟に体を右に捻り刃をかわす。切っ先は僅かにフォンの胸を掠める。服が裂け、胸の位置に真っ赤な線が走る。「クッ!」と、小さな声を上げたフォンは、表情を引き攣らせ、右足を一歩引く。直後、炎の中からカインが飛び出し、フォンの顔に右膝を直撃させた。
「――っ!」
後方へと吹き飛ばされたフォンは、地面を転げ瞬時に体勢を立て直す。だが、すでに勝負はついていた。顔を上げたフォンの顎下に切っ先を向けて佇むカイン。その口元には、笑みが浮かんでいた。
「終わりだな。所詮、貴様は俺の足元にも及ばん」
その言葉に対し、フォンは鋭い眼差しをカインの方に真っ直ぐ向けたままだった。その目には迷いはもう無い。その目に、カインは何か自信の様なモノを感じ、問う。
「貴様、何を期待している。また、仲間が助けに来てくれるとでも思っているのか? それとも、何か策でもあるのか? まぁ、お前の頭で考えられる策など、あるはずも無い」
「策なんてない。仲間が助けに来てくれるなんて思ってもない。でも、オイラは信じてる。カインが、お前みたいにならないって」
「フッ……。戯言を」
馬鹿にする様に首を横に振った。その刹那、フォンは右手で青空天を払いのける。「チッ」と、小さく舌打ちをしたカインは、飛び退き青空天を構えなおす。フォンもすぐさま立ち上がり、拳を握り体勢を整えた。互いに距離ととった二人は、睨み合ったまま動かない。
「それが、お前の答えか? フォン」
「答えも何も、オイラはお前がカインとは思ってない。だから、全力で戦う」
「そうか。だが、お前が全力を出そうとも、俺の足元にも及ばんと言う事を教えてやろう」
右手に持った青空天で、左手を切りつける。血が青空天の刃に流れ出す。
「この世界では、龍臨族が最強といわれている。だが、それは違う。本当に最強なのは、炎血族だ。それを、お前に見せてやろう」
「どの種族が、最強かなんて、オイラは興味ない。ただ、カインを返してもらうだけだ」
力強くそう述べ地を蹴った。そのフォンの姿を見据えるカインは青空天に向ってブツクサと呪文の様なモノを唱える。すると、青空天の刃が真っ赤に染まり、白煙を舞い上がらせた。高度の熱を帯び、真っ赤に染まる刃をカインは振り抜く。
その振り抜かれた刃を、フォンはジャンプでかわし、「オイラを甘く見るな!」と叫び、カインに殴りかかる。だが、「フッ」と不適な笑みを浮かべるカインは向ってくるフォンの右拳を左手で受け止めた。
「掛かったな!」
笑みを浮かべるフォンは、空中で体を捻りそのまま左足を振り抜こうとした。しかし、それよりも先に右拳に、とてつもない熱を感じ呻き声をあげる。
「ぐああああああっ!」
フォンの右拳を包むカインの左手の間から煙が上がり、何かが焼ける様な音が微かに聞こえた。フォンの体は地に落ち、その激痛にのたうち回る。右拳を襲う熱はジワジワと熱くなり、カインの左手は完全に炎を纏う。
「ふふふふ……フハハハハッ! 良いか。これが、炎血族の力。獣人には超えられぬ力の差だ!」
「ぐうっ……ああああああっ! うがああああっ!」
苦痛に表情を歪めるフォン。何とかこの状況を逃れようと頭を働かせるが、右拳の痛みに考えはまとまらない。フォンの右腕は徐々に黒焦げ始め、皮膚がただれ始める。
「ぐうううっ! がああああっ!」
「もがけ! 弱者! そして、その腕に刻め! 自分の無力さを!」
「ぐうっ! ちょ……うしに……のるな……よ!」
歯を食い縛り、苦痛に表情を歪めながらも立ち上がる。しかし、カインは大声で笑うと、更に左手に力を加える。ミシミシと軋むフォンの右拳は、いつ砕かれてもおかしくない。それでも、フォンは倒れる事無くカインをジッと睨む。
「うっ……。こ、これ位……で、倒れるか!」
「――!」
カインの首の右側面にフォンの左のハイキックが決まる。完全に油断していたカインは、一瞬意識が吹き飛び、フォンの右拳を掴む力が緩む。フォンはすぐに左手で右腕を掴むと、その場を飛び退く。そして、すぐに左膝を地に着き、息を整える。
その場に崩れ落ちるカインは、ギリギリの所で両手を地に着く。奥歯を噛み締めるカインは、怒りに表情を変える。
「弱者が、ふざけたマネを!」
左拳を震わせ、怖い顔を見せるカインは立ち上がりフォンを睨む。右手が動かないフォンは、苦痛で立つ事が出来ず、顔を顰めながらカインを見据える。すると、周りの炎がカインの体へと集まりはじめた。全身を炎が包み込み、鋭い眼光がフォンを睨む。
殺気がフォンの体を縛りつけ、全く体の自由が利かない。カインは一歩一歩とフォンに歩み寄る。「やばいな」と、呟くフォンは微かに苦笑した。青空天を振り上げたカインは、フォンを見下し「死ね」と、言うと同時に刃を振り下ろす。
だが、その刃はフォンには届かなかった。
「……貴様。俺の邪魔をするか」
カインの目の前には黒髪を揺らすゼロの姿があった。カインの振り下ろした青空天は、ゼロの横に立つリオルドの大剣によって防がれている。柄を握る手を震わせるカインは、静かにリオルドの方に目を向ける。
「そこらで、やめてもらおうか」
「何を言う。貴様らが誰か知らんが、俺の邪魔をすると、死ぬぞ」
「貴様如きが、ゼロを傷付けられると思うな。ガキが」
低い声のリオルドがカインを睨む。睨み合う二人の背後には、ガゼルにディクシー、クローゼルにレイバーストの四人が居た。いつ着たのか分からないが、四人ともすでに戦闘態勢に入っている。
「フッ。六人居なきゃ、何もできんか?」
「六人? 違う。八人だ」
「――!」
雄雄しい声がフォンの背後でする。そこには、槍を二本背負ったヴォルガと、引き裂かれた黒いマントを巻いたジャガラの姿があった。二人もすでに戦闘態勢で、いつでもカインを攻撃できる状態だった。
「八人……。まぁ、悪くない相手だ」
「……面白いね。本気でここに居る全員を相手にする気か? まぁ、それも良いが、お前は俺一人にすら勝てん」
「ふふふ……。やってみるか?」
「いいだろう」
ゼロが清々しい笑顔を見せ、リオルドに剣を退かせた。「チッ」と、小さく舌打ちをしたリオルドは剣を背負い数歩下がる。それと同時に、カインが青空天を振り抜いた。