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第5話 参加費用2万フロー

 大通りは、もう別の場所のようだった。


 革鎧姿の開拓者たちの姿も散見され、店という店の前に人だかりが出来始めている。さっきまでの長閑な賑わいは消え、通りには浮ついた熱と、ひりつくような焦りが混ざり始めていた。


 その流れから半歩外れた建物の陰で、サラが口を開いた。


「それで、シキ。これからどうするの?」


「決めてる。――外を見に行きたい」


 即答だった。


「外って……街の外?」


「おう。城壁の外がどうなってんのか、この目で見ておきたい」


 サラの表情がわずかに揺れた。


 勝ち気な目が一瞬だけ伏せられ、組んだ腕の指先が二の腕をきゅっと掴む。


 無理もない、とシキは思う。外にはあの異形どもがいるかもしれないのだ。だがここで別行動を取るのも心細い。だから深く考える前に口が動いた。


「サラも一緒に行くか?」


「……え?」


「いや、別に門の外まで突っ込もうってわけじゃねえよ。まずは門まで行って、外がどんな感じか覗くだけだ。一人より二人の方が見落としも減るだろ」


 一瞬――ほんの一瞬だけ、サラの顔に、ほっとしたような色が浮かんだ。


 だがそれは瞬きの間に消えていつもの澄ました顔が戻ってくる。


「……ええ、行くわ。あなた一人で行かせたら、何かやらかしそうだし」


「ひどい言われようだ」


「もしあなたが冷静に行動できるタイプなら、同行者としてとっても頼もしいのだけど?」


 してやったり、少し挑発気味の表情を見せるサラ。

 

 そんなサラに、シキは苦笑いで答える。


「善処するよ」


 言い合いながら二人は歩き出した。


 進む先は人の流れと逆方向。開拓者の大半は広場を挟んだ反対側――サーティスの声がした方角へ雪崩れ込んだままだ。おかげでこちら側の通りは、開拓者の姿がまだまばらだった。


「あら。……ねえ、あれ」


 少し歩いた先、通りが大きな環状の道とぶつかる辻で、サラが足を止めた。辻の角に人の背丈ほどの石板が設置してある。


 表面に細かな線が刻まれている。近寄って覗き込んだシキは思わず声を上げた。


「お、地図じゃん」


 石板に刻まれていたのは、この街の全景図だった。


 外周は、ほぼ正方形。四辺をぐるりと城壁が囲み、東西南北の中央にそれぞれ門が開いている。各門からは幅広の大路がまっすぐ内側へ伸び、街の中心部を取り巻く環状の大路に接続していた。


 環状路の内側には弧を描くように区画された建物群。そのさらに内側が――あの円形の広場だ。広場からは四本の道が、北東・南東・南西・北西へと斜めに伸びて、環状路に結ばれている。


 そして四本の大路と城壁に切り分けられた四隅には、碁盤目状の市街区がぎっしりと詰まっている。


「中心に広場。それを囲む環状路。十字の大路で、街全体を四つに割ってる。……ど真ん中にコンパスで円を描いた、でっかい正方形って感じか」


「綺麗すぎるくらい、計画的な造りね」


 サラは、石板の上部に刻まれた飾り文字を、指先でなぞった。


「――央都ランティス。『永遠の円環に護られし都』ですって」


「円環って、この丸い道のことか?」


「でしょうね。……ほら、道に名前が振ってあるわ」


 言われて目を凝らすと、確かに、それぞれの道に沿って小さな文字が刻まれていた。


 門へ続く四本の大路は、そのまま「北大路」「東大路」「南大路」「西大路」。


 環状路は「月環通り」。


 そして広場から斜めに伸びる四本の道には、北東から時計回りに――「暁の道」「陽の道」「黄昏の道」「星の道」。


「暁、陽、黄昏、星……。太陽が巡る順、か。月環通りと合わせて、空の一日ってわけだ。――おしゃれなことするじゃん」


「覚えやすくて助かるわ。私たちが広場から歩いてきたのは……この、黄昏の道ね」


 サラが石板の一点を指した。


 環状路の南西あたり――黄昏の道が月環通りに突き当たる辻に、小さな赤い石が埋め込まれ、淡く光っている。


「これ……現在地、かしら」


「観光地の地図かよ。親切で助かるぜ」


 現在地は、黄昏の道と月環通りの交わる辻。広場を出て知らないうちに南西へ流れていたらしい。


「ここが現在地で、広場からこのくらい歩いて……ってことは」


 シキは地図と、歩いてきた距離を頭の中で重ねた。


「この街を端から端まで歩いたら、一時間……いや、もっとかかるな。デカいぞ、これ」


「十万人を入れる前提の街、ですものね」


 サラが城壁の線を指でなぞる。


「外周がほぼ正方形で、出入口は四つの大門だけ。……守りやすそうな街ね。壁の外がモンスターだらけなら、当然の造りかしら」


「籠城前提のデザインってわけか。……ゲームの攻略本なら、最初に載ってるページだな」


 シキは石板の全体をもう一度眺めて頭に焼き付けた。中央に広場、それを囲む月環通り、門へ伸びる十字の大路、四隅の市街区、四方の門。単純明快な構造なのはありがたい。迷子になる心配はなさそうだった。


 それから地図の上で、北側をとんとんと叩いた。


「サーティスの声は、たぶんこっち側からだった。みんなが押し寄せてったのも北。――なら、俺たちは南だ。南門に行こうぜ」


「待って。その前に案内所というのがあったでしょう。先にそっちで話を聞くべきじゃない? 仕事のことも、外のことも。……いきなり外は危険よ」


 もっともな意見だった。


 だが、シキは首を振った。


「案内所はその後でいい。先に外を見てくるべきだ」


「どうして?」


「例えばさ、案内所で『外のどこそこへ行け』とか『こういう素材を採ってこい』って依頼を見つけたとするだろ。それを受けるか受けないかは、結局、外がどうなってるか次第じゃねえか。外を知らないまま依頼だけ眺めても、危ないかどうかの判断すらできねえよ」


「…………」


 サラが黙った。


 視線が一度、北の方角へ流れる。人の多い場所へ行けば情報も集まるだろう。だが――今の北側は五万人分の混乱と焦りが煮詰まっている真っ最中だ。人が多い場所はトラブルも多い。


 やがてサラは小さく息を吐いた。


「……一理あるわ。いいえ、二理くらいはあるかしら。南門へ行きましょう」


「よし、決まりだな」


   ◇


 月環通りを南へ回り込み、南大路へ入る。


 道幅は広場前の通りと同じくらいあるのに人通りは目に見えて少ない。住民がちらほらと行き交うだけで、革鎧姿はほとんど見当たらなかった。


 歩きながら、シキはふと思い出して訊いた。


「そういえばさ。サラって、契約武器はなんだった? 俺は剣だったぜ。反りのない、片刃の長剣」


「一緒に行くなら必要な共有ね。――薙刀よ」


「おー、なんかそれっぽいな」


「それっぽいって何よ」


「いや、似合いそうだなって。……ん? てか『それっぽい』ってことはあれか、使えるのか?」


「……まぁ、覚えのある武器よ」


 サラの答えはどこか歯切れが悪かった。


「へえ。護身術とか? サラってなんか、どっかのお嬢様っぽいよな。――あ、これは詮索じゃないからな?」


「わかってるわ。答えは想像に任せる、よ」


 涼しい顔でそう躱されて、シキは肩をすくめた。


 偽名で呼び合う仲だ。互いの素性は互いの胸の内。それでいい。


 ――と。


「だからしつけーよ! お前らとは組まねぇって言ってんだろ!」


 怒声が前方から飛んできた。


 大路の脇、建物の壁際で数人の男が向かい合っていた。


 声を張り上げたのは緑の髪の男のようだ。


 身長は百九十センチ近いだろうか。革鎧の上からでも分かるほど胸板が厚く、肩幅も広い。明らかに運動神経の良さも感じさせる男だった。


 それと対峙しているのは、中背痩身の男。その後ろに似たような革鎧の男が二人、影のように控えている。


 痩身の男が柔らかな声で言った。


「そう言わずに。我々の仲間になって頂ければ特別待遇でお迎えしますよ」


「いらねーっつってんだろ!」


 どう見ても揉め事だ。シキの足は、考えるより先にそちらへ向かっていた。


「おい、どうしたんだ? 何揉めてんだよ」


「ちょっ……シキ!?」


 背後でサラがぎょっとした声を上げる。自分からトラブルに突っ込んでいく姿が信じられなかったらしい。


 緑髪の男がシキを見た。


 その顔に――援軍が来たと言わんばかりの、ニヤリとした笑みが広がる。


「おう、いいところに来たな! ……ってわけでだ。俺はこいつらと行動することに今決めたぜ! お前らとは行かねぇよ!」


「は?」


 初対面で巻き込まれた。


 痩身の男は気を悪くした風もなく、すっとシキとサラへ視線を移した。値踏みするような静かな目だった。


「おや。では――そちらのお二人もご一緒にいかがです? 女性がいるなら、なおさら危ない。私たちのグループに入るべきですよ」


「グループ?」


 シキは眉をひそめた。


「もうそんなことになってんのか」


「私もそっちの彼に賛同するわ」


 サラが進み出て緑髪の男の側に並んだ。


「こんな初日に素性も分からない大人数のグループに所属すべきじゃないわね」


「俺も同感だな。――で、あんたらどういう目的なんだ?」


 痩身の男は芝居がかった仕草で胸に手を当てた。


「申し遅れました。私、リーエンと名乗っています。お見知りおきを」


「シキだ。よろしく」


「シキさん。我々のグループはこの街の北側をメインに活動するつもりです。先ほど演説をしていた代表者がいるのがこの街の北側――役所のような重要施設が北側に集まっているから、というのが主な理由ですね」


「なるほどね。それで?」


「まずは、数を集める必要があります。情報共有をはじめ、仕事や依頼の斡旋なども、数が多いほうが融通し合えるでしょう? お陰様で我々はすでに百人を超えました」


「百人……? この数時間でか?」


 シキの背中に、うっすらと冷たいものが走った。


 全員があの広場に放り出されてからまだ数時間。その間に百人を束ねた、ということだ。この男、見た目よりずっと――。


「とか言ってよぉ」


 緑髪の男が、吐き捨てるように割り込んだ。


「参加費用二万だぜ? ふざけてるだろ」


「二万?」


 サラの声が一段低くなった。目つきが完全に警戒のそれに変わる。


「相互補助の費用にしては徴収費用が多すぎるわね」


 リーエンは心外だとでも言うように、ゆるく首を振った。


「金の集約は当然のことでしょう。一人一人がバラバラに小金を握っていても、いずれ詰みます。そうなる前に、まとまった金額で状況を動かすべきなのですよ。――ああ、お支払いは簡単です。リングストレージ同士を、こう、重ねるだけ。送金も受け取りも一瞬ですよ」


 リーエンが、自分の左腕の腕輪を軽く掲げてみせる。


(……ああ、そういや)


 シキは、さっきの食堂の会計を思い出した。店員の腕輪に自分の腕輪を軽く触れさせたら、それだけで支払いが済んだ。タッチ決済かと妙に感心したのだ。あれは個人間の送金にも使えるというわけか。


 便利だ。便利すぎて――こういう男に悪用もされやすいのかもしれない。


「それと」


 リーエンの目がサラへと向いた。


「そちらのお嬢さんも我々の仲間になって頂けるなら、協力費は取りません。いかがです?」


 サラは即座に首を振った。


「お断りするわ。お金を集めて状況を動かす――それ自体は、間違いとは言わない。けれどそれは、何にお金を投じるべきか、ある程度の最適解が見えてからやるべき話よ。そして何より――あなたたちが信用できるという大前提が必要だわ」


 一片の迷いもない、キッパリとした拒絶だった。


(……言うねえ)


 シキは内心で素直に感心した。


 理屈はサラの言う通り。そして理屈を抜きにしても――こいつは信用できない。シキの直感が、最初からそう告げていた。


 リーエンは、しばし無言でサラを見つめ――


 それから、ふっと、実に柔らかな笑みを浮かべた。


「――結構。実に聡明だ」


 あっさりと引いた。


「ご縁がなかったということで。ですが、気が変わったらいつでも北へどうぞ。我々は拒みませんよ。……それでは皆さん、ご武運を」


 優雅とすら言える所作で一礼し、リーエンは二人の取り巻きを連れて、北へと歩き去っていった。


 その背中が雑踏に消えるまで、誰も口を開かなかった。


「……なんつーか」


 シキがぽつりと言う。


「食い下がられるよりよっぽど不気味だな、あれ」


「ええ。引き際まで計算している顔だったわ」


 と、緑髪の男が、豪快に笑いながら二人の肩へ腕を回してきた。


「いやー、助かったぜお前ら! あいつら、さっきからずーっとしつこくてよ!」


「近い近い近い」


「おっと悪い。――俺はヒスイだ! よろしくな!」


 ヒスイと名乗った男は白い歯を見せて笑った。


 間近で見ると、本当にいい体格をしている。厚い胸板、鍛えている事がわかる腕。なるほど、と、シキは思った。


(こんだけガタイが良けりゃ、戦力としてしつこく勧誘もされるか)


 だが――それにしては、リーエンの粘り方は妙に執拗だった気もする。


「で、だ。さっき宣言した通り――」


 ヒスイは、にっと笑って親指で自分を指した。


「俺、お前らと行動することに決めたから。よろしくな!」


「決めたから、じゃないのよ」


 サラの突っ込みが、南大路に響いた。


「あのね、ヒスイ。私たちはこれから南門まで行って、街の外を見てくるの。物見遊山じゃないのよ」


「外!? いいじゃねえか、俺も外は気になってたんだよ! なあ、デカいのが一人いると何かと便利だぜ? 荷物持ちでも斥候でもやってやるからよ」


「このリングがあるから、この世界で荷物持ちの需要は無さそうよ」


「あ! 確かにな!」


 呆れ顔のサラの横で、シキは少し考えた。


 素性は知れない。だが、それはお互い様だ。あのリーエンの勧誘を、特典をちらつかされてもきっぱり蹴った男でもある。少なくとも目先の得で転ぶタイプではなさそうだった。


 何より――直感が、嫌な感じを覚えていなかった。


「いいんじゃないか? 南門まではさ。その先のことは外を見てから決めよう」


「お、話が分かるねえ!」


「……はぁ。シキ、あなた絶対に後先考えてないでしょう」


「実際考えてねぇよ。何考えればいいかもわかんねぇし。怪しい奴についていくべきじゃないってくらいか」


「……それもそうね」


 ため息をつきながらも、サラの口元は少しだけ緩んでいた。


 かくして二人だった道行きは、ひとまず三人になった。


 シキ。サラ。そしてヒスイ。


 偽名かどうかも分からない名前を呼び合う、出会ってわずかの三人組が南大路を歩いていく。


 やがて――大路のずっと先、建物の屋根の連なりが途切れたその向こうにそれは見えてきた。


 空を区切るような、灰色の壁。


 そして壁の中央に口を開けた、巨大な門。


 この街と、異形のはびこる「外」とを隔てる南の大門だった。


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