プロローグ
陽は落ち、夜の帷が降りていた。
広い野営地には数十人の人影があり、あちこちで焚き火が赤々と燃えている。その周囲を大小さまざまなテントが取り囲み、人々は食事を取ったり、装備を手入れしたり、仲間同士で言葉を交わしたりと、思い思いに夜を過ごしていた。
その喧騒から少し離れた場所に、一人の青年が座っている。
片膝を立て、その上に重ねた腕へ額を預けたまま、身じろぎ一つしない。無造作に落ちた黒髪が目元を隠し、焚き火の明かりが黒を基調とした戦装束を照らしていた。
革装束の上から肩や前腕、膝下を覆うのは、鈍い光を帯びた黒銀の装甲だ。そこに刻まれた傷や泥汚れが、今日一日の戦いを物語っている。
「シキ、そろそろ時間よ」
呼びかけに、青年――シキがゆっくりと顔を上げた。
額にかかった黒髪をかき上げると、焚き火の光が端正な顔立ちを照らし出す。まだ眠気の残る黒い瞳が、目の前に立つ人影へ焦点を結んだ。
燃えるような赤い長髪を、後ろで一つに束ねた女だった。
焚き火の光を映した赤髪は、夜の暗がりの中でも鮮烈に浮かび上がっている。センター分けで額を出した整った顔立ちに、勝ち気な目元が凛とした印象を与えていた。
しなやかな身体を包むのは、シキと同じく戦うための装備だ。身体に沿う黒い革装束へ深紅の布と金属装甲を重ねた姿は、燃えるような髪の色ともよく似合っている。
「悪い。寝過ごしたか」
「大丈夫。みんなが集まり始めたから、呼びに来ただけよ」
そう答えた女の眉が寄った。
「……傷は、本当に大丈夫なの?」
「ああ。もう痛みもないぜ」
「そう。動けるなら行きましょう」
女が視線を向けた先には、四本の支柱に厚い布屋根を張った大天幕があった。簡素な野営用のものだが、ほかのテントより一回り大きい。その下には、すでに十人ほどが集まっていた。
シキは膝に手をついて立ち上がった。座っていたときには目立たなかった長身が、女より頭一つ近く高い位置まで伸びる。
二人は並んで大天幕へ向かった。
天幕の下にいる者たちは、誰もが革鎧や板金の胸当てなど、この世界へ来てから見慣れた戦装束に身を包んでいた。中央に置かれた長机には大きな地図が広げられ、四隅をランタンや革袋で押さえられている。
二人が天幕へ入ると、集まっていた者たちの視線が一斉に向けられた。
誰もが、この世界へ来るまでは名前さえ知らなかった者たちだ。そして正確には、今になっても本名は知らない。
それでも、いくつもの困難を乗り越え、幾度も互いに命を預け合ってここまで来た。今ではその顔ぶれを見渡すだけで、不思議なほどの頼もしさを感じられる。
「悪い、待たせたな」
シキが全員へ声をかける。赤い髪の女もその隣に立ち、集まった仲間たちを見渡した。
シキは天幕の中央へ進み、机に広げられた地図へ両手をつく。
「作戦会議を始めよう。明日も勝って、もっと先へ進むために――」
何も知らず、たった一人で放り出された、あのだだっ広い草原。
何も分からなかったあの日から、一つずつ積み上げ、仲間とともにここまで来た。
だが、彼らの歩いてきた道は、まだ途中にすぎない。
シキは地図の先に広がる空白を見据えた。
さらに――先へ。




