正義のヒーロー
それからも、よくベットがいない時にジュエが話しかけてきた。
いつも小麦も周りの人間関係をも否定し、時には慰め、自分こそが真の理解者だと言ってくる。
「小麦、お前の事なんか誰も大切にはしないさ。親からすら捨てられたような奴、誰が好き好んで拾うんだよ?」
小麦が黙って拳を握って耐える。
「だけど大丈夫だ。俺だけは小麦の事を見ている。絶対に叩かないし、絶対に捨てないよ」
そう言ったかと思うと頭を撫でられた。
その手を慌てて払いのける。
「お、俺は!ディンブラも葵も信じてる!あいつらは俺を殴らないし、捨てたりしない!!ベットもクラインも、兄弟だって!!」
小麦は飛び出して西陽が差す街を歩いていた。
こんな言葉を投げかけられる毎日にモヤモヤしながら、行く宛もなく歩いていたが、ついに行き止まりの広場にあるベンチに腰を掛けた。
広場には人が殆どおらず、小麦が座った以外の2つのベンチに1人ずつ座っているだけだった。
酷く心が疲れ、前屈みに座っていると、隣に人が座ってきた。
顔を向けると、どこかで見たような顔だ。
少し考えていたが、思い出し小麦から声を掛けた。
「あ、あの!もしかして、昔特撮のフラワーマンで主人公をされてませんでしたか?」
「え?・・・あ、はい。昔させてもらってましたが・・・」
戸惑いながら答える男性に目を輝かせて手を出し、握手を希望する。
「お、俺!大ファンです!子どもの頃、小遣いを貯めて人形も買いました!!フラワーマンに憧れて、体だって鍛えました!今でも大ファンです!!大好きです!!」
辛いことが多い中で、かつて大好きだった特撮の主演と出会えた奇跡に、ほんの一瞬だが悲しみを喜びが打ち勝った。
「あはは、嬉しいなぁ!あれ、視聴率悪くて打切り寸前だったのに、こんなにも熱心なファンがいたなんて!!」
男性は少し照れながら握手に応じ、それから小麦を見る。
「でも、あなたもどこかで見たような気がするんです・・・。どこかな・・・?」
観察してくる相手にバツが悪そうに話を逸らす。
「そ、そんな事より、今も俳優されてるんですか?どんな作品に出てるんです?」
「いやぁ、俳優は辞めたよ。フラワーマンが視聴率が悪すぎて、僕も監督も共に干されたんだ・・・」
悲しげに言う男性に目を逸らした。
「そうですか・・・」
「僕はフラワーマンの主演が決まって凄く嬉しかったよ。これを見る子ども達に夢と希望を与えられる、正義の在り方を見せられる、そんな立派な存在になれるんだと胸が踊ったよ」
男性は遠くを見ていた。
「だけど現実は悲しいものだった。デザインが悪い、演技や演出が悪い、ストーリーが悪い・・・散々罵られて、最後には干された。誹謗中傷も多かった。街中を歩くだけで石を投げられた事もあった。毎日辞めろ、死ねと手紙も送られてきた。世の中は夢や希望みたいな幸せより、誰かを傷付けて得る欲求の方が溢れていたんだ・・・」
寂しそうだったが、笑顔に戻って小麦を見た。
「って、ごめんね!折角ファンだと言ってくれた君の前でこんな話して!」
「いえ・・・聞いたのは俺なんで、気にしないで下さい」
その時、男性が小麦を見て何かを思い出した。
「・・・ん?君、やっぱり何かで見た気がするな・・・。新聞か貼紙か・・・あ!」
男性が目を大きく見開いて、動揺しだす。
「お前・・・元魔王軍のうどんだろ?」
「え?」
その途端、男性が距離を取った。
「あ、あの!」
「触れるな!ファンだと!?バカにしやがって!!お前みたいな悪党に好かれる為に俺はあの役を演じたわけじゃない!!どうせ人形だって盗んだんだろ!?お前のような奴は子どもの頃から悪党なんだ!!」
小麦に指をさして怒鳴りつける。
「違う!本当に毎日お金を貯めたんだ!生まれて初めて、自分の稼いだお金で自分のために買ったんだ!!それに、俺は悪党になりたくてなったんじゃない!!周りの評価は知らないけど、自分の中の正義があったんだ!!あなたに憧れて出来た正義だ!!」
「黙れ黙れ!!お前は歴とした世紀の大悪党だ!お前のような悪党を憎む心を子ども達に見せたかったのに・・・。なのにフラワーマンを見て、よりによってこんなんになるなんて・・・最悪だ!!」
男性が頭を抱えて涙を流す。
小麦は何も喋れず、ショックを受けていた。
すると、男性がポケットからナイフを出して、いきなり小麦の腹を刺した。
「くっ・・・あ・・・ぁ・・・・・」
苦しそうに声が漏れ出る。
「これがせめてもの償いだ!僕は魔王軍のうどんと言う悪党を生み出した!だからこそ、自分の手で殺してやる!!」
小麦の目から涙がこぼれ落ちる。
「俺は・・・俺が憧れたあんたは・・・本当の正義だった・・・」
男性の手と胸倉を掴み、近寄せる。
「俺は心の底から尊敬していた!どんな人にも優しく、弱い者を助けるあんたの背中に憧れた!!フラワーマンの正義は!悪を殺す事じゃない!弱い者を救ける正義だ!!」
「うるさい!お前に何がわかる!?お前みたいな悪党が正義を語るな!!」
腹からナイフを抜き、次は胸に刺そうとしたが、小麦が直前で手首を握って阻止する。
そのまま手を放すと、怯んだ男性は走って逃げた。
残された小麦は腹を押さえて泣いていた。
「俺だって・・・正しいと思ってたよ!!好きで悪党なんかなってねーよ!!あんたに殺されるんじゃなくて、あんたの隣に立ちたかったんだよ・・・」
天を仰いで顔を手で覆った。
するとまた人が来て隣に座り、話しかけてくる。
「よぉ、見てたよ」
ジュエだ。
「お前自身が何と言おうと、お前は今世紀最悪の悪党だ。その証拠にあれ程尊敬していた正義のヒーローに刺された」
何かが上手くいったことへの笑みなのかは定かではないが、ニヤけた口元は怪しく口角を上げる。
小麦は黙って下唇を強く噛んだ。
「俺は・・・正義のヒーローになりたかった・・・。今までだって・・・これからだって・・・」
「そんなもんなれるわけないだろ?正義のヒーローが理解を示さず拒否した。お前はみんなが認める悪だ。正反対にいる」
ジュエが小麦の肩を抱き、反対の手で腹を押さえる小麦の手を上から握った。
そして囁くように小麦に語りかける。
「安心しろ。俺は小麦のやってきた事は正義だとわかってるよ。俺だけが小麦を信じている」
「はぁ・・・はぁ・・・ぅ・・・俺を・・・信じてる?」
小麦の手がズレて目が見えた。
痛みのせいで呼吸が荒い。
辺りにいた人々はいつの間にかいなくなっており、街灯が灯るか灯らないか、うっすらとした暗さの中に2人きりでいた。
三方を建物に囲まれた、静寂な公園は情報が少なく、どこか無機質にも見える。
「あぁ、本当だよ、小麦。俺はいつだって小麦が正義の立場にいると分かっていたさ。そんな小麦を殺そうとするなんて、あいつこそが本当の悪だよな?」
「あの人が・・・悪?」
ゆっくりと反芻するように聞き返す。
「そうだよ。だって、こんなにも正義感の強い小麦を刺したんだ!正義を守るのが正義の使命なら、正義を殺すのが悪党の使命だ!」
ジュエはそう言って、逃走時に落としたであろう、小麦を刺した血のついたナイフを手渡す。
「さあ、正義のヒーローなら、さっきの悪党をどうするか、わかるよな?」
小麦は渡されたナイフを黙って見つめていた。




