住めば都のプレハブ荘
紆余曲折の末に仲間が出来た。
人間、耳長、蜘蛛、ザリガニの少しだけ風変わりな仲間たち。
色々と足りないものはあるが、まず最初に求めるべきは住む場所だ。
ディンゴは兵舎、サイカたちは宿をとっているが、赤いナイトは宿なし。
これからパーティーを組むのだから同じ宿を探すべきなのだが、重量級の彼をボロ宿に泊めるのは断られること間違いなし。下手をすれば床を踏み抜いて弁償コースだ。
本人は外でも構わないと言っているが、バルドシティで迂闊に野宿するのはおススメできない。
浮浪者ならともかく金になりそうなものを持っている者が安眠できるほどこの街は治安が良くない。役に立ちそうな甲殻を奪って売ろうと近づいてくること請け合いだ。
という訳でディンゴたちは金を出し合い、プレハブ小屋を借りることにした。
街の外れにある安い土地で物置代わりに貸し出されている物件というのも憚られるボロ小屋。セキュリティなど皆無な、物置というかゴミ捨て場に近い場所だ。
「まあ、なんだ。屋根があるだけありがたいじゃねぇか」
スラム育ちのディンゴの感想としては上等。
雨さえ凌げれば住処としては十分であり、気を抜ける場所でさえあればそれでいい。正直なことを言うと、兵舎は常に他人の気配があって落ち着かない。
「……」
良いところのお嬢様らしきサイカは兜の奥で絶句しているのか、一言も発さずにプレハブ小屋を見つめている。モミジが彼女の足を叩いて慰めているようにも見える。
一応物置だけあって広さはそれなりだ。ボロ布か何かをカーテン代わりにすれば男女で分けることもできるが……生活音は丸聞こえもいいところ。プライバシーもへったくれもない。
ザリガニナイト君は初めて完全に自分たちの住処ということで大喜びだ。
ハサミを掲げて喜んでいる後姿を眺めていると、ふと気になることがあったので尋ねる。
「そういやお前、水場無くて平気なのか?」
一応腐ってもザリガニは水生生物のはず。長い期間の乾燥に耐えられるのだろうか。
ある日起きたら仲間が腐敗臭を撒き散らしていたらトラウマ待ったなしだ。
ディンゴの疑問に彼はジェスチャーで応えた。
両のハサミを60度ほど開いてくっつけ、△を作る。なくても平気だが、あった方が快適……そういう意味だろう。出は水生生物だがそこは魔獣、フレキシブルにいけるらしい。
納得していると、彼は尾でプレハブ小屋の隣を差した。土地の一部を所望しているようだ。
「池か? 構わねぇよ。今度スコップ買いに行くか」
水場作成の快諾と協力を申し出れば彼のテンションは最高潮だ。
人に当たると危ないのでと被せたカバーが吹っ飛びそうなほどに尾を振って喜んでいる。
借りた土地で勝手に池を作るのは大丈夫なのだろうかという疑問が過る。今度聞いておこう。駄目だったら子供用のプレイボックスプールで我慢してもらうしかない。
「―――ハッ! それで、なんだって?」
ようやく戻ってきたサイカが一周遅れの反応を返している。
まとめると、サイカ以外はこのプレハブ小屋で問題なさそうだ。
なに、住めば都。彼女もハンター、いずれ慣れるだろう。
その日は総出でプレハブ小屋を掃除し、とりあえず過ごせる環境だけを整える。
ベッドを始めとした家具は後だ。今は何より……
「金がない」
こんな外れにあるプレハブ小屋でも正式に借りるとなれば金が要る。
そしてその金額は駆け出しハンターであるディンゴたちの財布にはとても苦しい。というかディンゴはまた借金をした。
「私もだ……次の返済が遅れればモミジを実験室送りにしなければならない」
勝手に身内の虫権を担保に入れている暴露がさらっと差し込まれたが、無視する。
ここではよくあることだ。
「生活を豊かにするため、稼ぐぞ」
「応」
心なしか必死なモミジと気軽なザリガニナイトが頷き、サイカが兜越しにくぐもった声を上げる。
安心するのは分かるが室内でも被ったままなのは止めて欲しい。
「戦力が増えた今の俺たちなら受けられる依頼も増える。まずは死なない程度に無理して、稼げるだけ稼ぐぞ」
「無理はするんだな……」
当然だ。無理しないでやっていけるほどハンターは温い職業ではない。
命を賭金に持ち金を増やしていくハイリスクハイリターン、それがハンターだ。誰でも多かれ少なかれ危険を抱えている。
げんなりする彼女へニヒルを意識して笑いかける。
「言ったろ? 死なない程度に、だ」
処理した書類をトントンとまとめる。今日も大量だ。
”死亡者リスト”と銘打たれた、重さの割に軽い紙を扱うのにも随分慣れた。
ギルドは今日も騒々しい。赴任したころはこの騒々しさに頭痛がしたものだが、適応したのだろうか。不思議なもので今では静かな環境よりこの雑多さがないと仕事しにくくなってしまった。
「ふぅ……」
そんなことを考えている自分にため息をついて、額に掛かった髪を摘まむ。
少しだが、色が落ちてきている。また染め直さなければ。
「レヴェリ君」
染める手間を想像して再びため息をつこうとした時、低く深みのある声が聞こえた。
奥の階段を見ると、そこにはスーツを着た偉丈夫が立っていた。
見上げるほどに大柄な身長と、それに見合った筋骨逞しい体つき。一線を退いて長いはずだが、衰えたという感想はまるで抱かない彫像のような人物こそ、ハンターズギルド・ナルサワ支部局長である。
「局長、どうされましたか」
存在感の塊のような男なのに気配が全くないことには今更驚かない。いつものことだ。
やや邪険な感じをあえて滲ませつつ書類に意識を向けて返す。
「今日も死んだかね?」
局長という立場にありながらフランクさを好む彼はその態度を咎めず、まるで天気を聞くかのように死者のリストを指した。そこに正負といった感情はなく、ただただ数字を尋ねる経営者の貌をしているだけだ。
「そこそこです。そこそこ死んで、そこそこ生き残りました」
「なら結構。大いに死んで、大いに勝ち残る、ハンターとはそうでなくてはな。ところで……」
局長は突然声音を変える。こうなるとただの下世話なおっさんに成り果てることを知っているレヴェリは露骨に顔を顰めた。
「近頃、君が気に掛けている若造がいるとか?」
ほらこれだ。
この時期の局長仕事が暇なのは分かるが、しょうもない噂話で盛り上がるのは心底鬱陶しい。
「クソ生意気なガキを分からせてやっただけです。よく言うでしょう、問題児の方が先生を困らせるって」
「はっはっは! 無論、分かるとも。なぜなら俺も問題児だったからな」
”でしょうね”
そう思ったが一応は目上の人間なので口には出さない。
確かに他のひよっこ共に比べてもあの小僧に声を掛けることが多いのは事実だ。才能はあるが色々と危なっかしいところが気にならないと言えば嘘になる。
こういう仕事をしていると、才能がある人間程度は珍しくもない。
ああ、こいつは伸びるだろうなと言動や振る舞いからも感じられる人間はごまんといる。そんな奴でも次の瞬間には死んでいるのがハンターという職業でもあるのだが。
アイツが目立つのはそこではない。
順調に成長して、順調に強くなっていくだけのサクセスストーリーなど見飽きた。面白くもない。
同じく才ある眩しい仲間に恵まれて、正しい道を歩んでいくだけの強者の物語……なんと素晴らしく、なんと退屈なことか。
充実アピール全開のソレらと比べれば、
「ま、確かに見ていて飽きませんよ。休日、ビール片手にヤジをとばしたくなります」
そこは認めよう。退屈凌ぎにはいい見世物だ。
鼻で笑い飛ばしながらそう返してやると、局長の顔が少しだけ変わる。
冷やかしてこちらの苛立つ反応を期待していた顔から、露店の”訳アリ品”棚から掘り出し物を見つけたような顔に。きっと、昔ハンターだった頃はこんな顔だったんだろうなと、そう感じさせる空気の変化だった。
「ほう……? レヴェリ君がそこまで面白いという若造、少し興味があるね」
「―――顔、見てみます? 丁度来てますけど」
したり顔でそう提案すると、局長はニッカリと笑顔でカウンター裏に隠れ始めた。
こういうところは本当にそこいらの悪ガキと変わらない。
半ば呆れながら顔を正面に向ける。
件の青年がポケットに片手を突っ込んで歩いてくる。まだまだガキだが、初めて来たときに比べれば多少はサマになっている……気がしないでもない。
「短い娑婆の空気は美味しかったですか?」
「へっ、卑しい出の俺にゃあ汚れた空気の方が性に合ってんよ」
軽い挨拶を交わして目線で笑う。
本当、ガキの癖に生意気だ。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
ギルドに来た用件など分かり切っているが、それでも少し期待してしまう。
せめて足元でデカい体を縮こませているおっさんの鼻を明かしてやってくれと。
果たして青年は、いろんな意味で期待に応える/裏切る返答をくれた。
「おう、仕事と―――池の作り方……教えてくれや」




