野良犬の群れ
如何にも意味ありげな忠告だったが、少なくとも今日明日に爆発する問題という訳ではなかったらしい。
ならばいい。もともと今日食う飯にすら苦労している身……どころか、借金が返せなければ内臓を売られること間違いなしの背水の陣。
「ディンゴはなぜハンターに?」
仕事場へ向かう途中。
運良く空いていた輸送バスで手持無沙汰な時間に銃の手入れをしていると、黙ってそれを見ていたサイカに面接官のようなことを聞かれた。
「あ? そんな大それた理由じゃねぇよ。俺みたいなのはどこにでも転がってる」
銃身に溜まった触媒の残滓を綿棒でこそぎながら適当に返す。
しかしサイカは真剣な眼差しを向けたまま、何も言わずに続きを待っているかのように微動だにしなかった。
「……ったく、しょうがねぇな」
彼女の態度からソレを悟ったディンゴは掃除した銃身に油を差しながら、少しだけ自身の過去を語り始める。
「もともと俺は貧困層……スラムの出身でな。その日食うもの探すのがやっとの、しみったれた人生を歩んできたのさ」
ゴミ捨て場を縄張りにするストリートチルドレンというやつだ。
得た食料を奪われ、殴られる、どこにでもいる弱者。
寒さを凌ぐためにネズミよろしく酒場の屋根裏へ潜り込み、煙草の煙に噎せながら眠れない夜を過ごした。その時、板の隙間から覗き見た旧時代の映画が唯一の娯楽だった。
「その世界じゃ生きる残る事よりも、名を残すためにどう死ぬかが……生き様が大事な世界だった。衝撃だったぜ……日々を生き残るのがやっとだった俺にとってはよ」
生きる意味など考えたこともない、ただただ生存本能に従って生きながらえるだけだったディンゴに、その世界はとても眩しく映って見えた。
生まれて初めて、自分が生まれた意味を考えた……求めた。
「……だから、ハンター?」
「俺は自分が生きた証を遺したい。ただの飢えたスラムのガキじゃなくて、ディンゴが居た証を」
目的意識が出来れば人は強くなれる。底辺なりに足掻き、残飯争いに勝利し、二束三文しかもらえない工場の雑用を必死にこなして貯めた金で準備を整えた。
「ハンターはそのための手段でしかねぇよ。……ま、今のところ天職だと思ってるがな」
言葉を切ると同時、手入れを終えた銃をホルスターに戻して後頭部を掻く。
慣れない自分語りなどするから痒くなってしまった。
「要は考えなしに一旗揚げに来た田舎者……バルドシティに掃いて捨てるほどいる有象無象の一人が俺さ。な? どこにでも転がってるだろ」
気恥ずかしさを紛らわすように肩を竦めておどけてみせる。
天井に張り付いたモミジが”臭い臭い”と鼻を摘まむジェスチャーをしている。てめぇに鼻はないだろと睨みつけておいた。
「そう……かもしれないな」
サイカは腰のブレードに手を置いてこぼした。
しかし同意する言葉とは裏腹にその瞳は思案気に揺れ動いており、ディンゴの語った境遇に何かしら思うところがあるようだった。
良いところの出である彼女が劣悪な環境であったディンゴに何かしらの負い目を感じているのかもしれない。それとこれとは全く関係のない話なのだが、変に真面目な彼女ならばありうる話だ。
「ディンゴ、その、私は……」
「人は生まれる境遇も意味も、時代だって選ぶことはできやしない。誰だってそうだ」
「っ!」
思いつめた様子のサイカが言葉にするより早く、ディンゴはそれを遮った。
「だがどう生きるかだけは選ぶことはできる。……俺は俺の自由を行使する」
クサい台詞だ。だがそれでいい。
青臭いガキが吐く大言壮語なんて、クサいくらいでちょうどいい。
それから二度ほどサイカたちと共に仕事をこなした。
最初のようなトラブルも発生せず、互いの欠点を指摘し合いながらも順調に完了。
「はい……確認しました。今回の天引きであなたの借金は完済です。これからはいちハンターとしてギルドに、ひいてはバルドシティに貢献されることを期待しています」
気づけば無事に初期投資分の借金を返し終わっていた。
事務的な激励と共に返されたハンターカードを受け取る手は、不思議と軽くなっている気がする。大した金額ではないとはいえ、やはり借金とは気が重くなるものなのだ。
胸に手を当て一つ深呼吸。
「娑婆の空気は美味いな……」
「何を言っているんだか……だが、おめでとうディンゴ」
少しだけ呆れた顔をしていたサイカが改まって祝ってくれる。
単純だが、こうして喜びを分かち合ってくれる仲間がいるのは悪くない。
「当面の目標は達成したが、これからどうするんだ?」
「色々あるが……その前にだ」
「?」
怪訝そうに兜を揺らすサイカへ右手を差し出す。
それはあの日、先送りにしたパーティー結成の祝詞。
「まだ互いの全てを知ってるわけじゃねぇが……お前たちとなら、バルドシティにデカい爪跡を残すことができそうだ―――改めて、俺と組んじゃくれないか?」
真正面から、一つの誤魔化しもなく向けられた言葉にサイカは一瞬怯んだ。
しかしすぐに覚悟を決めると、兜を脱いでディンゴの右手をしっかりと握り返した。
手の平から感じる温もりに紫水晶の瞳が儚げに細められ、わずかに震えた唇から言葉が漏れ出る。
「……私の答えは最初から決まっているよ。あの日、君と背を預け合って共に命を賭けた瞬間から」
その日、初めて野良犬に群れの仲間が出来た。
同じものを見て、互いの苦楽を分かち合う、運命共同体。
一人では決して得られないそれは、ディンゴが欲してやまない憧れに近しい存在。
「……さて、これからのことだったな」
やるべきことは山ほどある。
真っ先に思いつくのは装備の更新に住居の充実。いい加減、男臭い宿舎からはおさらばしたい。奴隷船もかくやと思わせるほどに狭い環境だと疲れも取れにくいし、なにより毎朝起きるたびにむさ苦しい顔が近くにあるのは精神衛生上よろしくない。後ろの貞操も心配だ……本気で。
「おーい、ディンゴ! 客だぞ」
考え込んでいると誰かに声を掛けられた。
思考を中断して呼ばれた方を見ると、狐先輩ことベニーが飲んだくれていた。隣では妖艶な姿でワインを飲むメルディア姐さんもいる。
「客?」
怪訝そうにするディンゴの下へ、人混みを掻き分け……いや、物珍しさからハンターたちが身を引いて道を作った。客とやらはのしのしと複数の重い足音を響かせて現れる。
予想外の訪問者にディンゴの眼が丸くなった。
「三度目は偶然じゃないとは言うが……お前も名を上げに来たか?」
軽口に応えるように剣尾がくるりと円を描く。パカパカと開閉する爪が彼の意志を表している。
そこには紅い甲殻と鏃のような頭をした未確認魔獣、ザリガニナイトが堂々と存在を示していた。
種は違えど魔獣同士なのか、モミジが前脚を上げて挨拶している。
「丁度もう一人くらい仲間が欲しいと思ってたところだ―――来るか?」
言葉はなくとも意志は伝わる。
硬い甲殻と鋭い爪尾を備えたそいつは、全身で是と表現した。
二人と二匹。
生まれも育ちも、種すらも異なる四つの個が集い、一つの群れとなった。
統一感など欠片もない、まさしく寄せ集めという言葉が似合う仲間たち。
だが混沌渦巻くこのバルドシティにはお似合いだ。




