ラベルより中身
素手で魔獣に突っ込むことはできても怖いお姉さんの呼び出しをぶっちする勇気はディンゴにはない。
一応舐められない様にとポッケに手を突っ込んでオラつきながらギルドの裏口へ顔を出すと、そこでは受付嬢が煙草を吹かしていた。赤い眼を細め、口から煙を燻らせながら空を見上げている姿は様になっている。染められた黒髪は光すら呑み込んでしまいそうだ。
貫禄が違い過ぎる。
そう感じたディンゴはちょっぴり恥ずかしくなったので手を出して普通に歩いて近づいた。
「……来ましたね」
「あそこまで熱烈に呼ばれちゃあな。生憎、告白なら好感度が足りないが……」
「あら、稼ぎましょうか? ―――痛いほどの愛」
そう言って彼女はぞっとするほど美しい笑みを浮かべ、両手の間から手品のように針を出して見せた。
怖すぎる。あまりにも自然でいつ針を抜いたのかも分からない。
なんとなく只者ではないんだろうなとは感じていたが、案の定だ。
「……いやぁ間に合ってるぜ」
美人は歓迎だが猟奇的な彼女はノーサンキューだ。
ディンゴは大人しく両手を上げて降参の意思を示すしかない。
彼女は出した時と同じく音もなく針を仕舞うと、ため息をついて壁に寄り掛かった。
「全く。くだらない軽口までベニーに似なくてよろしい」
既知なのか、単に受付嬢として知っているだけなのか、彼女は狐先輩の名前を口にして針の代わりに煙草を指に挟んだ。
「それで、あの娘とはどういう関係ですか」
「サイカとはこの前に炭鉱夫やった時に知り合っただけだぜ? 俺の将来性を見込んで組んでくれとよ」
「その件は他のハンターにも聞きました。なるほど……野良犬の向こう見ずな行動を猪武者が気に入ったという訳ですか」
冗談めかして将来性をアピールしたのだが、完全無視だ。反応すらしてくれないのは少し寂しい。
「んで、わざわざそのために呼び出したってのは、彼女に近づくなって忠告かい?」
少しだけ目に険を交えて見据える。
眼光の鋭さも腕っぷしも歴戦の実力者であることを窺わせる彼女には到底及ばないが、それでも退かない。なんとなく、ここで退いては男が廃る……そう感じたからだ。
「わりぃが、付き合う人間は自分で選ぶ。外野は黙ってな」
ひよっこの精一杯の強がりに強者の眼が意外そうに開かれる。しかし不遜、不快とは捉えられなかったようで、鼻息一つで見逃される。
「お前……知らないのですか?」
「あん? なにをだ?」
予想とは違う反応を返されたディンゴが怪訝そうに眉を動かす。
だけど彼女はそれに答えず、一人何かを考え込むように黙ったまま顎に手を当てる。
どういう事だろうか。
なんとなくサイカが良いところの出だというのは察していた。彼女が世間知らずで空気の読めないお嬢様という訳ではないのだが、食事の際の上品な仕草等、生まれで培われたものはそう簡単には抜けきらない。
特別嫌な人間でもない、むしろ善良な彼女がコミュ障というだけで周囲から距離を置かれていたのも妙だと感じていたが……どこぞの大企業のご令嬢が趣味でハンターをやっていたのならば辻褄も合う。
だからこそディンゴのようなどこの馬の骨とも知らないガキを近づけるなど言語道断。そう言われることを想像していたのだが……どうにも雲行きが怪しい。
「お前の想像通り、彼女はとある有名な血筋です。少し訳アリの特殊な一族なのですが……」
なんというか、方向性が違うような気がする。
悪い虫を近づけないためのお説教ではなく、むしろディンゴの身を案じているが故の行動というべきか……警告というより忠告に近い様な。
「―――いえ、なんでもありません。新しい仲間と仲良くやるのですよ?」
”でもまあ、何にも知らないみたいだし今のところ上手くいっているから、こいつに全部任せてしまえ”
そんな投げやりさすら感じる空気を受付嬢からは感じた。
「ちょぉおっと待ってくれや? 気になるところで切らないでもう少し詳しい説明をくれ!」
そこに身の危険を感じたディンゴは話は終わりだとばかりに踵を返そうとする彼女を呼び止める。
心底嫌で面倒くさそうな顔で振り向いた彼女は、煙草の煙を顔に吹きかけながらガラの悪い声を出した。
「ハァ? 自分で”外野は黙ってろ”っておっしゃたのをお忘れで?」
「口出しするなってのと事情を説明しねぇのは別問題だろ! 実は殺人衝動抱えてて俺が斬り殺されちまったらどうする!?」
これは全く突飛な発想ではない。ディンゴも人のことを言えないが、このご時世にあえて接近戦をやろうなどという奴はどこかおかしい人間が多い。相手を斬ることに深い快楽を覚える特殊性癖を持っている可能性も否定できないのだ。
「何を言うかと思えば……彼女がどんな人間かは自身の眼で確かめなさい。人間関係の攻略法を他人から教えてもらおうなどと思わぬことです。……それに」
彼女はニタリと口の端を吊り上げ、せせら笑うように言った。
「自分で決めたことから逃げるんですか? ―――ダッサ」
ダッサ―――その言葉は、ギルドの喧騒が聞こえてくる路地裏でやたらとはっきり通って聞こえた。
見え透いた挑発だ。いや、挑発ですらないただの罵倒。
効率化された現代では相手にされることすらなく、むしろ口にした側が幼稚だと鼻で笑われる……そんな類の言葉。
だが彼女はよく理解していた。
こんななんてことのない子供の挑発が何よりも効く人種が居ることを。
こんな時代だからこそ、何よりソレを大事にして生きている人種がいることを。
「―――んだと?」
ガンマン。
それは伊達と酔狂を糧に腕を磨き、己が信じる矜持のために命を賭ける……そんな愚かで哀れで時代遅れな奴ら。
たとえ成り立てのひよっこであろうと関係がない。
真っ当な損得勘定ができるのであれば、そもそも選択肢に上ることすらないクラスゆえに。
彼らは総じて、自身が決めたことの筋を曲げることができない生き物。
「……上等だ。あいつがどんな厄介ごと抱えてようが関係ねぇ。俺は、俺が感じたままあいつと向き合ってやるよ」
釣れた。
そのことを確信した受付嬢は憐憫と、少しの賛辞を含めた笑みを浮かべる。
「言いましたね? 吐いた唾は呑み込めませんよ」
「いらねぇ心配だな。もう一度言うぞ? 外野は黙ってろや」
そう啖呵を切ったガンマンは踵を返しその場を後にした。
「ちょっと格好つけすぎたか?」
一人になって頭を冷やすなりそうこぼすディンゴ。
勢いに任せてつい売り言葉に買い言葉になってしまったような気がする。
「……ま、いいか」
元々、挑発などされなくともそうするつもりだったのだ。
話したように今はお試し期間。その間にこれからサイカたちとやって行けるかを見極めるだけのこと。
そう考えると方針は何も変わらない。結果として彼女と袂を分かつことになるかもしれないが……その時はその時だ。
彼女が抱える厄介ごとが何かが気にならないと言えば嘘になるが……本人の居ないところで他人の口からソレを聞き出すというのも格好が悪い。
「なるようになるさ」
一人そう割り切ると、鳴り始めた腹の虫に従って目についた飯屋へ足を向けるのであった。




