二度あることは
「自己紹介がまだだったな」
こうして出会うのが二度目ともなれば、偶然とはいえ不思議な縁を感じてしまうというもの。
伝わるかどうかは分からずとも、名乗っておかないとどうにも座りが悪い。
指二本をこめかみにピッと当てて格好をつけ、ザリガニモドキへ自己紹介をする。
「ディンゴだ。向こうにいるのはサイカとモミジ。仲間……候補だな、今のところは」
後方で近づいていいものか悩んでいる二人を親指で指し、紹介する。
それを黒い眼でじっと見たザリガニモドキは剣尾を左右に振って挨拶らしき行動をとって見せた。硬そうな見た目と裏腹に器用な奴だ。
その仕草を見てとりあえず敵対心はないと判断した二人がゆっくりと近づいてくる。
モミジを先に行かせているのを見るに、サイカの方はまだ少し警戒しているようだが。頑丈な鎧を着こんでいるくせに慎重な奴だ。
「……やあ、相方が世話になったそうだね」
言葉が少しぎこちないのは緊張しているのか、単にコミュニケーション能力に問題があるせいか。今の関係性ではそこまでの判断はできない。
モミジの方は割と気さくに前脚を上げているので後者な気もする。
「にしてもお前、また蜂共とやりあってるとはな。仲悪いのか?」
簡単な挨拶だけして口を閉ざしてしまったサイカに代わり、散らばったバレットビーを見渡したディンゴが世間話を振る。
初めて出会った時も彼は蜂と揉めていたが、あの時は巣から落ちた鳥の雛を護っていた。
しかし今回はそのような様子もなく、ただ単に縄張り争いをしていただけに見える。
すると彼は鋏を使ってジェスチャーを始める。
顎脚をもぞもぞさせたり剣尾を交えての、中々に豊かな感情表現だ。
「ほー水質がねぇ。確かに、そりゃつれえよな……ただ生活してるだけだってのによ」
色々と事情があるようだが、要約するとどうやらご近所付き合いが上手くいかなかったようだ。
彼らは生活する際、まず食料を探すのに邪魔な周囲の水草を切りまくる。
水質浄化作用のある水草が無くなるとその水場は急速に汚染され、一部の生物以外が姿を消してしまうのだとか。そのため食物連鎖による森全体の調和を重んじるバレットビーだけでなく、他の生物ともあまり良好な関係が築けないとのこと。
それを聞いたディンゴが世知辛さにうんうんと頷いて同意を返している。
「……何故、会話が通じるんだ?」
全く理解が追い付かないサイカが相棒のモミジへ話を振るが、”知らなーい”とお手上げ状態。
もっとも、蜘蛛と会話が通じている彼女とて周囲から見れば十分おかしいのだが……本人たちにその自覚はなかった。
「ディンゴ、その辺で」
「おっと、もうこんな時間か」
一頻り話を聞き終えた頃にはバスの時間が迫っていた。
サイカに促されたディンゴが時間を確認する。これを逃すと野宿確定だ。一晩くらいなら問題ない準備はしているが、まだ駆け出しのディンゴたちが森の夜を過ごすのは些か無謀が過ぎる。
「そろそろ行くか。話せて良かったぜ。またな」
彼に別れを告げると踵を返す。
二度あることは三度あるとはよく言うが、また会うこともあるかもしれない。
「―――」
黒い眼が去って行く人間たちの背を見送る。
妙な個体だった。価値あるこの体へすぐに銃を向けてくる他とは違い、独自の行動原理で動いている。
紅い甲殻を持つ彼は思案するように剣尾を揺らし、鋏をわきわきと開閉させると、のしのしと歩き出し始めた。
急げとばかりにクラクションを鳴らされ、頭を下げながらバスへ駆け込む。
遅い時間帯のせいか比較的車内は空いていた。運がいい。
二人は手近な木箱に腰かけると同時に息をついた。
顔を上げると目が合った。ディンゴが笑い、兜を外したサイカがきょどりながら視線を外の景色へ逸らす。シャイな娘だ、体だけでなく心にまで鎧を着込んでいるらしい。
組んで初めての仕事。
意思の疎通や呼吸の合わなさなど、まるで思っていた通りには行かなかった。成果だけ見れば成功したものの、奇妙な遭遇なども含めてある意味では散々な結果だとも言える。
だがまあ、悪くはない。
自分も含めてまだまだ未熟極まりない駆け出しハンター。最初から全て上手くいっては面白くない。
まだまだこれからだ。
やれることも、やらなきゃいけないことも山積みだ。それを共有できる仲間が出来たことが、素直に嬉しかった。
「どうした?」
サイカに声を掛けられる。どうやら顔に出ていたらしい。
手で口元を覆って誤魔化そうとし、やめる。こういうのは隠さず表に出していこうと決めた。
「面白くなってきたな」
「……?」
怪訝そうに首を傾げる彼女に応えず、流れゆく景色に目を向ける。
魔力が採りつくされて荒れ果てた、殺風景な大地が広がっている。今やこんな景色はどこにでも転がっていて珍しくもない。
だというのに、これから何かが始まるような……そんな予感がディンゴの胸中で生まれていた。
「―――」
まだ青く、これから様々なことを経験して伸びていくであろう若人たち。そんな二人を天井からぶら下がったモミジが静かに見つめていた。
ギルドで報酬を受け取り、きっちり半分に分ける。
モミジは頭数に入れなくていいのかとも思ってサイカへ目線で問いかける。
「こういう場合、パーティー単位で割るのが普通だ。頭数だけを増やして報酬の割合を増やす輩もいるからな。まあ人手が多くなると事前に話しておくのが定番だが」
「そっちがいいなら文句はないけどよ……」
「モミジには私から後で払っておくから気にしないでくれ」
そう言ってテキパキ割り振りをするサイカはちょっと格好いい。
何故かモミジが前脚を組んで”あーん?”とオラついているのは気になるが。
「おいこら、野良犬」
雑に呼びかけられる声に反応すると、例のぶっきらぼうな受付嬢が書類片手に面倒そうな顔で立っていた。真っ黒い髪にスタイリッシュなOL風の衣装に身を包んだ彼女は針……ではなくペン先をサイカの方へ向ける。
「パーティー組むなら届け出が必要です。さっさと出しなさい」
「まだお試し段階さ。上手くいくよう祈っといてくれ」
「ハッ、野良犬が組むには少々毛並みが違い過ぎるのでは?」
針と同じくらい鋭い皮肉が飛んでくる。相変わらず尖っていらっしゃるようだ。
彼女の言葉は新人ハンターへの軽口としては標準の部類だ。
まだ中古のツナギなど装備もおぼつかないディンゴと、同じ新人部類とはいえ鎧や魔銃に電磁ブレードと完全装備のサイカが組むのは少々おかしい。
「少し、言い過ぎではないだろうか?」
しかしサイカはそう感じなかったらしく、口を挟んできた。
いつの間にか被りなおしていた兜越しに紫眼を光らせ、腕を組んで居丈高を装っている。受付嬢のディンゴへの態度が不満であることを隠しもしない。
「「……」」
数瞬、受付嬢とディンゴの視線が交差する。
彼女の赤眼は一時組んだにしては随分と気に掛けているサイカの態度について問いただしていた。
小さく首を振って知らないと返すが疑いの視線は緩まない。
本人が居る場で聞き出すわけにもいかないらしく、とりあえず追及を後回しにした受付嬢は折り目正しく頭を下げる。
「失礼いたしました。ディンゴさんとは軽口を叩き合う気安い間柄なのですが……誤解させてしまいましたね」
普段のディンゴと接する時とは別人のような口調は仕事用だろうか。
随分と都合よく捻じ曲げられた解釈にもの言いたげなディンゴのジト目は完全に無視した弁解だ。
「あっ―――いや、そうであったのか。こちらこそ早合点して失礼した」
割と露骨な嘘だと思うのだが、知らない人相手にはすぐ兜を被ってしまうコミュ障のサイカ嬢には十分だった。少しどもった後、鷹揚に頷いて見せる。後ろでモミジがやれやれと芝居染みた仕草をしていた。
「では正式に決まりましたら手続きをお願いします。それでは―――」
再度頭を下げながら、ディンゴにしか見えない角度で目配せをして去って行く。去り際に親指を立てているのは死ね……ではなく裏口に来いというジェスチャーだろう。
分かり易いほどにお呼び出しの合図だ。無視してもいいが、これからも世話になる相手の機嫌を損ねると後が怖い。
その場は解散して一度ギルドを出ると、裏手に回って待ち人の下へ向かった。




