歩幅を合わせて
二人いればゴーレム四体程度は敵ではない。
ほどなくして出来上がった残骸から覗く植物の根を掘り起こしながら、二人は今日の反省会をしていた。
「あれだな、お互い駆け出しの割には腕があるのは分かった。そいつは朗報なんだが……」
「うん。連携が終わっているね」
ディンゴが掘り起こした根をブレードで切り分けながらサイカが頷いた。
今の戦いはほとんど個人技だけでどうにかしたようなものだ。精々がリロードのタイミングをカバーするくらいで、そんなものは新人同士でもできて当然のこと。
二人とも他人と合わせる経験が少なかったのだから仕方がない面はあるが、それでももう少しどうにかしたい。
「あとは知識不足……と認識の共有だな」
「……ごめん。知っていると思っていた」
責任を感じたサイカがしゅんと耳を垂れさせる。
バレットビーが気流を読めると知っていれば不意を突いて襲うこともできたし、退くこともできた。魔獣に対する知識不足と、これくらいは知っているだろうと認識を共有しなかったこと。これは聞かなかったディンゴにも非はある。
「ま、おいおい直して行こうぜ? とりあえず今日を生き残れたんだしよ」
しょげる鎧武者に気にすんなと笑ってやる。
成果だけを見れば大成功と言っていい。個人技だけでこれだけ行けるのなら、連携を取れればもっと上を目指せる。楽観的過ぎるのも問題だが、物事は前向きに捉えなければ。
出番のなかったモミジが木の上からゆっくりと逆さ釣りで降りてくる。
見えるようにゆらゆらと左右に揺れて自己主張する彼女へも謝っておく。
「わりぃわりぃ。次はもっと上手く指示出すからよ」
無言の抗議を宥めすかし、根の端を分けてやる。
ゴーレムの中身である植物の根は適切に処理すると美味い漬物になるらしい。また絞った際に出る汁は物を問わず染め物に向いており、ハンターの装備染色に役立つとか。
モミジは木の根をくるくると回して検分し、一口齧った。
存外に美味かったのか両脚で抱えて齧り出すと、来た時と同じように音もなく樹上へ消えていった。
「さて、今日の反省もしたことだし。一旦帰って報告……」
「待て、何か聞こえる」
言葉の途中でサイカが静かに、しかし鋭く注意を発する。
ディンゴは声に出さず腰のリボルバーに手を当てて周囲を警戒するが、敵影らしきものは見当たらない。耳を澄ましても何も聞こえなかったのでサイカの方を見ると、彼女は兜から伸びる耳をしきりに動かしていた。あの長い耳は伊達ではないようだ。
「戦っている音がする。距離はそこまで遠くないが……銃声が聞こえないな」
サイカは怪訝そうに眉を顰めながら東を向いた。運の悪いことに、そちらはディンゴたちの帰り道だ。
銃声が聞こえないということはサイカのように剣で戦うのか、あるいは弾が切れたのか。
「迂回できそうか?」
「出来ないこともないが……かなり遠回りになるな。回収のバスに間に合わなくなる」
悩ましい二択だ。
バスに遅れれば森で一夜を過ごすことになる。突っ切れば何が出るか分からない相手と一戦交えるかもしれない。全力で逃げればいい分、後者の方がマシな気がしないでもない。
「いや、羽音が聞こえるな……片方はバレットビーか」
「そいつは朗報だ。少なくとも一方的に殺されるようなヤベエ相手じゃない」
「なら、行くか?」
ARの残弾を確認したサイカが準備は出来ていると目線で合図している。
面当てから覗く切れ長なアメジストの眼は中々にキマっている。後ろに素材を吊るしたバルーンがなければだが。
「そうすっか。初対面の女連れて朝帰りじゃマスターに怒られちまう」
「抜かせ」
二人はニヒルに笑い合うと、戦闘音のする方へ駆けだした。
ウォーリアとガンマンの身体能力は悪路での走破性に優れている。
森の中を駆けること数分、すぐに戦闘音はディンゴの耳にも聞こえる程になっていた。
バレットビーが針を放つ空気を破裂させたような音が立て続けに鳴っている。そしてサイカの言う通りに銃声は一度も聞こえなかった。普通ならもう死んでいると判断するところだが、バレットビーがまだ動いていることから敵対者は生きている。蜂に死体撃ちをする文化があれば話は別だが。
「もうすぐ接敵するが、どうする?」
「まずは様子見と行こうぜ。加勢するか無視するかは相手次第だな」
言葉を交わしながら歩調を緩め、木の影に身を隠す。
先の失敗を活かしてサイカに聞いたところ、気流を読むバレットビーだが流石に戦闘中まで周囲に気を配っていることはないらしい。
一応気を付けて覗き見ると、バレットビーが何かに向かって針を撃ち出しているのが見えた。そしてそれは人間ではない。声も聞こえないのである程度予想はしていたが、魔獣同士の争いだったらしい。
そこまでは予想通りのこと。
予想外だったことは、その魔獣が知っている奴だったことだ。紅い甲殻と鋭い剣尾、爪から高圧水流を放って戦うそいつには見覚えがあった。
紅い鎧を纏った騎士は針を切らして突っ込んできた最後のバレットビーをテイルブレードで両断し、爪を掲げて勝利をアピールしている。
「あー……すまんが銃を下ろしてくれ。ちょいと話してくる」
突然の提案に驚いたサイカがこちらに振り向いた。モミジも一緒になってぐりんと宙づりのまま方向を変えているのが少しおかしい。
「見たことのない魔獣だ、危険じゃないのか?」
彼女の指摘は正しい。誰が見てもバレットビーの群れよりあっちのザリガニモドキの方が厄介だと断言するだろう。
「なに、ちょいと肩を並べて戦ったことのある奴ってだけだよ」
相手を驚かせないようにわざと枯れ木を踏み折る。
パキリという乾いた音が響き、新手の気配にザリガニモドキが敏感に反応する。
多脚を活かして素早く方向転換すると最も硬いであろう鏃型の頭部をこちらに向け、高圧水流を放てる爪を構える。剣尾の先端を槍のように擡げ、遠近に備えた姿勢を素早く取った。
まるで小さな戦車。
頑丈な装甲と大火力の飛び道具、接近戦にも対応可能と隙が無い。
正直言って、今のディンゴたちでは尻尾撒いて逃げるレベルの魔獣だ。
足はそこまで早くなさそうなので逃げることは可能だが、倒すのは難しいだろう。
そんな相手だというのにディンゴは実に落ち着き払った態度で歩み寄っている。
いつでも出られるように後方でサイカたちがハラハラと見守っているのが少しおかしい。
「ようアローヘッド。相変わらずイカしたナイトっぷりだな?」
両手を上げて敵意がないことをアピールしながら声を掛けてみる。
「……」
ザリガニモドキの反応はない。
気まずい沈黙が下り、サイカたちが緊張しているのを肌に感じる。
銃口、もとい爪口は下げられず、剣尾はピクリとも動かないままディンゴに向けられている。
”あれ、もしかして人違い?”とディンゴが焦り始め、いよいよこれは助けに入らないとマズイとサイカたちが腰を浮かせたところで相手から動きがあった。
開かれていた爪口が閉じ、剣尾から力が抜けた。
そして”よっ”とでも言いたげに片方の爪を手のように掲げてみせた。
「……おいおい、一時とはいえ戦友を忘れるなよ」
少し冷や汗をかき始めていたディンゴはじっとりした手をズボンで拭いながら近づいて行ったのであった。




