第88話:変動、過ぎ去る悪夢と、目覚める空想
……何だこれは。
この私に泥を塗ったあのエリックを虫けらのように踏みつけ、奴の女を目の前で蹂躙する。
そのままエリックを脅して、あの小生意気な騎士様を追い落とす。
そうして私は完璧な復讐と極上の快楽を経て、明日からまたこの地に我々の存在を再認識させる。
今日はその為のただの景気づけ。
その程度の些細な小事……そう……ただの前座だったはずだろ?
何故だ?何で私はこんな状況に置かれているのだ?
銀色の風がっ!!この街を牛耳るこの私がっ!!
一度は組み伏せたメスに頼って一人で逃げて……あ?
何であの女が立ってるんだ?
さっき我が必殺の一撃で殺し……あ?
何で地面に我が愛刀が?
何で私の……
「あああああ゛っ、腕がっ!!僕の腕がああああああああああああああ゛っ!?」
―――愚者は己の置かれた状況を漸く認識し、発狂と共に倒れ伏した。
この出血量ならば放っておけば時期に死ぬだろう。
運が悪ければ、生き残るかもしれないが……その時のこの男の顔は想像するだけで気持ちが良い。
「ご、ごろさないでぐだざい……。」
助けた女は次は自分であると思い込み、汚物を垂れ流しながらあられもない姿で懇願する。
まぁ、気持ちは分からないわけではない。
なんせここにいるのは魔王軍が一人、そして……魔将が一人であるからね。
「安心しろ、己の心に悪がないのであれば私がお前を殺すことはない。
あの店主も同様にだ」
「……おじさん……良かった」
女は震える恐怖を押しのけ、良き隣人のために安堵の声をあげる。
善き者が残り、悪しき者が滅びる……素晴らしい光景だ。
「だが……貴様も魔族だろう?何故あんな他愛もないオスにひれ伏した?」
「力では……守れないモノも……あるんです」
「戯言だな」
力では守れないモノ?
下らぬ人間どもとの間に不毛な縁を作ったと言う所だろうか?
そして人間どもの世界のルールに縛られ、己が住む世界のルールを忘れた。
私が一歩二歩と女へと歩を進めると、女は慌ててその貧弱な腕で己を庇おうとする。
そして私はその腕をこじ開け、そして……
「ん゛っ!!?」
突然の事に女は成すがままだった。
無様な嗚咽を垂れ流しはするものの、私はお構いなくこの女を貪った。
魔族と言う勝者の力を得たと言うのにその力を捨てて従属を選ぶとは、なんとも愚かな女だ。
ましてこの私に一杯食わせるだけの希少な異技能を持っているにも関わらずだ。
己の心一つで……怒り一つで何にでも世界は変えられたと言うのに……。
まったく……勿体ない。
女が空気を取り込むために藻掻き、立ちふさがる私を慌てて引き剥がす。
女の面は乙女の純情を奪われたなんて軽い物ではなく、ただ困惑で顔を強張らせていた。
「要らなかったのだろう?だから……貰っただけだ」
これからはその力、私が有効活用してやろう。
可能性を私に奪われ、人間になったそれは、私を恨めしく見るわけではなく。
……ただ、解かれた重みに安堵を見出している様にも見えた。
―――さて、やりたいことはヤった
今まで散々見せつけられていた人間ごっこもこれで幕を閉じられ……いや待て。
そうだもう一人、ヤらないといけない大事な奴がいたじゃないか。
それにだ、まずは……。
―――その瞬間、彼女の番は終わった。
そうして、ようやく私の出番になり。
真っ白な空間が私の足元に広がっていた。
そして、顔を上げたその先に……不機嫌な顔で立ち尽くす彼女がいた。




