第89話:崩壊、狂った始まりと、狂った重なり
不機嫌な彼女は私に何かを言おうとして……その口が止まる。
考えながらじっくりと私を観察し、何かに納得すると額のしわを緩めて鼻で笑うのだった。
「なんだ……新人の方か」
新人……新人か。
彼女の存在が、彼女の発する些細な情報が私の存在を揺らしていく。
「……デアクレア?」
「敬称として先輩を付けるべきね、新人」
デアクレア。
プリニアが慕う人物であり、プリニアと同じ魔王の幹部。
いや、いつの間にか乗っ取られ見せれられていた映像によれば、正確には魔将と言う称号らしい。
性格は恐れていた通りに残忍さを含んでいて、人間……特に男に対しては敵意を持っている。
魔族であることに誇りを持っていて……ってサラッと魔族って単語も出てきてたよね。
てか魔族って何?途中にいた酒場のお姉さんとか隠れ魔族的な事言ってたし。
世界観がどんどんクラッシュしていくよ。
「聞きたいことは山ほどあります」
「でしょうね」
「取り敢えず、あんたは男じゃなくて最初から女だから。
確かあの子が昔やってた乙女ゲーで好きだったキャラとかそんなだったじゃないかしら?」
「あ……いや……速攻で一番重要な情報を出すのやめてくださいよ、先輩。
と言うか乙女ゲーでうんぬんとか……そんなうっすい存在なんですか私っ!?」
どんな乙女ゲーだよ。
「安心しなさい、オスと交わってもホモではないから。
ま、男と思っていてヤった時点で変態には変わりないけど」
「受け止めきれてない端からセンシティブな所を責めないでくださいっ!」
私が一喜一憂していた事も、見られて、嘲笑われていたわけだ。
「まどろっこしいのが嫌いなのよ、慣れなさい後輩」
まどろっこしいの一言でそんな重大な事実をポンポン言わないで欲しい。
「先輩、もう少し遠慮と言う言葉を学んでくださりませんか?」
「嫌よ」
「暴君ですね、先輩」
「フフッ……あの子と一緒でグダグダ悩んでじれったいから、あんたの事嫌いだったけど。
こうやって会話してみると案外面白いわね、後輩」
どうやら意図せずこの女帝に好かれたようだ。
まぁ……嫌われるよりは全然ましだが、目の前にいる恐怖は私に安心をもたらしてくれることはないだろう。
と言うか。
「先輩……そろそろ真面目な話をしましょう。
……再確認をさせてください。先輩、そして私と言うのはつまり、その……」
先輩はニヤリと笑うと私の目の前からフッと霧の如く消える。
そして次の瞬間、私の身体を嘗め回す様に絡めてくる体温と共に艶めかしい声で私の耳に絶望を告げる。
「私があの女の初めての妄想で、あんたがその妄想からも逃げ出そうとした新たな妄想よ」
「……多重人格障害」
詰まる所、先輩が例えた通り。
私と先輩はミコトちゃんが自我を維持するために創り出した妄想の産物と言う事で……。
私は物語の主人公などではなかった。
自分を男だと思い込んで、女の感覚に勝手に混乱して、無駄に悩んで。
ただのピエロで、彼女のためには消えゆくべき存在でしかなかったわけだ。
何でいきなり落ち込んでるのかって?
さっきまでのおちゃらけはどこ行ってたかって?
多重人格だって逃避したいことはあるのだ。
……認めたくない事実があるのだ。
確定する事実が、確定した存在が、私の足元を崩してゆく。
そうして力が抜け落ちてゆく身体を、もう一人の私が温かくも残酷に抱き留める。
「どこまで私好みなの?後輩」
「どこまで嫌な人なんですかね……先輩」
先輩はその皮肉を心底楽しそうに聞いて、私に本当に下らない提案をしてくる。
普段の私ならアホずらして気前よく、倫理を語り、持論を述べ、お断りしていた事だろう。
だが今は……私を支える倫理が、哲学が、言葉が、何もかもが……もう何もないのだ。
「ようこそ虚無の世界へ、改めて一緒に絶望しましょう……後輩」
何もかもどうでもよくなっていく私を、先輩はそれはそれは楽しそうに。
冷たい指先と湿った体温で……私の身体を下へ下へと堕としていった。
また大分お休みしましたね、明日やろうは馬鹿野郎状態でした。
めんごめんご。




