第45話:怪闘、現れる才気と、迫りくる絶望
プリニアが一瞬の屈伸動作と共にエリックに飛び掛かる。
着地と同時に横なぎに振るった前足の大鎌がエリックの横を身体すれすれで通り過ぎる。
「一発で終わらせてやろうと思ったのにっ!!」
悔しがるプリニア。
それに対してエリックは……
「残念……かっこよく踏み込んだ割に無様な避けられ方でしたね。
しかし、ただの人間相手にこの程度……魔王様の程度も知れるというものです。」
「お前ぇえええええええええっ!!!」
この上から目線の秀逸な煽りにプリニアの怒りが更に燃え上がる。
まぁ、ほんと……よくも戦いながらスラスラと絶妙な煽り言葉が出てくるよ。
「死ねっ!死ね死ね死ね死ねぇえええええええええええ!!」
煽られたプリニアは怒りのままに何度も大鎌を振るう。
そして、そのすべてをエリックは絶妙なギリギリ具合で避けきり
その度に小声でプリニアに何かを囁いている。
恐らくあれも、何かしらで煽ってるんだろうなぁと……実に嫌な男である。
―――だが
だからこそ……エリックが有利であると言える。
最初の煽りこそ酷いものだったが……酷かったからこそ、プリニアの怒りを引き出せたのだ。
それも、冷静さを欠く程の怒りを。
現にエリックが煽ったことで、プリニアはその最大の武器……蜘蛛の糸を使えていない。
デアクレアと言う自分が心から大切にしていたモノを傷つけられたという事実。
恐らくはそれも、自分より遥かに弱いと思っている人間と言う存在に。
その事実が、本気を出して戦う事を……怒りとプライドによって抑え込まれているのだ。
「いい加減本気を出したらどうですか?
でないと、大好きな魔王様の威厳がどんどん下がっていきますよ?」
……嘘だ。
「黙れぇえええええええええええええええっ!!!」
本気を出せと言うその煽りが、逆にプリニアの自尊心を傷つけ、安易な攻撃を選択させていく。
―――やはり、エリックは凄い。
煽りスキルも勿論だが、本当に凄いのはそうすることが有利な状況を作り出せると判断し。
そして……実行していることだ。
本来は煽りなんて、強者に対しては返って相手に本気を出させる可能性の方が高いのだ。
だが……プリニアは実に子供らしい感性を持ち合わせている。
だからこその、この判断。
そして、分かっていても実際に行動に移せるかは別なのだ。
それも……圧倒的な強者、圧倒的恐怖を持つ者に対しては尚更に。
それでも、その全てをエリックはこなした。
オーガを見て尻もちをつく様な男が……だ。
この彼をあのクソパーティ共が見たらどう思うかな?
いや……そもそも、あいつらなら真っ先に泣き叫んで逃げてそうだ。
と言うか、エリックがCランクの冒険者?……ありえない。
あんなのがCランクだと言うのなら、世も末と言う事だ。
間違いなく……彼は天才以外の何者でもなかった。
―――だがそれでも……今回の相手は最悪すぎた。
この優勢の雰囲気は長くは続かない。
少しづつではあるが……エリックの息が上がっているのだ。
それに対して、プリニアの息は一切乱れていない。
人とモンスターとの圧倒的スタミナの違い。
これこそが、有利であるはずのエリックに、防戦のみを強いている原因だ。
いや、それだけではない。
エリックがわざわざ煽り攻撃に切り替えた理由。
それはつまり……プリニアが糸攻撃に切り替えた時点で、負けが確定すると言う事なのだ。
恐らくは最初のプリニアの糸攻撃を見て、アレを使われたら勝てないと判断したのだろう。
正直、バウンドは反則だ。
そして、この状況を要約するとつまり……。
エリックのスタミナが切れるか、プリニアが糸攻撃に切り替えるかした時点で全てが終わる。
最初からエリックは劣勢でしかなかったのだ。
だからこの状況でエリックに勝ち目はない。
―――そう
エリックだけならば……ね。
エリックが防御しかできないというのならば……『彼以外の誰か』が攻撃を担当すればいい。
今、私たちがやりたいことはプリニアとの正々堂々たる決闘ではない。
プリニアの捕獲なのだ。
だから、卑怯で結構であるし。
―――だから、私はプリニアの注意がそれている『今を』逃さない。
「シャッハ……多蛇大雲。」
私はその愛しい相棒へ、声を抑えて指示を出す。
この状況を打開するための……取って置きの新技をだ。
使える状況が限定的かつ、仕込みに時間もかかるこの新技。
そうそう使う機会はないと思っていたが……こうも早く使う機会が来るとはね。
色々な状況での対処法をシャッハ君に教えておいて良かった。
でなければ、少なくともエリックは死んでいたし、私もどうなっていたかはわからない。
対処法の考案を強く提案したルードには、ほんと……感謝してもしきれない限りだ。
だから後は、技が発動するのに必要な時間を稼ぎきるだ……
―――プリニアの大鎌がエリックの胸部を切り裂く。
エリックの苦痛に歪む顔と共に……プリニアの表情から怒りが消える。
漂う鉄の香りが。
プリニアの満足げな表情と共に攻撃を止める手が。
私の焦りと不安を煽り立ててくる。
「フフッ…♪」
プリニアは完全に元の調子を取り戻していた。
それでも、何事もなかったように剣を構えるエリックが私に安堵を与えてくる。
だが……プリニアの笑顔は揺るがない。
「プリニアは大バカだったわ。こんな挑発に簡単に乗せられちゃうなんて。」
プリニアの言葉に心臓が止まる。
「……もう…ダメそうですね。バレてしまったなら仕方がない。」
カランと虚しい金属音が洞窟に響く。
エリックが……剣を捨てたのだ。
「あら……諦めるのが早いのね。」
プリニアの八本足がご機嫌にうねる。
「冷静になった今のあなたなら、すぐに本気を出してくるのでしょう?」
「まぁ……当然ね。」
「でしたらその時点で、私に勝ち目はないと言う事です。
あの糸は数回程度なら防ぎようがありますが、連続で打たれたらどうしようもありません。」
「それでも……無様な足掻きを見せてくれるのが、あなたの役目でしょう?」
「何ですかそれ……嫌すぎます。」
和気あいあいと物騒な会話を続ける二人。
―――そして……その時が訪れる。
「さて……もう言いたいことはないかしら?
だったら、さっさとあなたを殺してデアクレアと会いたいの。」
「そうですね……。」
「……えぇ、もう大丈夫。エリック君の遺言をもう聞く必要はないわ!」
プリニアが私の方を見る。
「最後はデアクレアを使って足掻くのね……失望し……
「そうじゃないわ、もうあなたの負けなのよ……。
頭上も警戒しといた方がよかったわね、プリニア。」
私のその言葉に、プリニアはようやく状況を理解する。
そして、驚愕に染まるプリニアの視線の先にあったモノは……
―――洞窟の上空を覆う、大量のトイレットペーパーだった。
「……大蛇大雨ッ!!」
その合図と共に、恐怖の雨がプリニアへ……いや、私たちへと降り注いだ。
エリック君呼びを、今後は会話中のみに限定していこうと思います。
大した事ではないですが、一応変更報告をばと言うことで。
あと、ここ最近3日置きの投稿が定着してきました。
モチベも理由にあるのですが、同時進行でエロゲ作ってたりしまして……。
そちらの方も報告する機会があればと思っています。
取り敢えず、3日置きは死守していきたい所存です。




