第44話:大蜘蛛、共鳴する気持ちと、苛立つ足音
体長3mはあるその背丈が私たちを圧倒する。
だが、プリニア自体は多少見た目が変わったものの、そこまでの異様さは持っていない。
問題は、股下からは生えた……体長の8割を占める大蜘蛛だ。
目はなく、ギザギザの口だけが不気味に動く。
そしてその丸い身体から、鈍く光る大きな八本の蜘蛛足を鋭く伸ばし、地面を鳴らす。
オーガ君ほどの野性味を帯びた力強さはないものの。
その大きさと力量の読めない不気味さが……私たちの恐怖心を煽った。
―――額に汗を垂らしながら、エリック君が私に話しかける。
「ミコトさん、出来る限りはやってみますが……準備だけはお願いします。」
オーガの時とは違い、エリック君は勇敢に大蜘蛛と対峙する。
だから……私も怯んでなんていられない。
「……わかった。」
蜘蛛の怪物の片足が地面を乱暴に叩き、洞窟中に甲高い金属音を響かせる。
「何をこそこそ話してるのかなぁ?」
かなり小さな声で話していたのに、よく聞こえる耳だ。
さっきまでの可愛らしさが今は懐かしく、恋しい。
「申し訳ありませんでした、プリニアさん。
……ところでこれは、私との決闘と言うことでよろしいんですよね?」
「お前にプリニアなんて呼ばれる覚えはないけどね……まぁ、そうよ。」
「それなら、安心しました。」
「でもね……。」
プリニアが私の方に笑顔を向け、口をぷくぅ~っと膨らませる。
ピュピュッと小さな音が2回鳴る。
私の前方付近で何か白い小さなボールの様なものが跳ねた。
そして次の瞬間、私の身体が大きな衝撃でかかり、攻撃されたのだと理解する。
私は反応出来ず、宙に浮き、後方へと吹き飛ばされる。
「ミコトさん!!」
私も、この勢いのまま洞窟の壁まで飛ばされて叩きつけられるかもしれないと、そう思った。
だがその予想ははずれ、私はすぐに何か…ふわりとした物に当たり、身体を支えられる。
―――気づけば、私は……
まるで蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶のように、張り付けられていた。
一応はもがいてみるものの、余計絡まり、もがくカエルの様なより無様な格好になる。
ついでに言えば、上着も乱れ、太ももが露わになって何か凄いことになってる。
「デアクレアを操って人質に取られたら、プリニア困るから。
ごめんね、デアクレア。」
私にだけは少しだけ本心を見せるプリニアに、私は何とも憎めない気持ちになる。
だが……まぁ、そうなるよね。
プリニアにとっても私は人質であるわけで……行動を封じるのは当然ことだ。
だから、ここまでの状況は想定内だし。
寧ろ……今ので手の内のいくつかを見ることができたと、そう言っていい。
―――稼働領域は狭いが少しだけ頭を動かし、身体の状態を観察する。
よくよく見れば、お腹にクモ糸のがつけられていた。
いや、糸と言うより……もはや、白い粘液の様な塊だ。
恐らくは、最初に吹っ飛ばされたのもこれが原因で間違いないだろう。
だが……どうして後ろに飛ばされたのだろうか?
口を膨らませた所作を見れば、射出口は頭部にある口。
そして、プリニアの頭部は私の遥か上にある。
つまり……そこから打てば、私は後ろではなくそのまま地面に叩きつけられるはずなのだ。
なのに何故……いや、待て……そういうことか。
私が吹き飛ばされる前に地面を跳ねたボール……つまり、反射か。
プリニアは地面で粘液を反射させ、角度を変えて私を吹っ飛ばした、とそう言う事だ。
つまり、粘液にはゴムボールの様な弾む特性があり、そして……
『粘着性を持たせるタイミングを、プリニアは自由に操れると言う事になる。』
でなければ、地面への着弾時に粘液は地面に張り付いてなければおかしい。
「な、なるほど……その粘液、大分厄介ですね。」
エリック君がまるで私の心を読んだかのように状況を察する。
……顔を真っ赤にさせて、口元を抑えながら。
「エリイイイイイイイイイイイイイイイック!!
何、この状況で私のセクシー状況堪能してるんだよお前っ!?」
「いやだって……。」
「だってじゃねぇよ!?
てか、逆にその状態で戦況の考察できるのがすげぇわ!!」
「ありがとうございます。」
「褒めてないからね!?
あとその言い方だと眼福です、みたいにも聞こえるからな!!」
プリニアが頭の悪いやり取りを聞いて、痺れを切らして口を挟んでくる。
「そうね、人間……このエロさは反則よね。」
「って、お前もかよっ!?」
どうしたのこいつ等っ!?
「あなたも分かりますか……。
程々に乱れた衣服、そしてちらりと見える太ももが……実に官能的です。」
おいエロリック、何で急にガチ語りし始めた?
「でも、勘違いしないで。
これだけエロいのはデアクレアの美貌あってなんだからっ!!」
え……プリニアさん?
「もちろんですよ、ミコトさんあってのこのエロスです。」
「何、私をオカズにエロ談議で盛り上がってんの!?仲良しかっ!!?」
もうほんと、何なの!?
これから決闘する奴らの空気じゃねぇぞ!?
「どうでしょう、プリニアさん。ここはやはり手を取り合って仲良く行きませんか?
同士を傷つけると言うのは悲しい事です。」
な、なるほど……。
一応、和解交渉しようとしてたのね……。
「プリニアも悲しいわ……あなたが人間でなければ、良いお友達になれたのに。」
「そうですか……本当に残念です。」
まぁ、流石にそこまでコミカルに事は運ばないと言う事だね。
正直、この流れで和解しそうにも見えたんだけどね……。
―――二人が向き合い、空気が一変する。
「ミコトさん……動けないですよね?」
顔はプリニアを捉えたまま、エリック君が私へと質問する。
この状況で違和感のあるその質問に……私は意図を考察し、そして汲み取る。
「えぇ、ごめんなさい……私は、動けないわ。」
「……了解です。」
エリック君は顔色を変えず、そう淡々と答えを返してくる。
大丈夫、彼なら今ので察してくれたはずだ。
「最後のお別れの挨拶はそれでいいのぉ?
あっ……そういえば、一人おママ事だったっけ♪」
ほんとにそうだとしたら高度な遊びだな、おいっ。
「おや……嫉妬ですか?」
カンッと前足で地面を叩く甲高い音が鳴る。
「……黙れ。」
エリック君のあからさまな挑発にまんまと乗るプリニア。
まぁ、気持ちはわかる。
「ところでプリニアさん、戦う前に一つ聞きたいのですが……。」
「……何?」
何となく、この先の煽り文句が想像できてしまう私がいたりする。
「デアクレアは……床中で泣き叫ぶ時が一番可愛いって知ってました?」
それが―――戦闘開始の合図だった。
てか…予想以上にえぐい煽り文句言いやがったよ、この男。
エロリックは裏表のある、とても最低な人間ゲス。




