第43話:異形、叶わぬ願いと、遠のく想い
毛糸束の様なふわっとした揉み上げが特徴のぶどう色のゆるふわロング髪。
取り分け胸が強調されて目立つ、凹凸のしっかりした妖艶な肢体。
真っ白い肌をまるで隠せていない薄い黒のドレスがその身体を覆っている。
ここまでならば、20後半のエロチックなお姉さんなわけだが・・・。
―――その女の目に・・・目玉はなかった。
目がある部分にはポッカリと穴が開いている。
そして・・・その真っ暗な暗闇から赤い不気味な光が蠢いていた。
現れた異形に対して驚く私たちを余所に、人ではない何かが口を開く。
「やだぁ~デアクレアったら、怒ってるのぉ?
ちょっと暗くて間違えちゃっただけじゃな~い?怒らないで~♪」
含みのある嫌味にも取れる高圧的な口調に気圧されそうになる。
しかし、『デアクレア』・・・か。
私にはそんな名前を呼ばれる覚えは・・・ない。
だが・・・それを素直に肯定するわけにもいかない。
肯定すれば・・・この女と確実に戦わなければならなくなるからだ。
単純な話、この底知れぬ不気味さがあるコイツとは戦いたくない。
そして実質的な話、初撃の時点で私はこの女の攻撃を避けることはできなかった。
一瞬の感覚で決まる戦闘・・・そういう戦いは、戦闘慣れしてない私には不可能だ。
初撃を読み切ったエリック君ならば、あるいは・・・。
いや・・・そもそも私がお荷物になる時点で、私が人質に取られたら終わりだ。
優しいエリック君に、私を見捨てて戦闘だなんて出来はしないだろう。
―――で、あるならば
「間違えたのは許してあげる。だから・・・さっさと失せてくれない?」
私がデアクレアと言う人間として口裏を合わせる・・・これが最適解。
横目でこっそりとエリック君の方を見て、目を合わせる。
彼も状況は察してくれたようだ。
「・・・えぇ~せっかく久々に会えたのに~。なんで~なんでなんで~?」
女がもじもじさせながら駄々をこね始める。
人外とは言えそれを差し引いても、頬を膨らませてジタバタする姿は中々に可愛い。
もちろん・・・好戦的でなければの話であるが。
「こっちは用事の最中なの。あなたに構ってる暇なんてない。」
「・・・ふ~ん。」
女の目が鋭くなる。
疑われているのかもしれない・・・その不安で嫌な汗が頬を伝って流れ落ちる。
汗の跡の痒みを意識しないようにして焦りを隠す。
「ねぇ、デアクレア。そっちの男の子なに?新しい下僕?」
探るような声色に思わず鼓動が跳ね上がる。
溜まる唾を悟られないようにひっそりと呑込む。
「あなたには関係ないでしょ?いいからさっさと失せてよ。
それとも何?わざと怒らせようとしてるわけ?」
長話をして墓穴を掘りたくはない。
エリック君が気になる?だから何だ。
そんなこと、私たちの知ったことではない。
「・・・。」
女が横に避けて道を空ける。
あれだけお喋りだった女が急に黙りこくったのはちょっと怖いのだが・・・。
まぁ、後は平静を保ちつつ、焦らず、堂々と・・・。
―――通り過ぎようとする私の背後から低い声が響く
「・・・嘘つき。」
「ぐっ・・・!?」
その瞬間、身体の自由が奪われる。
いや、正確には両足を糸で絡めとられ、更に胴体をぐるぐる巻きにされ転ばされる。
「ミコトさんっ!?」
「は~い、動いちゃダメよぉー?」
「やめっ・・・。」
女は倒れた私の背中を踏みつけて、エリック君を牽制する。
「さてっとっ!」
「がっ!?」
女が更に私を蹴飛ばして仰向けにさせ、私の顔をまじまじと見下ろしてくる。
「う~ん・・・おかしいなぁ~。やっぱデアクレアに見える。」
「だから・・・そう言ってる・・・でしょう?」
「でもでも~デアクレアはプリニアの事を『あなた』だなんて呼ばないも~ん。
ちゃんとプリニアって名前で呼んでくれるも~ん。
それに・・・」
フワフワして可愛かったプリニアの表情が凍り付く。
「デアクレアなら・・・私を絶対置いてったりしない。
だから・・・お前は絶対にデアクレアじゃない。」
ドスの利いた声と共に、私の腹をきつく踏みしめる。
「・・・ぐぅっ!?」
「何よりさ~デアクレアの癖に弱すぎなんだよお前。
でも声までそっくりなのなんで?ねぇなんでなんで~?」
「知るか・・・そっちが勝手に勘違いしたんでしょ!!」
「まさかの逆ギレ!?ニセクレアこわ~い♪
でも、んー・・・ん~!?
あ、私わかっちゃった!わかっちゃったぁ~!!」
空気が戦慄する。
「・・・空切断っ!!」
プリニアが歓喜で私から足を外した瞬間。
エリック君の居合がカマイタチとなりプリニアがいる空間を切り裂く。
しかし、プリニアはその攻撃を難なく避けきり、飛びのく。
「いや~ん♪あっぶな~い♪」
「動けますか?ミコトさん。」
エリック君が手際よく私に絡んだ糸を剣で切ってくれる。
「・・・ありがと。」
なんとか、お腹の痛みに耐えて立ち上がる。
最近やたらと腹ばっかり狙われるな・・・ほんと最悪。
「ねぇ・・・無視しないでよ。」
プリニアが一瞬無視したことに腹を立ててくる。
どんだけかまってちゃんだよコイツ・・・。
「それで?・・・何が分かったのか、教えてくれる?」
「え!?んっとね~、えっとね~。
それはデアクレアが~・・・記憶なくなっちゃったってこと!」
ちょっとかまってやっただけで喜ぶプリニアに呆れつつ、突きつけられた情報を精査する。
記憶喪失・・・まぁ、可能性としては十分にある。
何故なら私は・・・知らない身体で転生を果たしていたのだから。
「記憶喪失ね・・・それはまぁ、あるかもしれない。」
「でしょっ!!」
「で、でも、それなら・・・もう私たちが戦う必要はなくなったって事よね?」
「そうっ♪
だからね、デアクレア・・・あなたは大人しくしていて♪」
「・・・ん?」
「私がその男の呪縛から、解放してあげるからっ!!」
あっ・・・ふーん・・・なるほど、そう飛躍するわけかぁ・・・。
エリック君を悪者に仕立て上げれば辻褄が合うと・・・。
「何かごめん、エリック君。」
「いえ、こちらとしては悪くない話です。」
まぁ確かに・・・状況的には悪くないかもしれない。
なんせ、これでプリニアが私を人質に取る可能性は限りなくゼロになったからだ。
つまり・・・エリック君は私を気にせず、十分な実力を発揮して戦うことができる。
「ねぇ、プリニア。
でもそうなると・・・私の言い分はもうあなたには通じないってわけ?」
「そうゆう事になるかなぁ~?」
「でも待って、プリニア。」
「ん~?」
プリニアが可愛らしく首をひねる。
なんかさっきからこの子・・・口調といい、最初の印象に比べて妙に子供っぽいな。
「私が操られてると断定する前に、普通の記憶喪失と言う可能性も探らない?
私もその『デアクレア』って人について知りたいのよ。」
「・・・。」
「デアクレアってどんな人なの?」
「・・・デアクレア?
デアクレアは・・・強くて、かっこよくて!・・・それで!・・・それでっ!!」
おっ、おう・・・。
なんか思ったよりもプリニアちゃん、デアクレアのこと大好きだな、おい。
目を爛々と輝かせながら楽しそうに話し始めるプリニアに拍子抜けさせられる。
まぁもちろん、輝く目などはないのだが。
「それでね!・・・私たちは魔王様に認められた最高の二人で!!」
「・・・え?」
プリニアちゃん・・・今なんつった?
へ?魔王様?
え、何、マジで意味不明なんですけどっ!?
「待って・・・ま、魔王ってそもそも何っ!?」
「魔王様は魔王様よっ!!
私たちを汚い人間どもから救い出してくれた救世主様なんだからっ!!」
「え、何・・・その流れで行くと私って魔王の幹部だったり?」
「そうよっ!!」
「そうよっ!!」じゃねぇよっ!?
ま、魔王の幹部!?私がっ!?
そんな馬鹿n・・・あ、いや待て、狂化病の一件考えると・・・
ああああああああぁぁぁ全然否定できないいいいいいいいいいいいいいぃぃぃ!?
てか何、私その魔王の幹部の身体に転生したとかなんっ!?
え、じゃあ美琴ちゃんは何!?
待てよ・・・・・あっ、わかった!
デアクレアちゃんの身体に私と美琴ちゃんの魂が二つ入ってるとか!
そんなんでしょ!
あるよね、たまにそう言うちょっと癖のあるタイプのなろう設定!
・・・ってっ!!!
じゃあ、美琴ちゃんに8割方の精神を汚染されてる私の存在意義はっ!?
身体は私の物だったから良い分だな、とか思ってた私の心の余裕はどうなるの!?
お前ほんとにいい加減にしろよ神っ!?
おい、いるなら何とか言いやがれよっ!!
おい、神っ!!
神いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?
<少女憤慨中>
・・・ちなみにだが。
隣にいるエリック君と言えば・・・こっちを向いて、目を見開いて大口を開けていた。
うん・・・でしょうねっ!?
魔王についてのこの世界の位置取りは詳しくは知らないけど
少なくとも人間とは敵対してるんでしょうねっ!?
「あの・・・エリック君・・・。」
「だ・・・大丈夫です。取り敢えずは胸にしまっておきます。
話は後でじっくりとさせていただきたい所ですが・・・。」
エリック大先生・・・海よりも広い仏の心の持ち主でほんと助かります。
そして私たちのそんな驚きは無視して、トーンを下げてプリニアが話を続ける。
「でもね・・・魔王様を裏切るって、デアクレアが・・・。」
・・・ほほう?
それはまた・・・デアクレアちゃん中々にハードな環境作り上げてくれちゃってるな・・・。
つまり・・・私、魔王軍の刺客に襲われる可能性があるのね?
・・・。
・・・。
「いいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああっ!!?」
「それでね・・・。」
まだ、これ以上とんでも情報与えてくる気っ!?
やめてっ!!もう私の精神ライフはとっくにマイナスよっ!?
「デアクレアにここで待てって言われて・・・。
プレニアずっと・・・ずっと待ってたのに・・・なのに・・・なのに・・・。」
―――プリニアの瞳なき目から涙が零れる。
その涙が表すのは・・・きっと彼女の純粋な想い。
プリニアと言う人物を私はまだよくわかってない。
だけど・・・その涙が、微かに震える華奢な身体が、私の胸を絞めつける。
少なくともこれまでの会話から、プリニアはデアクレアと一緒に魔王を裏切ったことがわかる。
しかも、救世主とまで慕う魔王をだ。
それほどに、プリニアにとってのデアクレアとは大切な存在なのだろう。
プリニアの最初の含みのある皮肉も、悲しみからの八つ当たりだったのかもしれない。
大好きな人を裏切って、もっと大好きな人についてきたのに、
当のその人はと言えば、綺麗に忘れ去っているわけなのだから。
きっと悲しくて・・・苦しくて・・・。
私は、その気持ちをよく知っている。
私は愛する者に・・・その悲しみを味合わせてしまった事があるから。
私は、デアクレアではない。
それでも・・・プリニアの気持ちを、この胸の痛みが伝える憤りを
そのままにして置くわけにはいかない・・・そう思ったのだ。
「ごめんなさい、プリニア。私は・・・デアクレアではないわ。
でも・・・でもね?
あなたがもしよかったらその・・・私たちと・・・。」
「だからね、デアクレア・・・すぐに・・・開放してあげるからっ!!」
―――それは私の奢りだった。
私の言葉はもう・・・彼女になんて届いていなかったのだ。
デアクレアの話をした時点で私は、彼女の地雷を踏んでしまっていたのだ。
無駄な後悔をしている間にも彼女の狂気は進行する。
プリニアの身体がブクブクと膨張していく。
いや、胴体はそのままに・・・腰だけが膨らみ、そこから鋭い足が幾本も生えだしてくる。
全身は謎の白い皮で覆われ、頭から二つの角が生える。
そして、私たちの背丈の3倍はあるその大きな影が私たちを覆う。
そこに現れたのは、増幅した狂気の化身。
腰にあるもう一つの顔で大口を開ける・・・ヤンデレ化した蜘蛛の怪物だった。




