5、見られていたもの
エミリアたちを見送ったあと、談話室から執務室へ戻ると、執事がそっと近づいてきた。
「法務局より使いの者が」
差し出されたのは、小さな封ではなく、きちんとした短い書面だった。王家の封蝋ではない。だが、扱いとしては私信以上の重さがある。
リディアは封を切った。
中には二行だけ。
昨夜お渡しした要点案について、王家側より高い関心が示されています。
また、昨夜の件を見た方が、あなたと一度お話ししたいと望まれています。
最後に、ごく控えめな追記があった。
昨夜、上段から見ていた方です。
リディアはその一文を二度読んだ。
昨夜、上段から見ていた方。
答えはひとつしかない。
ヘレナ王女。
哀れみでも面白がりでもなく、ただ静かにこちらを見ていた眼差しが、はっきり脳裏に浮かぶ。
目の前で守ったばかりの小さな婚約と、まだ紙の上にあるだけの王女の婚姻。違うはずなのに、同じ綻びが見えた。
どちらも、愛や信頼という綺麗な言葉の陰で、片方だけを無防備にしようとしていた。
昨夜の視線の意味を、今なら少しだけ理解できる気がした。
執事が静かに訊く。
「ご返答はいかがなさいますか」
リディアは少し考え、それから頷いた。
「まだ正式な依頼ではないのでしょう」
「そのようです」
「でしたら、こちらからも正式な返答でなくて結構です。お話を伺う意志があるとだけ、お伝えください」
「かしこまりました」
執事が下がる。
部屋に一人残り、リディアは王女案件の紙へ手を伸ばした。
大きさも重さも、男爵令嬢の婚約とは比べものにならない。だが今日の面談で、むしろ確信したことがある。
小さな婚約も、王女の婚姻も、問われていることは同じだ。
守る条件のない約束は、愛の名を借りて片方の無防備を求める。
だから、条件が要る。
リディアは書面を閉じ、窓の外へ目を向けた。午後の光は少しずつ傾き始めている。昨夜、大広間の上段から自分を見ていた王女は、いったい何を思っていたのだろう。
その答えは、たぶんもう遠くない。




