373.取引材料
「まず現在のセリド家当主、あなたの兄であるディーラと連絡を取り合って杯の件について問い合わせた」
「……正面から回答がありましたか?」
「正面からはなかった」
そこで個室の扉がノックされ、ウェイターがストロベリージュースを持ってくる。
ウェイターはシャレスの顔を知っているのだろう。完璧に無駄のない動作でグラスを置くと、すぐに去っていった。
「しかし私の部下を派遣したところ、激怒された。杯など知らなければ、起こり得ない反応だ」
「そうですね……」
実際のやりとりは知らないが、ディーラは嘘をついている。
なぜなら妹のエミリアがイセルナーレにいて、知り得ることはシャレスやロダンに教えているからだ。
グラスを手に取り、赤のジュースを口に含む。
(あっっま……っ!)
高品質のイチゴを惜しげもなく使い、さらにハチミツも入っている。
なので強烈な甘さだ。
イチゴ味が口の中でアロハダンスを踊っていた。
(……ちょっと甘すぎない……?)
エミリアの心を読んだみたいなロダンが自身のグラスを軽く揺らす。
ロダンのグラスにも同じ赤色のジュースが入っている。
「春の踊りという名前らしい」
「まさしく、という名前ね」
ジュースを飲み込むと、思ったよりも甘さは残らない。かすかに爽やかな酸味が残る――ベリーを混ぜているのか。
「軽食はおいおい、届くようにしている。まぁ、まずは喉を潤わせてくれ」
シャレスは甘さが気にならないようで、ぐいっとまたジュースを飲んだ。
そういえばロダンはエミリアが来てから、グラスに口をつけているが……ジュースはほとんど減っていない。
「ベストなのは交渉で杯を引き出すことだが、難しいやもな」
「強硬手段もあり得ると。しかし、それはリスクが大きすぎるのでは」
ロダンの声色はあまり乗り気ではなかった。
モーガンの遺産を破壊すべきだと思ってはいるが、やり方はある――と。
(私をそこまで巻き込みたくないのかも?)
「ふむ……まぁ、な。まだ時間はある。強硬手段は使いたくはない」
「エミリアは民間人です。どうかそこをお忘れなきよう」
「わかっているとも」
シャレスがさすがに苦笑する。
「そなたの兄のディーラ、突破口はありそうか」
「正直、あまり思い当たりません。お役に立ちたいのですけれど……。セリド公爵家は領地経営にも携わらず、その方面からも妥協は引き出せないものと」
普通の貴族なら金や領地で交渉ができる、と思う。でもセリド公爵家は政府からの代官に実務を丸投げしていた。
資産や領地にこだわっていない。それがセリド家に生まれ育ったエミリアの実感だ。
「その話は省内からも聞いておる。確かに、そのような家は珍しい……」
シャレスが天井に視線を移す。
「セリド公爵家はウォレスの貴族学院では首席常連――調べても魔術以外の関心事は見出だせん」
「その意味において、魔術交流会はよい案であると思います」
「……ふむ。魔術のみに打ち込む貴族か。殊勝ではあるが……」
そこでエミリアはふっと気付いた。杯、それがセリド公爵家が継いだものであるならば。
もしかすると……いや。
ロダンがエミリアの顔を見つめる。
「何か思い付いたのか?」
「……ええ、でも……」
リスクはある。慎重を期さなければいけない。
「シャレス殿は反対されるかもですが」
「私が――? 面白い、どのような案だ?」
「モーガンの遺産を餌に使えば、兄も興味を示すかもしれません」
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