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「邪魔するぞー」
カランという音と共に、ザハが扉を開けた。
そこはお世辞にも広いとはいえない空間だった。
人が三人並べる程度の幅に、奥行きはその倍程度。
ちょっとした小物を扱う露店くらいの狭さの室内には、多種多様な衣類が所狭しと並んでいた。
「…………」
「話した通り、信用できる人だ。スーに危害を加えるなんてことはしないよ」
背後に隠れるスーの頭を、キツバが優しく撫でる。
「おーいナンナさん。いねぇのかー?」
ザハは店の奥にあるカウンターから身を乗り出し、布で遮られた向こうに声をかける。
すると、微かな声と共に規則的に床を叩く音が近づいてきた。
「あら、ザハ君にキツバちゃん!いらっしゃい」
「急で悪いな。ちょっと野暮用でさ」
「…………そういうことね。いつものでいいかしら?」
現れたのは、恰幅の良い女性だった。
丸い顔をくしゃりとさせて笑うと、スーの存在に気づきそう提案した。
(流石に話が早ぇな)
ナンナは元は『フェンリル』に属していた冒険者だったが、片足を失う怪我を理由に数年前に引退。
現在は路地裏に店を構え、主に衣類などの作成と販売を手掛けている。
ザハとキツバは冒険者になりたての頃に世話になった恩人で、数少ない全面的に信頼を寄せる人物でもあった。
ナンナはカウンターから売り場へと移動すると、しゃがみこみスーと目線を合わせた。
「はじめまして。私の名前はナンナっていうの。よかったら、お名前教えてほしいな」
「…………スー、です。よろしくおねがい、します」
「あらいい子ねー!。こちらこそ、よろしくおねがいします」
おずおずと挨拶をするスーに満面の笑みを浮かべると、ナンナは立ち上げりキツバへとこう尋ねた。
「どうする?キツバちゃんが傍にいる?」
「ですね。お願いします」
「んじゃ、俺は本部に行ってくるわ。多分つーか、確実に俺らに依頼が来てるだろうからな」
そう告げたザハだが、実際のところは違う。
(採寸してから服を選ぶんだろうが、俺がいる必要もねぇしな)
こういう場合、男であるザハはいてもできることはない。
なんなら邪魔なので退散した方がいいまであると考えたのだ。
「…………」
すると何故か、スーがザハの足を掴んだ。
それを見たキツバが、はぁと小さくため息をつく。
「本部には私が行く。お前はここで面倒を見てろ」
「はぁ!?いや俺よりお前の方が適任だろ!?」
「私も同じ意見だが、どうやら本人はお前をご指名らしい」
「…………」
気づけばスーは、ザハの足にしがみついていた。
無理やり剥がそうとも思ったが、小さく震える手が全てを物語っていた。
ザハは何かを言おうとするのをこらえると、ガシガシと頭を掻く。
「んじゃ、俺が残るわ。そっちは任せていいか?」
「了解した。では、ナンナさん、後はお願いします」
「あら?二人で残ってもいいんじゃないの?」
ナンナの問いに、キツバは少しだけ視線を伏せる。
「…………いえ。今日はどうしても行かないといけない理由があるので」
その表情で察したのか、ナンナは「そっか」とだけ告げる。
「それじゃ、またいらっしゃい。今度はお茶でも出すからね」
「ありがとうございます。それでは」
小さくお辞儀をすると、キツバは店を後にする。
残されたザハは、しがみついて離さないスーの頭をぐしゃっと撫でた。
「いい加減離れろよ」
「…………いなくならない?」
「ならねぇよ。でも、採寸の時ぐらいは部屋を出るけどな」
「…………さいすん?」
「分かりやすく言えば、体の大きさを調べるんだよ」
どことなく理解できていない様子のスーは、ちらりとナンナの方を見る。
それに気付いたのか、ナンナはにかりと笑みを浮かべた。
「スーちゃんだって女の子だからね!おいそれと裸は見せちゃいけないのさ」
「…………でも、もうみせた」
「……………………はい?」
「おはなしして、ごはんもたべた。へやで、ふたりで」
「おいおいおいおい!やめろその言い方絶対によくない誤解を生むから!!」
もはや悪意しかない言い方に、朗らかな顔しか知らないナンナの顔が曇る。
やがて事態を理解すると、みるみる憤怒の表情へと変化していった。
「ザハ君、あなたまさか!」
「ちげぇよ!なんでどいつもこいつもそっちに話を進めんだ!言っとくが俺は背の高くて胸のある女性が好みなんだよ!こんなガキに欲情なんてするか!」
「…………みぐるみ、はいだくせに」
「スーはスーでなんでそんな言葉だけは知ってんだ!?いやだから違うんだってナンナさん!やめてくれ魔術の詠唱は開始しないでくれ──────!!」
直後、打ち上げ花火のように上空へと飛翔する魔術が観測されることになるのだが。
その原因を、キツバ以外は知る由もないのだった。