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──────次の日。
「リベンジするぞ」
体中を包帯でグルグル巻きにして姿を見せたテグラは、彼よりも軽傷なザハとヴァ―イにそう提案した。
「なんで?」
「なんでってお前…………ムカつくからに決まってるだろ」
「きっかけは俺たちだ。責める道理はないと思うが?」
ヴァ―イは槍の穂先を磨きながら、興味無さそうにそう返事をした。
場所は路地裏。
普段からザハとヴァ―イが訓練の場所として勝手に使ってる場所で、基本的に人が通ることはない。
だからなのか、我が物顔で現れたテグラにヴァ―イは一定の不快感を示していた。
「それに、カルテラさんは『フェンリル』の副隊長。これで済んだだけ感謝するべきだと思うがな」
「なんだお前、負けても悔しくないとか本当に冒険者かよ?」
「意味が分からないな。元はと言えば、お前が先に仕掛けてきたが故の結果だ。やるなら今、ここで白黒はっきりさせようか?」
「おういいぜ。上等じゃねぇか」
売り言葉に買い言葉というべきか。
テグラとヴァ―イは会って二日目ながらに、険悪な関係を築いていた。
「つかよ。お前はどうなんだ?」
「あ?」
思わぬ問いに驚くザハに向けて、テグラは煽るように口を歪ませた。
「他人事みたいなツラしてるがよ、テメぇもボコボコにされたんだ。傍観者気取ってんじゃねぇぞ、おい」
「…………」
まるでチンピラのようだと嘆息したザハは。
「言っとくが、最後まで立ってたのは俺だ」
「…………は?」
「呆気なくボコられたテメぇと違って、俺とヴァ―イはそれなりに粘ったし、攻撃だって当てた。何もできねぇで寝てた野郎が偉そうに煽るなよ、カッコ悪い」
事実、この三人の中で最も重症だったのはテグラだ。
その一方でザハとヴァ―イは軽傷こそ負うものの意識を保つことができたし、カルテラの攻撃だって回避することができていた。
「同感だな」
ヴァ―イの短い一言が、この状況の全てを物語っていた。
するとテグラは、わなわなと震えながらもザハを指出し叫ぶ。
「上等じゃねぇか!だったら今ここで、俺とタイマンしやがれ」
「やだ」
「あぁ!?なんでだ!!」
「だって、意味ねぇし」
ザハは数日前に手に入れたばかりの、正体不明の遺物の手入れに勤しんでいた。
ヴァ―イとの手合わせも、カルテラとのちょっとした喧嘩も、全てはこの遺物の扱いを覚えるため。
のちにS級の評価を受ける遺物に慣れることが、ザハにとってはなによりも重要だった。
「負けっぱなしでいいのかよ?」
「負けるも何も、まだ勝った事すらねぇしなぁ。今更言われても、なぁ?」
「そこまで暇じゃない」
ヴァ―イもヴァ―イで、最近になって槍の訓練を始めたばかり。
魔術師として魔術のみで戦うのではなく、得物を交えて戦うための訓練を開始したばかりだった。
「言っとくが、お前も俺も、『フェンリル』じゃマジで下っ端だ。ぶっちゃけいるだけ邪魔だし、いない方が都合がいいまである」
「なに、を…………」
「それでも連れてってくれるなら、せめて足を引っ張らないレベルまで鍛えなきゃダメだろ。そのためにも、お前の鬱憤晴らしに付き合う暇はない。それだけ」
憤慨し息巻くテグラを突き放すように、ザハは見もせずにテグラにそう言い切った。
そして何も言えないテグラを押しのけ、ヴァ―イがザハに言う。
「やるぞ。次の探索は明後日だ」
「おう。つか、お前も行くんだから安静にしてろよ」
二人はそれだけ言うと、テグラから距離を取ってから互いに武器を構えた。
(んだよ、それはよ…………)
テグラは、『闇夜の牛』でB級に属する冒険者だ。
数こそ多くないものの、それなりの結果は残していたし、若いからか天才などと呼ばれもしていた。
そしてスカウトを受けて、格式高い『フェンリル』へと移籍してきた。
活躍できる自信は、昨日までは間違いなくあったのだ。
(俺が、実力不足だと…………!?)
血が滲みそうなほどに強く手を握りしめ、テグラは唇を強く嚙み締めた。
覆らない現実と揺らぎ続ける自信が己の内側で相反しあい、まるで汚物のような吐き気が腹の底から溢れそうになる。
「悔しそうですね」
「──────ッ!?」
隣にいたのは、柔和な笑みを浮かべる女性。
少し短い茶色の髪を後ろでまとめ、緑のジャケットを羽織った、どこか花園を連想する雰囲気を放つ人物。
名前を、カルテラ。
チーム『フェンリル』の副隊長にして、現S級冒険者。
そして。
人伝いにテグラを勧誘した張本人でもある。
「負けて悔しい、だからリベンジしたい。それ自体は全く間違っていません」
カルテラはふわりと笑みを浮かべながら、身動きの取れないテグラに語り掛ける。
「ですが、私たちは傭兵ではなく冒険者。人を倒す技術を軽視する必要はありませんが、重きを置く必要もない。ここでは、冒険者は助け合う知性を持つ者が冒険者になれますから」
「…………、」
「叫ばないように。彼らの邪魔をしたくないのです」
指先すら動かせないテグラは、なんとか意志を伝えんと無理やり口を開こうとする。
するとそれを、テグラが人差し指で遮った。
「大きな力に、力で挑むのは無謀です。弱く脆く醜く情けない凡人であれば、抗うよりも従う方がずっと効率がいい」
カルテラはそう言うと、目に見えない薄い布を畳んだような奇妙な気配を発した。
「やはり、筋がいいですね」
「…………どうも」
抵抗する気力すらない。
近づく気配に気づけず、抵抗どころか反応すらできず、反撃するどころか助けられた。
いくら若く未熟なテグラとて、ここまでの醜態を晒してまで抗う精神は持ち合わせていなかった。
「明日、貴方を含め、総員で『連れなる社』に挑みます」
それはギルド『明星の狼』が管理するダンジョンであり、街の足元に広がる巨大な建造物の名前だ。
告げたカルテラの凪いだ口調に、思わずテグラは息を呑む。
「行けば分かりますよ。貴方がどうして、私たちの率いる『フェンリル』に呼ばれたのか」
そう告げた直後、カルテラの姿はどこにもいなかった。
まるで狐につまされたような心地のなか、テグラは激しい剣戟を前に思わず眩暈がするのだった。




