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「てな感じで、これから行くところは既に行ったことがある。だからそんなに緊張しなくて平気ってわけだ」
ザハはそんな昔話を聞かせつつ、一気に島の中央へと向かっていた。
実際、あの探索では七か所目までサンプルの回収に成功し。
その間に襲撃にあった魔獣十三体の詳細なデータを対価に説得し、それどころか金銭まで回収するまでしていた。
(絶対、シスネさん怒っただろうなぁ…………)
シスネの性格的に「こんな金額も払えないのか?」と煽れば確実に払うだろうが。
翌日には自らの振る舞いを反省し大暴れするまでが恒例行事になりつつある。
「すー、なんでへいき?」
やはりスーには難しかったのか、興味の矛先は自らの服に向いていた。
恐らくはマイナス四十度の極寒、という単語に反応しているのだろう。
ザハはそう判断すると、簡潔にこう伝えた。
「ナンナさんが、おまえのために色々してるのさ」
「いろいろって?」
「それはまぁ、色々だ」
防寒、耐熱、防弾、耐震、防音、耐衝撃、防塵、耐魔術。
下手すれば一軒家が買える金額の魔術陣を、動物を模した服の、更に下の衣類に刺繡として縫い込んである。
無論、動物を模した服にも同程度の魔術を施しているが、あくまでそちらは使い捨て。
本命は、見えない位置にある幾何学的な模様の、魔術陣の方だ。
(オレが本気で攻撃するどころか、ラフェールのババァですら貫通できない特注品。数年がかりで制作する上に常に一定量の魔力を込めないといけないから、ごく一部の人間しかできないって話だが)
それがどうしてスーのインナーに仕込んであるのかは、実はザハは知らない。
餞別なのか、もしくは単に都合が良かったからか。
どちらにしても、連れまわすことになった以上は有難いという言葉以外で言い表すことはできない。
「…………っと、もう『切り替わる』のか」
「きりかわる?」
「見てろよ」
ザハは地面を勢いよく踏み込んで後退すると、背丈の高い木々の上に着地した。
背負っていたスーを肩車すると、襲ってきた魔獣を数匹吹き飛ばしてから、笑みを浮かべた。
「これが『果てなき骸』名物、島鳴りだ」
島は一つの、巨大な岩石のような形状をしている。
だが実際は、いくつもの小さな島が互いに移動しながらぶつかり合うことで、繋がっているように見えるのだ。
当然、動く島が互いに進路を譲ることはない。
するとどうなるか。
「わっ」
片方の島が、粉々に砕けるのだ。
「どうしてか島同士は地面が平らになるようにくっつきたがるんで、ぶつかり合った島はどっちかが砕けるんだ。当然、砕けた方は跡形もなく消えるがな」
その衝撃は静観するザハらにも届くほどであり、勢いに圧倒されているのかスーは無意識にザハの頭を強く掴んでいた。
砕かれた島には、生物も植物もいる。
それらは入念に、しつこいとうんざりするほど丁寧に、一つ一つが小さな破片となって空から落ちていく。
「あの破片だけでも相当な値段になるんだが。今回は行かない方がいいな」
「どうして?」
「ありゃ、既に終わってる島だ。回収しても価値はねぇのさ」
かつての地質調査で分かったことは二つ。
一つは、島そのものは異なる地質が出鱈目に混ざっており、そもそも浮いている原理がまるで分からないということ。
そしてもう一つが、島は体積を増やすために常に成長し続けているということ。
成長するということは、必然的に終わりの時も来る。
そうして『果てなき骸』は、長い年月をかけて今の地形を形成したのだ。
「ま、俺らには関係ねぇ話だ。それよりも」
「やっぱりいた」
女性の声に、スーはピクンと反応し、ザハは愉快そうに笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、アリア。研究は順調か?」
「今のところは、割といい感じかな」
彼女の名前はアリア・シュヴァンリエル。
ギルド『晨明の羊』に属する冒険者で、専門は魔獣の生態調査。
階級こそまだA級だが、今ここにいるということはすぐにでもS級に昇格するであろう、実力確かな冒険者である。
アリアは袖で顔の汗を拭うと、肩車されてる少女を見て、一言。
「…………ザハ君って、そういう趣味なの?」
「ちげぇよ、なんでどいつもこいつも同じ方向にしか考えられないんだ」
「すーです。よろしくおねがいします」
スーはするりとザハの肩から降りると、ぺこんとお辞儀をした。
それを見たアリアもまた「よろしくね」と伝え、真似をするように深く頭を下げる。
「それで、いきなりどうしたの?風の噂で『ヴィシュヌ』と揉めたって聞いたけど」
「よく知ってんな」
「そりゃ、シスネさんが荒れてたからね」
うんざりするような仕草で肩を竦めたアリアに対し、ザハは静かのその絵面を想像してしまい、全身に悪寒が走った。
「あの人、最近はずっとあんな感じなの。ナシェちゃんが来て、絵をくれた時は機嫌を直してくれたんだけど…………」
「どーせ、こっちのもめ事について調べてんだろ」
「ま、そうでしょうね」
シスネは冒険者の中では極めて異端で、競争よりも協力を第一に考えている。
だからか、他のギルド内のゴタゴタを耳にすると、なんでか知らないが苛立ちを露わにするのだ。
「調べる割に首は突っ込まないから。あの人」
「ストレス溜めてるだけなんだよなぁ」
アリアとてザハと同じ意見なのだが、それを伝えたところで今更変わるわけでもない。
それが分かっているからこそ、アリアはダンジョンに引き籠っているのだ。
「俺らはそのナシェを探しててな。最後に訪れたのがここだって聞いたんだが」
「悪いけど、もう去ったわよ」
「だろうな。島が平和過ぎる時点で察したわ」
ならなんで、と尋ねようとするアリアに対し、ザハは僅かに顔を上げて告げる。
「狙われてるな」
「上?」
「来るぜ!」
警告の後、二人が立っていた位置に大きな穴が開く。
まるでアイスピックで開けたような穴に、スーは思わず口をポカンと開けていた。
「任せていいか?」
「もちろんよ」
ザハは素早くスーを回収すると、即座に後方に離脱。
残ったアリアは、ふぅと小さく息を吐き。
「──────っし!!」
地面から飛び出てきた二匹の魔獣を、ほぼ同時に裏拳で捉えて見せた。
魔獣の名前を、ツラヌキウオ。
ダツという魚のように鋭く尖った口を武器に、超速で移動し攻撃してくる魔獣である。
因みに、名前をつけたのはアリア本人。
その生態も弱点も、アリアは誰よりも知っていた。
(やっぱすげぇな)
それを少し離れた森の奥で眺めていたザハは、小さく感嘆し口元を手で覆う。
(『奮起』の権能に加え、あのメツバの姉だ。今回みたいな状況で、味方にできるなら一番頼もしいんだがなぁ)
それが叶わないことを既に悟っているザハは、事態を呑み込めていないスーの頭を軽く撫でると。
「行くぞ、ちゃんとお礼を言わないとな」
スーを地面に降ろし、そう促しながらアリアの元に向かうのだった。




