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ザハとスーがナンナの店を後にした頃。
「すまない。待たせたな」
キツバはギルド本部に到着すると、併設されたレストランの一席に腰をかけた。
「ずいぶんと遅かったですね」
「呼ばれたから待ってたのに、何してたんですか?」
そこにいたのは二組の男女だった。
ニヤハとアヤナ。
共に『明星の狼』に属する冒険者であり、今はキツバと同じチームに在籍している。
夕暮れ前でも、レストランは人でごった返していた。
基本的にダンジョンに挑むのに地上での時間は気にしない。
出発前か、もしくは帰還後か。
殆どの冒険者がここで腹ごしらえをするのが、ここでの常識になりつつあった。
「それで、要件ってなんですか?できることなら早急に立ち去りたいんですけど」
自然な動作で半腰に構えるニヤハを見て、キツバは愉快そうに笑う。
「どうしたニヤハ?なにか用事でも思い出したか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。ただ、その」
「なに?地上で怖気づくとか、いよいよ人として終わってない?」
「び、ビビッてなんかいませんよ!?ですけど、ただですね!」
コップの縁を指で遊ばせながら、挙動不審なニヤハをアヤナが睨む。
殊更、レストランで騒ぐことを咎める者はいない。
昼夜問わず酒類の提供をしている都合上、どの時間帯でもレストランは賑やかだからだ。
だから。
「随分と楽しそうだな」
彼の一声に、レストランは息を殺した。
「久しぶりだな、ヴァ―イ」
慌てて立ち上がるアヤナとニヤハを他所に、キツバが彼へと笑みを向けた。
「貴様のとこの隊長はどうした?またいつもの人助けか?」
「まぁそんなところだ。話なら私が」
「くだらん」
手で反対側の椅子を示そうとしたキツバを、ヴァ―イが一言で切り捨てた。
「あの男に伝えろ。その無価値なこだわりは捨てろとな」
「ちょっとなに?アンタ舐めてるの?」
立ち去ろうとするヴァ―イを、アヤナが呼び止めた。
「私たちは『フェンリル』よ。悪いけど、アンタたち『ヴィシュヌ』とは格が違う。むしろ、キツバさんが席についていることに感謝すべきじゃないの?」
チーム『ヴィシュヌ』。
それはザハが『フェンリル』の隊長に任命された際、離別し設立された組織だった。
人数は、およそ百ほど。
その半数以上が『フェンリル』に属していた経歴を持っている。
対する『フェンリル』の構成員は、約三十近く。
数だけで見れば『ヴィシュヌ』の方が遥かに多いが、『フェンリル』はギルドの直属の組織である。
ただの冒険者の集まりでしかない『ヴィシュヌ』とは、そもそもの立場があまりに異なることに加え、ここは『フェンリル』の本拠地でもある。
どちらが上なのかは、言うまでもない。
「…………」
「なに?やる気?」
ヴァ―イとアヤナの間に割って入ったのは、シルラという女性だった。
既に少女の時が終わりつつある彼女は、すれ違えば見惚れるほどの美貌を備えていた。
その彼女はまるで親の仇のようにアヤナを睨みつけると、ゴキリと指の関節を鳴らした。
「やめろシルラ。手を出すな」
「…………」
その声にシルラは頷き、彼の背後へと下がる。
数にして二十もの人が彼の後ろに控えており、皆同じくキツバらを睨みつけていた。
一触即発。
その空気を壊すように、キツバが小さく鼻で嗤う。
「流石は群れからはぐれた狼だ。おすわりもできないか」
まるで挑発するような言い方に、彼の部下が怒号を飛ばす。
それをヴァ―イが右手を挙げて鎮めると、こう宣言した。
「『可惜の鴉』と関係のある、魔眼を持つ少女を保護したと聞いたが。正しいか?」
(耳が早いな。どこでその情報を仕入れた?)
スーの話は、まだアヤナとニヤハにすら伝えていない。
しかも『可惜の鴉』の情報に至っては、あの部屋を覗かない限り知る由もない話のはずだ。
それを知っている。
キツバは僅かに生まれた動揺を顔に出すことなく、こう尋ねる。
「さてな。いつものように子供を保護したのは知っているが、『可惜の鴉』との関係は初めて聞いた」
「そうか。なら話は早い」
ガタンと音を鳴らし、ヴァ―イが椅子に腰かける。
「少女を寄越せ」
「理由は?」
「あれは本来俺らのものだ。行方を晦ませ、どこにいるのかと思っていたが、よもやあの男に拾われるとはな」
「もの、ね…………」
肌が斬れたと錯覚するほどの殺気に、隣にいたニヤハが泡を吹いて倒れている。
それを一瞥したヴァ―イは、鬱陶しそうに舌打ちをした。
「くだらん。この男も、そこの女も。お前もアイツも全員がくだらん。これがあの『フェンリル』の現状とは、情けなさ過ぎて過去の自分を殺したくなる」
「断る、と言ったら?」
「安心しろ。気持ちが変わるまでゆっくりと話をしてやる」
メキリと。
机の下に隠れるヴァ―イの手が、ゆっくりと握られていた。
キツバは一つ嘆息すると、呆れた様子でこう告げた。
「断る。お前の言い分を聞いてあげる理由がない」
「生憎と、そちらの意見は聞いていない」
「随分な思い上がりだなヴァ―イ。泣いて謝られても困るだけだぞ?」
「たかが精霊使いが一人、臆する必要があるか?」
メキメキメキメキメキメキメキッッッ!!
近くに置いてある木製の道具が音を鳴らしてひび割れ、建物の床にも大きな亀裂が走る。
二人は互いに目を逸らさずにじっと見つめ合うと、そこでふっと笑みを溢した。
「まぁ、こうなるだろうな」
「同感だ」
それだけ告げると、ヴァ―イは立ち上げりレストランを後にしてしまう。
その刹那、キツバはシルラと一瞬だけ目があった。
(……………………変わらないか)
殺気なんて生温いような、背筋が凍るほどの怨讐の念。
まるで時間が止まったかのように、シルラの目だけはあの時のままだった。
「ちょっとキツバさん!アイツら行かせていいんですか?」
「どのみち、私とアヤナでは荷が重い。今は好きにさせればいい」
どこか空回りしているアヤナを見て、キツバはテーブルの端に置かれたコップに手を伸ばす。
砕けたガラスは、決して元に戻らない。
あの時、私たちが立たされていた状況に、少しでも気づくことができていたのなら。
私たちはきっと、仲たがいをすることもなかったのだろう。
そんな哀愁が胸を掠めると、キツバは微睡むように目尻を細めた。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。それよりも、ニヤハを起こしてくれるか?これから少しだけ、重要な話をしないといけないからな」
白目を向いて痙攣するニヤハを見て、キツバはアヤナにそう頼む。
アヤナは訝しげにキツバの顔を見ていたが、呑気にひっくり返っているニヤハに苛立ちを覚え、いつもよりも少しだけ強く蹴りを入れるのだった。




