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第五話 デート

『デートをしましょう』


 放課後、恋愛相談部(文芸部)に集合したわたしと西園寺さん――もといゆめちゃんは、ばっちり女装した昴くんと向かい合う形で長机に座っていた。とん、と静かに置かれたホワイトボードに書かれた文言に対し、真っ先に反応したのはやはりゆめちゃんだ。


「はぁ? デート? 何言ってるの、あんた」

「でも西園寺さん、確かにデートできれば、絶対距離は縮まるよ?」

「千草もバカなんじゃないの? そんなの、恋人になってからするもんでしょ!」

「えぇ……?」


 一瞬、照れ隠しか何かかと思ったが、ゆめちゃんはいたって真面目に言っていた。キスすると子供ができちゃうとか、何かそういう次元のものを感じる。小学生かな?

 昴くんは眉間にうっすらしわを寄せ、ため息をつくと――女装していても、そこは普段の昴くんらしかった――ホワイトボードの書かれた字を書き直す。


『西園寺さんの言いたいことはわかります』

「言いたいことも何も、デートできる仲だったら困っていないって言ってんでしょ」

『ええ、だから』


 昴くんはくるりとホワイトボードを回すと、キュッキュと長々書きつけ。


『幼馴染という間柄で、今まで照れ隠しにキツく当たってしまうこともあった。北向賢人は鈍いやつだから、きっとそんなことには気づいていないけれど。自分が彼を好きなことに気づいてからは、それこそキツく当たるばっかりで遊びに誘うこともできなくなって。そんな中、急にデートに誘うなんて虫のいい話、恥ずかしいしあっていいはずがない。そういうことですよね?』

「全部書くんじゃないわよ!!!」


 顔を真っ赤にしたゆめちゃんがホワイトボードをひったくる。しかし悲しいかな。全部書ききってからボードを見せたものだから、ゆめちゃんの妨害虚しく、わたしはその全文を読めてしまって――


「見てないわね、千草」

「えっ」

「見て、ないわよね」

「はい。みてないです」


 読めてしまっているわけがない。頭の中に残っているあの文字列はきっと、文字化けしたことによって生まれた奇跡の文章。本来の内容は違うのだ。ホワイトボードに文字化けなんてあるのかは置いといて。あと、

 ゆめちゃん手持ちのティッシュで、すっかり真っ白に生まれ直したホワイトボードが、昴くんの手元に返還される。彼はそこに、もう一度提案を書き直した。


『彼と、遊びに出かけましょう』

「なんだ。そんなこと。最初からそう言えばいいのよ」


 なんにも変わってないよ。


 ◇◆◇


 そして翌日。ゆめちゃんは教室から呼び出した北向くんを、キツく睨んで言いつける。


「賢人、水族館に行くわよ」

「いいけど、ずいぶん急だね」


 時はまた、昼休み。昨日、暴走してへこんで立ち直って、次にこれ。そのあふれ出る行動力はやっぱりすごいと思うんだけど、だったら早く告白しちゃえばいいのに。

 思ってから、その言葉がほかでもない自分自身に特攻効果を持つブーメランだと気づく。危なかった……。


「何よ、文句あるの?」


 とはいえ、半分ゆめちゃんの様子はヤケクソ気味だ。デートに誘っているはずなのに、周りの目線は「北向のやつ、またいびられてるぜ」という感じ。北向くんをパシリに使おうとしている女ヤンキーである。

 それでも、デートの誘いはデートの誘いなのだ。彼女のぶっきらぼうさは、全てその気恥ずかしさと不安感の裏返しなのである。それこそ、わたしがまたも拉致されてきてここにいるのだって。

 頑張れゆめちゃん。ここを乗り切れば、昴くんが必勝デートプランを用意してくれるんだから!


「別に、文句があるわけじゃないよ。でもほら、ゆめが遊びに誘ってくれるのって久しぶりだから、驚いてさ」

「じゃあ、行くわよね。あんた昨日、アタシを怒らせてるんだし」

「もちろん。行くのはいつとか、決まってるの?」

「来週の週末。どうせ予定ないでしょ」

「たしかに。ちょうど日曜なら部活もないよ」

「じゃあ、決まりね」


 わたしは心の中でガッツポーズを作る。ここまでは順調だ。なんなら、北向くんの部活予定(テニス部)は当然のように昴くんが把握していたので、予定調和とすら言える。

 顔のにやけが抑えられなかったのか、ふいっと北向くんから目をそらしたゆめちゃんが、「どうよ」という顔をしているので、わたしは「やったね」とうなずきを返した。

 けれども、まだ安心できるわけではなくて。勝負はここから始まると言っても過言ではないのだ。

 ゆめちゃんと北向くんが、具体的な場所や何やの話を始めたころ。その対戦相手が、しずしずと教室の中から現れた。


「あら、北向くん。もしかして、とても楽しそうな話をしていました?」

「あ、小東さん。ごめんね、待たせちゃって」

「ふふっ。そんな、お気遣いいただかなくて大丈夫ですよ」


 隣でゆめちゃんが「あぁん?」という顔をするが、手振りで抑える。

 口元を抑えて笑う、小動物系おしとやか美少女、小東ここねさん。ブラウスのボタンをきっちり上まで閉めた彼女には、そろそろ季節外れな学校指定のベストが良く似合っている。今日も今日とて北向くんと一緒に昼食を食べていた小東さん。だから、別に北向くんの「待たせちゃって」という言葉に他意はないのである。多分。


「それで、何の話をされていたんですか?」

「あぁ、ゆめが水族館に行こうって誘ってくれてさ。その話をしてたんだ」

「まぁ。それは楽しそうですね」


 小東さんはぽんと手を打って、表情を輝かせる。かわいい。

 しかしその実態は、他人の会話にとんでもない勢いで割り込んでくる、恋愛ブルドーザーである。ゆめちゃんとも顔見知り程度で、なんならわたしとは面識ゼロの中、会話に割り込んでくるだけですごいのに、北向くんとの水族館トークに花を咲かせる小東さんは、見事に会話のパスをこちらに回す気がない。木村君はこんな疎外感の中で最近の昼休みを過ごしているのかと、ちょっと感心したりしつつも。


「だよね! ゆらゆら泳いでるお魚さんを見てると、なんだか癒されるよね!」


 なんとかわたしが割り込んで、主導権争いに加わるしかなかった。


「――そうですね。試験が終わった後に行ったりすると、すっと疲れが抜ける気がします」


 なぜなら、小東さんはこのままなし崩し的に、デートにくっついてくる気だろうと、昨日に昴くんが予報しているから。


「ああして昼食時に廊下で話している時、小東ここねは聞き耳を立てている。あからさまではないがな。今回の調査で、小東ここねの警戒心の高さが確認できた。だから、また昼食時を狙ってアクションを起こし、それで逢引の約束までしようものなら、小東ここねは確実に妨害を企てる」


 北向くんを誘う段取りが済んで、ゆめちゃんが部室を後にした後のことだから、これはわたしだけが教えてもらった、秘密の予言。

 ちょっと疑ったりもしたけれど、やけに水族館好きキャラを強調している小東さんを見ていると、真実だと信じられる。


「そういえば」


 小東さんは、会話に参戦してきたわたしを、そこでようやく認識したらしい。


「そちらの方は初めましてですね。私、小東ここねといいます。あなたは?」

「唐梅千草っていうの。よろしくね」


 にこにこしたたれ目が一瞬冷たくなって、わたしを見定めるような視線。

 緊張に唾をのむ。昴くんの予想通りに事が進んだということは、わたしはその筋書きに合うように話を運ぶ必要がある。ゆめちゃんにここは任せてと目くばせをしつつ、わたしは慎重に口を開いた。


「やっぱりいいよね、水族館。小東さんはよくいってるの?」

「……」

「小東さん?」

「あぁ、いえ。最近はめっきりですね。北向くんが羨ましいです」

「あ、そうなんだ。そしたら……って言いたいけど」


 遠回しに誘ってほしいと投げかける小東さんに、北向くんは言葉を濁す。そして、そのままゆめちゃんをちらっと見て、彼は言葉をつづけた。


「久しぶりにゆめと遊べるし、なんだか昨日怒らせちゃったみたいだから。今回は埋め合わせに、二人で行きたいかな。みんなで楽しくも、いいんだけどね」

「そう、ですか」


 落ち込んだ様子の小東さんに対して、ゆめちゃんは「何よ」とふてくされて呟く。そこで素直に喜んで見せれば可愛いのに、もったいないのだけど。

 小東さんは勝負を急ぎ過ぎたのだ。敵かと思っていたわたしが、逆に彼女の望む話の流れを作ったものだから、「なんだ、敵じゃなかったのか」という安心感のもと、もう少し時間をかけて切り出すべき話題を先出ししてしまったのだ。以上、昴くんの予言第二節。


「なるほど。そういうことだったんですね。私、お邪魔虫になるところでした!」


 そしてここからが、第三節なのだ。


「ちょ、ちょっと! どういう意味よそれ!」


 小東さんの明るい調子の声ははっきりと周囲に聞こえる音量で、ちょっと浮かれていたゆめちゃんがオーバーに反応してしまう。当然、「なんだなんだ」と注目が集まる中。


「あら?」


 すっかりとぼけた様子の小東さん。


「私てっきり、デートにお邪魔してしまうところだったのかと。お二人は付き合ってらっしゃらないのですか?」


 その一言で、一気にクラスが色めき立った。

 何せ、いつも不機嫌に北向くんをどやしつけるゆめちゃんと、それを優しく受け止める北向くんだ。見方を変えれば、強権を発動させる鬼嫁と、尻に敷かれるヤワな夫の図。そんな二人が、ついにデートに出かけるのだから。

「ほら見ろ、付き合ってたじゃないか」「そんなわけないでしょ。聞き間違いよ!」「でも、お似合いだよねー」という声が上がり、空気は完全にはやし立てるものになる。

 そして、ここで行動を起こせる北向くんではないから、必然的に噴火する人間は決まってくる。


「うっさいわね! 付き合ってるなんて、そんなわけないでしょ?!」


 あぁ、そうなりますよねー。

 はぁはぁと、肩で息をするゆめちゃんは、それだけ全力で否定してしまったということだ。ハッとした表情を見せるも、もう取り返しはつかないと悟ったのか、勝気な表情を張り付けて追い打ちをかける。


「だれがこんなけんちん汁と付き合うっていうのよ? 水族館に誘ったのは、そう、カップルが多い中に一人で行くのもやだし、大きいぬいぐるみを買って帰りたかったから、荷物持ちよ!」


 そこまで言い切ってしまえば、誰も反論はできない。またいつも通りかと興味が離れていく中で、小東さんだけがふんわりとほほ笑んでいる。


「でしたら、人は多い方がいいですよね」

「あぁ、もう……! 来たかったら勝手にすれば?」

「いいの、ゆめ?」

「いいの!」


 気遣わし気な北向くんににべもなく返事を叩きつけると、ゆめちゃんはさっさと歩いて行ってしまう。残されたのはわたしと北向くんと小東さんの三人で、ゆめちゃんの背中を見送ると、小東さんが口を開く。


「それでは、私たちもお昼に戻りますか?」

「あぁ、うん。そうだね」


 そしてそのまま北向くんを連れていかれそうになって、わたしは慌てて呼び止めた。


「北向くん! そしたらわたしも、一緒に水族館に行っていいかな?」

「別にいいけど、ゆめにも聞いてみてよ」

「うん。じゃあそうするね」


 疲れた感じで答える北向くん。彼は返事をした後で、申し訳なさそうにわたしに言う。


「ごめん、いっつもゆめのこと怒らせちゃって」


 その、理由が本当にわかっていなさそうなところは、流石に鈍感すぎないかと思うけれど。逆に、そのくらいのほほんとした感じだから、ゆめちゃんの噴火にも耐えられるのかもしれないとも思ったり。わたしは言いたいことをぐっとこらえて、「気にしないで」と返事をした。

 そして、今度こそ北向くんと別れて、ゆめちゃんを追いかける。不機嫌全開、肩を怒らせのしのし歩くゆめちゃんはすぐに見つかる。


「千草、やるわよ」

「え、殺人はダメだよ……?」

「そんなことするわけないでしょ?!」


 いや、人殺しそうな目でしたよ。


「そうじゃなくて、ぎゃふんと言わせるのよ。小東ここねに」

「ぎゃふん?」

「そう、ぎゃふんよ。このデートで賢人をわたしにメロメロにして、完膚なきまでに小東ここねを絶望させてやるわ」

「……そうだね! わたしも協力するよ!」

「頼りにしてるわ」


 きっと、自分では意識してないんだろうけど。ゆめちゃんは今、『デート』と言った。

 それだけの覚悟をしたのだと思うと、やっぱりわたしも全力で応援しないとという気持ちになる。

次回更新は6月5日(日)の24時予定です!

ただ、その週は忙しくなる予定なので、もしかしたらもあるかも……

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