意外な成果
「氣」とは人間の精神エネルギーのようなものであり、普段は体の中を均等に巡っています。
訓練を積むことで氣を体の一部に集中させることができるようになり、身体能力を強化することが可能になるのです。
さらに、氣を操って自然や物体に干渉して超常現象を起こすこともできるようになります。
ちなみに、私の先祖様たちは特に氣の扱いに特化したクノイチで、高等忍術を使いこなし数々の伝説を残しました。
という内容をまず口頭で説明する。
同業者以外に氣の話をするのが初めてで、つい調子に乗ってクノイチの話までしてしまった。
近くにいるマリーもうんうんと頷いて聞いてくれている。
「クノイチっていうのはお前の部族のことか?」
「えーと、まぁそんなところです」
この世界におそらくクノイチは存在しない。
近い存在はいるのかもしれないけれど、今の私には説明するのが難しかったので適当に誤魔化した。
「セツナ様、その氣というものですが魔力によく似ているように聞こえました。
どのように区別すればよろしいのでしょう?」
やはりそこを聞かれたか。
以前ジル様に魔法について聞かされたことがあり、私もそれについては気になっていた。
気になっていただけで、今のところ何も答えが出ていない。
「うーん、そこは説明が難しいのです。すみません…。
そうですねー、強いて言うなら魔力は魂に備わっているモノで、氣は体に備わっているモノ…でしょうか」
なんとなくのイメージを説明してみる。
もちろん今思い付いたデタラメだが、咄嗟に出てきたものにしてはいいのでは?
「なるほど、魔法は自然の力を借りる手段であり、命はいずれ自然に帰るもの、そこに強い結び付きがあったのですね。命は体に宿るものとされているため、魔力は氣のように体を巡っていないから、氣のように身体強化をするような使い方をあまり聞かないのか」
キョウヤ様が私の思い付きに頷き、さらに深堀りをしてくれる。
あっという間に私の理解を超えていってしまった。
「なに難しいことを言っているんだよ?」
ロック様の物言いに私も心の中で同意してしまう。
「ロック、魔法学の中級をしっかり学んでいればセツナ様の言っていることがわかるはずだぞ」
「いいんだよ俺は。魔法は頭のいい奴に任せるよ」
まったくお前は…と言いたい感じでキョウヤ様がうなだれる。
私も勉強は好きではなかったのでロック様に共感してしまう。
「そうだセツナ様、この話をジルにもしてやってくれませんか。
彼は魔術を極めようとしている男です。きっと興味を持たれると思いますよ」
キョウヤ様にそう言われて私はあることを思い出してはっとした。
そういえば、私はジル様に魔法が使えると嘘をついたままであった。
どどどどうしよう…。今度こそ嫌われてしまうかな?
「どうした?急に青い顔しやがって、もしかしてジルの野郎が嫌いなのか?」
「ち、違いますよ。なんでもないです」
ひとまずこの件は保留にしておこう。二人に不審がられてしまう。
「ではまず、改めて氣をお見せしますね」
私は髪の毛を一本抜いて二人に見せる。
そして、髪を掴んでいる指を通して氣を送る。
すると長くて風になびいていた髪が揺れることなくピンと立ち上がる。
「はっ?なんだこれ」
ロック様が不思議がって髪をつつく。
「おぉ、針金みたいになってやがる」
「これは髪の毛に氣を送って繊維を強化している状態です」
「これが私たちもできるようになるのですかセツナ様?」
「はい」
私が力いっぱい肯定すると、二人は顔を見合わせて半信半疑な顔をしたが、それぞれ自分の髪の毛を抜いて私と同じようにしてみせる。
「いいですか、髪の毛を掴んでいる指を上へスライドさせていってピンと伸ばすイメージを続けていてください。私がアシストして感覚を掴んでもらいます」
そう説明した後、二人の手に私の手を添える。
うわぁなにこれ、イケメンの手を同時に取るってどういう状況?めっちゃ照れる。
キョウヤ様の手はひんやりしているのに対して、ロック様の手は暖かいな。
どちらの手も大きくてかっこいい…。
「おい、もう始まっているのか?」
「す、すみませんこれからです。いきます」
私は二人の手に少しずつ氣を送っていく。
次第に私の氣が二人の伝わり、髪の毛が少しずつ反応し始める。
「すごい、まるで抜いた髪が体の一部に戻ってきているような感覚だ」
おー、キョウヤ様ったらいいセンスをしている。さすが騎士団団長。
これは思っていたよりも早く習得するかもしれない。
「ふぬぬ、ぐぬぬ…」
ロック様はすぐにでも髪の毛を立たせないのか、すごく力みながら髪の毛を睨んでいる。
「ロック、これはそんな力づくでどうにかなるものではないと思うぞ」
キョウヤ様はそう言いながら、どんどん髪の毛が立ち上がっていく。
「う、うるせー」
順調にコツを掴みつつあるキョウヤ様の助言を無視して、ロック様は我流を貫く。
「こういうのは、繊細さが大切なんだと思うぞ」
おっ、今のはちょっとキョウヤ様らしくないドヤ発言。
この二人ってやっぱりライバル関係なのかな?いつか聞いてみたいな。
そんなことを考えていると、ロック様に変化が起こる、
「わかった。こうだ!」
そう叫んだ瞬間、なんとロック様の髪の毛が私がやってみせたようにピンと立ち上がる。
「どうだ!!」
「すごい!まさか一回目でできちゃうなんて」
これには本当に驚いた。天才と言われていた私でさえ丸一日かかったのに。
ロック様って大天才なの?
「そうだろう、わはは」
よっぽどうれしかったようで、獣耳がピョンピョン踊っている。
屈託ない男性の笑顔とあのかわいい獣耳の組み合わせはもはや反則だ。
胸がキュンとしてくる。
「おっ?どうしたキョウヤ?まだなのか、自慢の繊細さはどうした?」
ロック様がにやにやとキョウヤ様を煽る。
「な、なんの…」
キョウヤ様の眉毛がぴくぴく動いている。
ロック様からの挑発は堪えられないものがあるらしい。
集中力を乱してしまい、髪の毛がしおれていく。
「なんだよキョウヤだらしないなー、お前はそんなものなのか?」
ロック様がさらに追い打ちをかける。
「一回休みましょう。いきなり長時間やるのは疲れますよ」
「すみません、もう少し続けさせてください」
あぁ、キョウヤ様がムキになられている。
私はいったいどうしたらいいのだろう?
「嬢ちゃん、俺の手は離していいぞ。一人でやってみる」
ロック様にそう言われて私は手を離した。
そのせいでピンと立っていた髪の毛がしおれていく。
「なにを!この!」
ロック様は懸命に踏ん張るが髪の毛は普通の状態に戻った。
と思ったら、ちょっとだけだけど氣が通っている。
ロック様自身は気が付いていないようで、悔しがりながら氣を集中させ続けている。
なんで一回でそこまでできるのよ?なんなのこの人?
驚きを通りこして呆れてしまう。
そんな人は放っておいて、一生懸命なキョウヤ様をサポートしよう。
私はキョウヤ様の手を今度は両手で支える。
「ゆっくりでいいんです。氣を感じ取ってください」
キョウヤ様と目が合い、冷静さを取り戻したキョウヤ様が目を閉じて集中し始める。
「はい」
サポートが二倍になったのもあるけれど、集中力を取り戻したキョウヤ様の髪の毛がピンとなる。
「やりましたよキョウヤ様!」
「本当ですか?」
「はい、ご自分の目で確かめてください」
「いえ、このまま。もう少しだけこのままでいさせてください」
囁くようにそう言われてドキリとした。
えっ?このまま手を握っていてほしいってこと?まさか、キョウヤ様?
「もう少しで、感覚を掴めそうなんです」
あっ、そうですよね。
そんなこんなで一時間以上経つ。
さすがはこの王国屈指の実力者である二人。
すさまじい体力と集中力で氣の感覚を掴んでいった。
「あとは毎日練習してください。これができるようになったら次へいきます」
「早くマスターしないとハゲちまうな」
「そうならないように努めましょう」
うん、絶対にハゲないでくださいね。
「今日はここまでか。せっかく場所取ったのに無駄になっちまったな。
そうだ、せっかくだから手合わせしてくれよ嬢ちゃん」
「やめろロック、いくらなんでもそれは許可できないぞ!」
だよな。とロック様が笑った。
わかってはいたがもしかしたらいけるかも程度の提案だったようだ。
「じゃあさ、最後にそこの嬢ちゃんにも氣の手助けをしてやってくれよ。
暇だったみたいでこっそり一緒にやっていたぞ」
気づかれていたとは思っていなかったようで、マリーの顔が一気に赤くなった。
「そうだったのマリー?」
「え…えと、私は…すみません、髪の毛なら私にも用意できましたので、つい…」
かわいいなこの娘。私が男子だったら惚れていたかもしれない。
「せっかくだからやってみようか」
私はそう言ってマリーの手を握る。
マリーは恥ずかしがってやろうとしなかったが、キョウヤ様とロック様も見守っていたので観念した。
髪の毛を抜いて、私が握っている手に持たせる。
「じゃあいくよ」
「はい」
私が氣を送り始める。
「ん…」
何かを感じたのか、マリーから小さな吐息が漏れる。
すると、完全にとはいかないが髪の毛が弓のように立ち上がったではないか。
「なんだよお前、すげーじゃねえか!」
マリーがロック様の声にびっくりして集中力を乱してしまう。
「ロックお前が大声を出すからだぞ」
「…たしかに、悪かったな」
「いいえ、いいんです。まさか私にできるなんて…」
キョウヤ様やロック様だけでなく、まさかマリーまですぐにコツを掴むとは…。
三人はお互いの成果を讃え合っているが、私は内心ちょっと穏やかではない。
もしこの世界にクノイチがあったら、私は平凡なクノイチで終わっていたかもしれないのだ。




