巫女としての自覚
さっきまで自分がいた人だかりを少し離れて眺める。
ちょっとしたアイドルにサインを求めているような光景だ。
さらに見渡してみると、遠くからキョウヤ様を見ている人もちらほら。
あの状態をキョウヤ様はいったいどうするのだろうか?
「あっ、しまったマリーを置いてきてしまった」
私と一緒に巻き込まれていたのだから、まだあの中にいる。
気が付いたらいなくなっている私を探しておろおろしているに違いない。
…まぁしょうがないか。
マリーには悪いけど、ちょっとだけ街をぶらぶらさせてもらおう。
あの状況でならマリーの失態にはならないと思うし。
私は回れ右をすると、今いる道をまっすぐ歩き始める。
レンガで舗装された道に木造の家々。ヨーロッパの田舎ってこんな感じかな?と思わせる街並み。
人々の顔立ちは日本人ではないけれど、言葉が通じる安心感はある。
それと、ちょっとした解放感もあった。
思えば、通学路と自室以外で一人になれることなんてほとんどなかったな。
新鮮な気持ちでさくさく進んでいると、数人の子供たちが楽しそうに走っていくのが見えた。
それが見えなくなるまで眺めた後、なんとなく行く先に聞き耳を立てると、川の流れる音が聞こえた。
川へ遊びにいくのか。
ちょっと見に行ってみようかな、アルフレッドとマルグリットの接し方がわかるかも。
私は子供たちの方へ進行方向を変えた。
川の所までやってくる。
そこそこ幅があり一番深くても私の腰くらい、流れはすごく穏やかで子供たちの遊び場にはぴったりな川だった。
子供たちは川に向かって石を投げて遊んでいる。
チャプチャプと水きりの音がした。
それを見て私は安心した。
文明が違ったり魔法があったりするけれど、子供の遊びに関してはあまり差は無いのかもしれない。
自然を使った遊びなら得意なので、これはいい情報を得られたんじゃないだろうか。
子供たちの遊びをぼんやり眺めていると、一人だけうまくできない小さな女の子を見つけた。
頑張って何度もチャレンジしているけど一回も跳ねない。
隣の男の子が意地悪そうに笑う。
女の子はそれが嫌で、みんなから少し離れて練習を始めた。
「………」
もどかしい。私はその子に手を貸してあげることにした。
「ねえ」
女の子の近くまで行って声をかける。
年上の女子が来たことで、何の用かと戸惑っている。
「お姉さんが教えてあげようか?」
女の子は私をじっと見るだけでうんともすんとも言わない。
まぁ急に声をかけられたらそうなるよね?
私は返事を待たずにちょうどいい石を見つけて拾い、目一杯手加減して投げる。
昨日の反省が活き、石は8回跳ねて川の向こう側に辿り着くだけで済んだ。
「上手!」
石の行く末を見守ったまま、女の子が感激してくれた。
私は再び石を拾うと女の子に見せてあげる。
「あのね、こういう平べったくて、ちょっと丸みのある石がいいんだよ。それで投げ方はこんな感じ」
石に回転がかかる投げ方を見せてあげる。
そして、石にちょっとだけ氣を込めると、女の子にその石をあげた。
「やってごらん」
女の子は投げ真似をして、こう?と確認する。
私がそうだよと言うと、女の子は石を投げた。
チャプチャプチャプ
石は3回跳ねて川に沈んだ。
「できたー!」
女の子は大喜びして跳ね上がる。
「ありがとうお姉ちゃん」
にこにこ顔でお礼を言ってくれる。
男の子もかわいいけど、女の子もかわいい。ていうか子供はみんなかわいい。
「うん、私はもう行っちゃうけど、練習すればもっとできるようになるよ」
「わかった」
女の子が練習し始めたので、私はキョウヤ様の所へ戻ろうとする。
「また来てね!」
私を見送りながら、女の子が最後にそう言った。
今回はうまくできた。コツは力加減かもしれない。
良い事をした気分なので、るんるんと来た道を戻る。
すると、キョウヤ様の後ろ姿を見つけた。
どうやらあの人だかりは終わったようだ。
「キョウヤ様!」
私は名前を呼んで小走りで近づいた。
声を聞いてキョウヤ様もこちらへ振り返る。
その表情に、私はあれ?と思った。
笑顔で迎えてくれると思ったら、なんだかちょっと真剣な表情。
「セツナ様!」
そっちへ向かっている私を待たずにキョウヤ様もこちらへ走って来る。
お互い手の届く距離まで来て向かい合う。
そして、キョウヤ様が私の目をじっと見つめた後、私の右手を両手で握った。
へっ?いきなり何!?
キョウヤ様の大きな手に包まれた右手に神経が集中する。
暖かくて、ちょっとゴツゴツしている騎士の手だった。
キョウヤ様は私なんかより背が高くて体の大きい男の人。
私の手を握るために少し屈んでいて、私の真上にキョウヤ様の顔があり、このまま抱きしめられるんじゃないかとドキドキしてくる。
「どこに行っていたのですか?」
キョウヤ様の口調はいつものように穏やかだったが、声が若干震えていて怒っているのだと気が付いた。
「えっ?その、ごめんなさい。ちょっとそこの川まで…、みんなの話を聞くのに時間がかかりそうだったから…」
まさかやさしいキョウヤ様に怒られるとは思っておらず、しどろもどろしてしまう。
とりあえず私に会えたことでキョウヤ様は一瞬安堵するが、すぐに悔しそうな顔をした。
私の手を握ったまま、無言の時間が流れる。
何も言ってくれない間が私を不安にさせていく。
ちょっとだけ離れただけなんだけど、そんなにダメだったのだろうか?
「…あ、あなたは」
絞り出すような声で、ようやくキョウヤ様が話しかけてくれる。
「聖なる巫女なのですよ」
まるで諭すようにキョウヤ様は言った。
軽く歯を食いしばり、少しだけ悲しそうな目をしている。
両手にもちょっとだけ力が入っていて、右手を通じてキョウヤ様の気持ちが伝わって来る。
泣きそうというわけではないが、まっすぐに私を見つめる瞳には色々な感情が宿っていた。
そんな感情的なキョウヤ様に、私は不謹慎にもドキリとする。
何か言わないといけない気がするのに、言葉が出てこない。
ただ、私は悪い事をしたんだなということだけはわかってきた。
「セツナ様はとても強い方です。私などでは足元にも及ばないのでしょう。
ですが、あなたは聖なる巫女であり、私はこの国と、あなたを守る騎士なのです。
万が一にも何かあっては…ならないんです」
胸が痛んだ。
私はキョウヤ様の騎士としての誇りを軽く見過ぎていた事に気が付く。
不本意とはいえ魔物を一人で倒せる強さを見せたのだから、良くも悪くもある程度自由にさせてもらえるものだと勝手に思い込んでいた。
でもそんなことは微塵もなくて、ちょっと姿が見えなくなっただけなのにこんなにも心配してくれている。
ゲームに似ている世界だからといって、キョウヤ様の気持ちまでゲーム感覚だった。
「ご…ごめんなさい」
自分の愚かさが悔しくて、心配されていたことがうれしくて、目頭が熱くなってくる。
「あっ、えと、すみません、そんな強く言ったつもりは…」
今にも泣きそうな私の顔を見て、キョウヤ様はあわてた様子で私の手を放してしまう。
私が目をこすると、キョウヤ様がハンカチを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
きれいに畳まれた白いハンカチだった。淵に黄色い線が入っていて、キョウヤ様のイメージカラーのようである。
「セツナ様!ご無事でしたか!」
マリーも私を見つけて駆け寄って来る。
「ごめんなさい。勝手なことをしてしまって」
私は深々と二人に謝罪した。
しおらしい私に、二人はどうしたらよいのかわからないといった感じ。
それなら、私から行動しないといけない。
「もう二人から離れたりしないから、今から仕事を手伝わせてください」
それを聞いて二人も安心して笑ってくれた。
それから三人で家々を回り、ちょっとしたお手伝いをしたり、お昼ごはんを食べたりして一日が過ぎていった。
体力的に私は全然大丈夫だったが、マリーはかなり疲れてしまったようだ。
私を働かせて自分だけ休むわけにはいかなかったのだろう。
私の反省点がまた一つ増える。
私はもっと聖なる巫女である自覚を持って、それに合った振る舞いをしなければならない。
そうでないと、今日みたいにキョウヤ様やマリーに迷惑をかけてしまう。
けど、消極的になってもいられない。
この国のため、私の未来のため、そして私の夢のため、イケメンナイツとの仲をもっと深めなければ。
でも今日のところは、これでいいかな。
帰り道もキョウヤ様と同じ馬に乗せてもらう。
私の後ろで手綱を握っているキョウヤ様の方をちらりと見た。
前髪や襟を少し揺らし、夕日がキョウヤ様の頬を赤く照らす。
私に気が付いたキョウヤ様がやさしく微笑んでくれた。
私もそれに笑顔で返す。




