おまけ
二人のその後の話です。
7までを読了することをおすすめします。
またネタが思いつけば都度追加するかもしれません。
拙い作品ですが読んでくださってありがとうございます。
「もう、あの先輩! ほんっとうにいじわる!! あんな言い方しなくていいのに!」
鮮やかな色のカクテルの入ったグラスを傾けながら、ひかりがぷりぷりと頬を膨らませる。
ひかりが就職して半年が経過した。
「今日は呑みたいんで居酒屋行きましょう」なんて珍しい発言に何事かと思ったが、研修が終わり本格的に業務が始まる中で早速社会の壁にぶち当たっているらしい。
その鬱憤を酒で発散しようとするあたり、もう彼女も出会った時のような無垢な子供ではないのだなと改めて認識する。いや、亘が勝手に無垢だと思いこんでいただけで、今思えば当時すでに彼女は何も知らない世間知らずのお子さまでは決してなかったのだが。
「亘さんもそう思いません?」
「まあ、確かにな」
話を聞く限り、その先輩とやらの指摘はそう間違っているわけではなく、ただ言葉の選び方が下手な印象を受けた。不器用な人間なのだろう。
そうは思いつつも今それを正直に告げればひかりはへそを曲げてしまうだろう。とりあえず同調しておいて、落ち着いたらそれとなくフォローを入れよう。
冷静に判断しつつ、その一方で亘は、その上目遣い、他の男にしてないだろうなといささか大人げない嫉妬心を抱えてビールを一口飲む。
こうして二人で酒を飲む機会はそう多くない。もしかしたら片手で数えられるほどかもしれない。
出会った当初は彼女が未成年だったためもちろん酒を勧めるわけにはいかず、二十歳になった時に全く酒に縁がないのも問題だろうと一度機会を作ったが、その次が来たのは彼女が社会人になってからだった。
ひかりは子供扱いをしているというが、亘としてはそんなつもりはない。
そもそも亘自身それほど酒に強いわけではない。むしろ弱い方だ。酒の味は好きなのだが、体がついていかない。
何度か失敗を繰り返した結果、己の体は缶ビール二、三本が適量なのだと学んだ。
それ以来量には気をつけているのだが、万が一にも彼女兼許嫁の前で醜態を曝すわけにはいかない。年の離れた相手にかっこつけたいと思うのは当然のことだろう。惚れているのだからなおさらだ。
一方ひかりはカクテルや果実酒といった女性向けの甘い味が好みでビールや日本酒等は苦くて好きではないと言っていたが、アルコールには強い。二日酔いの経験はなく、態度も普段よりいくらか饒舌になるくらいだ。しかし、そのかわり顔に出やすいタイプだった。
今もカクテル二杯飲み干した段階で、彼女からしてみたら序の口なのだろうが、すでに頬が赤く染まっている。これで上目遣いをされるとなかなかの破壊力だ。
ひかりはしぐさこそどこかあどけなさが抜けていないが、二十二のれっきとした大人だ。
下世話な話をしてしまえば、本人の手には余るが男の手にはぴったりおさまる程良い胸に、程良いくびれ、程良く引き締まった尻と、実に男受けのいい体つきをしている。逆に言えば女性からは反感を買ってしまいそうな容姿だが、育ちの良さが出ているのか、子供っぽさがほどよく印象を中和させているのか、悪影響にはなっていない。むしろ男女問わず好かれているといえる。
だから本人に自覚がないのだ。
いわくお嬢様学校と呼ばれる女子校に通い、大学に入るまで男性と縁がなく、しかもその頃には許嫁という枷ができていた彼女は、いかに自分が男性から見て魅力的な存在なのか理解していない。
気付いて欲しいような、欲しくないような。
亘は複雑な思いを抱いている。
「わたるさん、聞いてますかー?」
葛藤の中でぼんやりしていたらしい。いつのまにか、ひかりがすぐ隣まで席を移動していた。また頬を膨らませて、ツンツンと亘の腕を人差し指でつついている。
よほどストレスを溜めていたのだろう。さきほどまでのカクテル二杯とは別に果実酒まで飲み干している。あれは確か度数が強かったはず。それでも彼女にしては飲んでいない方なのだろうが、疲れで酔いが速いらしい。
もしかしたら今日は彼女にとって初めて酒で失敗した日になるのかもしれない。その相手が自分でよかったと亘は心から思う。
なんせ、ひかりは今反応のない亘にしだれかかり、彼の腕にぎゅうとしがみついているのだから。個室を選んで正解だった。
改めて交際を始めて知ったことだが、ひかりはスキンシップが多い。自分が曖昧な態度を長らくとっていたせいで遠慮させてしまっていたのだろうと反省するばかりだ。
ひかりは亘のことを大人だ大人だというけれど、本人としては全くそんなつもりはない。
もしも亘が立派な大人だったら、最初からきちんと彼女と向き合い、徒に長くすれ違うようなあんな事態にはなっていなかったはずだ。そもそも大人と子供の違いなんて、あってないようなもの。もしあるとしたら、大人は大人に見せかけるのがうまいだけだ。
満足に想いを告げることすらしなかったのに、独占欲と劣情だけは一人前で、ひかりに気付かれないようにひっそりと彼女を囲っていた。今だって、このあどけなくもどこか色っぽいその姿を目にする相手は自分だけであってほしいと願っている。
今度から酒の量を制限させようか。
亘が頼めばひかりはおとなしくそれに従うだろう。従順である以前に、彼女は亘を信用しきっている。彼の言葉に間違いはないのだと思いこんでいる。
それを知っていてあえて利用しているのだから、こういうところがずるい大人ということになるのだろうか。
「ひかり、そろそろ出るぞ」
「まだ飲み足りないです」
「酒買ってうちで二次会しような」
頭をなでると、ふふ、と瞳を細めて笑うひかり。子供扱いするなとよくいっているが、スキンシップは嬉しいらしい。
わかりやすく、自分は愛されている。
この年下の愛しい彼女に、自分は同じだけのものを捧げられているのだろうか。
「わたるさんもいっぱい飲んでくださいね! わたし、わたるさんが酔ったところ見てみたいです!」
「はいはい」
もちろんそんな姿を見せる気はさらさらないが適当に流しておく。酔っぱらいでも亘の意思は伝わったようで、ひかりはむうと口をとがらせた。
めんどくさいけど可愛いな。
惚れた欲目でそんなことを考えていた亘の唇に、柔らかい感触。それは亘の上唇をついばんで、あっという間に離れていった。
目を丸くする亘に、満足げににんまりと口角をあげるひかり。
全く。振り回されているのはどっちなのやら。
それでもこの関係に満足してしまっている程度には自分は彼女に首っ丈らしい。
亘は苦笑して、仕返しとばかりに彼女の頭を乱暴に撫で髪を乱すのだった。