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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第四章 姜伯約の特攻戦略
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結晶の囚人~いつもの日常~

光から腕が伸び、血塗れの手が掴まれては引っ張られる。引き上げられる感覚を味わいながら光を通り抜けた。目の前には、赤毛の不美人である月英。周囲を見回せば多数の兵士達と法正、楊儀、劉備の腕を掴んでいる趙雲。そして助け出した哀姫に、劉禅が立っていた。

此処は最初、ジエジンと戦った開拓予定地。空を見上げれば太陽と雲一つない空。遠方には成都城が見える。ああ、そうか、帰って来たのか。

「姜維殿、よかった……ッ」

 姜維は月英に抱き締められる。少し照れ臭くて顔を逸らし、恥ずかしさから頬を染めた。抱き締められるも月英は己の手に付着した血液から即座に身体を離す。

「この、怪我……ッ早く治療をっ!」

 酷く焦った顔の月英。ああ、そんな顔をさせたい訳じゃないのに。だが今は上手い言葉が出て来なかった。後ろから寒気と鋭い視線が二つ突き刺さっている事は気付かない事にしておきたい。

「ああ、私よりも劉備様を。重傷で、喉を突き刺されて……。元姫殿が治癒してくださったのですが……」

「わかりました。ですが、姜維殿もご一緒に」

 はい、もちろんです。と月英に返答する。とりあえずは治療だが、法正が手配してくれているようだ。彼に任せていれば問題はないだろう。それを待ちつつ姜維は月英に支えられ腰を下ろしたところ、劉禅と哀姫がやって来る。後ろに黄皓と費禕を控えさせて。姜維はすぐに拱手しようとしたが劉禅に止められ、同じ目線まで屈んだ劉禅に血塗れの手を握られた。

「劉禅様、手が汚れま――」

「ありがとう、姜維。私の願いを叶えてくれて。華佗先生によれば、少し休めば哀姫の体調もよくなるようだ」

「……いえ、私は何も。元姫殿、そして劉備様が居たから助ける事が出来ました」

 実際何度も死ぬ場面はあった。劉備が助けてくれなければ、元姫が力を与えてくれなければ死んでいただろう。それに外部の法正達の助けがあったからこそ、ここまで帰って来られた。だから姜維一人の功績ではない。

「それでも私は姜維にお礼を言いたいのだ。ありがとう、父上を、哀姫を、民を、国を守ってくれて。……姜維、そなたは私の刃だなあ」

 劉禅の間延びしたいつもの声。姜維は少し照れ臭くなり、解かれている髪を視界の端に収めては礼を告げる。哀姫からも手を握られ感謝と謝罪をされた。いつも他の将兵からは憎まれ口を叩かれるばかりだが、後からやって来た将兵もこの様子を見て何も言う事はなかった。ただ、二つの目が恐ろしいが。

 護送車が到着し、劉備と元姫が乗せられていく。劉禅と哀姫も女官達に呼ばれて、成都城の方へ。それを見ていれば、法正と趙雲がやって来た。法正はこれ以上にない笑顔――を携えている。

 あ、死ぬ、これ。

 そう思った。思わずにいられなかった。

「姜維? 何俺の劉備様に怪我させてんだ。俺の劉備様に傷をつけるなんてテメェ正気か?」

 いや、あなたの劉備様じゃないから。

 そう思ったが姜維は法正の言葉に突っ込まずとりあえず弁解を考える。

「いや、あの、私も劉備様を守ろうと頑張ったのですが、敵が強くてですね」

「敵が強いならテメェが強くなれよ、俺の劉備様を怪我させてんじゃねえ。ぶち殺すぞ」

 正直に言うとあなたがぶち殺されて欲しい。姜維は心からそう思った。だが言うと厄介のため口には出さず、ただ法正を見上げる。だが即座に死を理解した。法正は拳を作っては骨をわざと鳴らし、人相の悪い、悪党みたいな笑みを漂わせている。

「とりあえず、三分の二殺しでいいか?」

「いや、それほぼ死んでいるんですけど」

「劉備様が受けた傷一つとテメェの命を一緒に計れると思うなよ。あのお方の擦り傷一つはテメェの心臓一億分だ、わかったか」

「あの、法正殿、私人間なので心臓そんなにないです。あと一応国の危機でもあったので、帳消しになりませんか」

「国と劉備様、どっちが重いかわかるか? 劉備様だ」

「それ、国滅びたら意味ないですよね?」

「黙れ、ぶち殺すぞ」

 面倒臭いな、コイツ。

 姜維は痛みに耐えながら目の前の徳性なき男を見上げる。眉間に皺を寄せ、姜維を見下してくる様は魏に居る性格の悪いかつての友を思い出した。

「法正殿、殿は貴殿だけのお人じゃないが。そもそも私の方が先に出会っている、自重なされよ」

「おや、誰かと思えば大した功績もない趙雲殿じゃないですか。殿から軍事の面で信頼されている俺に何か用ですかぁ?」

「月英殿、こいつ殺していいか?」

 いっそ殺して欲しい。その面をぶん殴って魏まで吹っ飛ばして欲しい。その腹立つ顔を倭国辺りまで吹っ飛ばして、二度とそんな顔をさせないようにしてくれ。姜維は切実にそう願った。月英は「お好きにどうぞ」とだけ告げ、姜維を支えて立ち上がる。が、姜維は力が入らず座り込んでしまった。

 意識が、朦朧とする。痛みも耐えられないほどの激痛が広がる。姜維は月英と趙雲、法正の焦りを帯びた声を聞きながら意識を落としていった。


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