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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第四章 姜伯約の特攻戦略
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結晶の囚人~死~

死ぬつもりはないがもし、という事があれば姜維の役目はそれだ。だがそれが劉備の癪に障ったらしい、彼は少し不機嫌そうな顔をした。

「ならぬぞ、死ぬなんて」

「はい、承知しております。私が死ねば劉備様も元姫殿もお守りする事が出来ませんから」

 その方が何よりも辛く、苦しい。姜維は切り替えて、覚悟を決める。そして戦った上で可能性の話を劉備に話した。

「空中の時だけ、防御がない?」

「はい。私は空中戦を得意としているのですが、上空からの攻撃で防御を取られません」

「……防御出来ない理由がある、か?」

 そうかもしれません。姜維は淡々と言葉を返した。

「二度やってみました。しかし、同じ結果でありました」

「ふむ。姜維、おぬしはどう考える?」

「そうですね、私なら……」

 姜維は左手を口元に添え数秒脳を回した後、口を開いた。

「可能性としては数個です。まず、裏で何か画策している。そのため防御を捨てている……」

「有り得なくはないな」

 だが、それにしては何もして来ない。姿を隠したこの濃霧もただの隠蔽でしかないだろう。姜維は二つ目を即座に話す。

「二つ目は、そもそも上空からの攻撃を受けるのが苦手。核とはいえ人ですから、やはり空からの奇襲や攻撃は不得手なのかと」

「ふむ。確かに。矢や投石機などの攻撃には私も苦手だ」

「三つ目は、そもそも防御を最初からするつもりはない――と考えたのですが、何度か相手を追い詰めているのでこの線は低いかと」

 姜維は口元に再び手を添えて考える。となるとやはり、可能性があるのは苦手分野か。だが、隙を突けるのはあと一回くらいだろう。ジエジンとて苦手分野をそのまま放置しておく事はしない。戦でもそうだ。急所を突かれやすい場所を放置しておく事はしない。

「……もう一度仕掛けます。劉備様は元姫殿を」

「うむ、わかった。姜維、無理はするな。命を捨てるくらいなら、戦闘を放棄せよ」

 それはつまり、核を見逃せという事だ。確かに、そう告げればジエジンは姜維達をこの場から逃がしてくれるだろう。だが、国はどうなる、放置して、蜀の民が不幸に陥る事など見たくはない。

「劉備様、民や兵にとって幸福とはなんでしょう」

 突然の言葉に劉備は一瞬幼気な子供のような表情を見せたが、すぐに意図を納得したのか言葉を紡ぐ。

「……そうだな。私も、わからん。民が私を頼って着いてきた時も、曹操――孟徳殿に追われながら私はわからなかった。このままでいいのか、民のためを考えるのならば、私は孟徳殿に捕まった方がいいのかと」

 曹操は虐殺した、とある地でか弱き民を。反乱を恐れての事だった。だから民は曹操を恐れ劉備に着いていった。劉備なら民をいたずらに殺す心配はないからだ。慕われていた訳じゃない。劉備もそれを理解して民を連れて行った――らしい。

「だが、何十年経とうと答えは出ぬ。私は平和という世の中を知らぬからな。だから、姜維、おぬしが劉禅を導いてくれるのなら、平和もまた夢ではない。……おぬしが武官として頂点に立った時、大将軍になった時、その答えを出せばよい」

「――はい。劉備様」

 姜維は深い濃霧を見据える。五分程度話していても攻撃して来ない。本格的に身を隠すつもりだろうか。――いや、それは考えにくい。押しているのはジエジンの方だ。

 姜維は劉備達から離れ、濃霧の中へと歩き出す。そして目を閉じて耳を澄ませた。呼吸音が聞こえる。乱れた呼吸音。姜維は静かに歩き、走り出し、槍を地面に突き立て飛び上がった。目的の場所はわかる、血が鼻孔を刺激する。上空からの急降下、見えたのは白い髪――ジエジン。声も出さず、彼女は目を閉じ額に汗を滲ませていた。先ほどの攻撃は利いたらしい。即座に槍を構え、左側から槍を伸ばし――。

「そう、来ると思っていたぞ、姜維!」

 見破られていた攻撃。ジエジンは上空へ手を伸ばす。

 ――ああ、想定内だ。

 天井から伸びる氷の触手。姜維はそれを足場にし、即座に後方へ跳び濃霧の中へ消えていく。壁を足場として蹴り、濃霧の中を切り抜け、ジエジンの背後を取ればその首を狙う。だが、右足を氷の触手に掴まれ阻まれる。

 いや、阻ませない。

 姜維はジエジンが振り返ったと同時に彼女の首へ槍を突き刺し斬り裂く。だがジエジンとて甘くはない。姜維を捕らえた氷の触手は姜維を地面へ叩きつけた。

「ッ」

「我を、舐めぬ事だ」

 頭が回る、意識が朦朧とする。髪を結んだ紐は切れ長い髪が露わになる。姜維は槍で触手を破壊し、己を解放する。後方からの触手の攻撃。鋭い刃のようになって触手は姜維を狙う。即座に姿勢を低くし、地面を一回転して避け、全ての触手を破壊し――。

「が――ッ」

 何かに押され姜維は後方へ倒れる。目の前には鮮血と血に塗れた氷の触手。そして広く、大きな背中。その背中にはたくさんのものを背負い、たくさんの願いを叶え、たくさんの人々から慕われる。何者にも代えがたい背中が、存在が、そこにあった。

 地面から突き出ている太く毒々しい氷の触手。気味悪く脈打つそれはその背中の、劉備の胸を貫いていた。ずるりと彼から引き抜かれた触手。彼の身体は膝をついて地面に倒れ伏す。

「ッ、劉備様ッ!」

 何故。いや、違う、守られたのだ。もし、劉備が来なければ死んでいたかもしれない。姜維は左手で劉備を抱え起こす。血が背中から、胸から溢れる。少なくない量だ。手が劉備の血で濡れていく。

「……は、姜維、あとは、頼んだぞ」

「りゅ、ッ――」

 そう静かに告げて、劉備は目を閉じた。

 死んでいない、それはわかる。でも危険だ、危険な状況だ。こういう時、諸葛亮なら、法正なら、蒋琬なら、費禕なら、打開策を見つけるだろう。劉備を傷付けず、見つけられただろう。だが、姜維は違う。彼らに才は及ばないし、戦はまだしも人を守りながら戦うなんて専門外だ。

 ――どうする、どうしたらいい。こういう時はどうしたら。

 頭を回す。痛みなど最早なかった。ただ、目の前のジエジンが恐ろしく感じた。殺される――劉備が、元姫が殺されてしまう。それにただ、恐怖を感じたのだ。

「姜維、貴様は甘いな」

「何だと……ッ」

「戦ってわかった。貴様はいつも最後の最後で詰めが甘い。だからそうやって大切なものを傷付ける。母親を殺された時もそうなんじゃないのか?」

 何故そのことを知っているなんて問うつもりはない。核だ、魏での事を知っていてもおかしくはない。姜維は何も言わずただ下から睨み上げた。

「何が起こってもおかしくはない。その考えが貴様は抜けている。だから劉備もやられ、元姫もやられる。――最後の最後で詰めが甘い」

 何も言い返せなかった。姜維は何度も何度もその言葉を魏将であった時も、そして蜀でも上司から言われていたからだ。「想定外の事も考えるようにしろ、詰めが甘いぞ」と。わかっている、己が甘い事くらい。そしてこう色々考える癖も。

 姜維は劉備を地面に寝かせ立ち上がる。彼を守るように、血で染まった二本の足で地に足をつけて立つ。二度と傷付けさせない。そんな意志で。

 だが暴威は意志すらも踏み潰すのだ。

「――意志じゃ、勝てないんだよ」

 ずくり。

嗅ぎ慣れた臭いが脳を締め付ける。戦で満たされた臭いだ。口から溢れる血液。視線を下に落とせば胸の僅か左側がジエジンの腕によって貫かれていた。眼前にはジエジンの整った顔。姜維はその腕を震える手で掴む。

「は、ッぐ……」

「わかるか、姜維。我は今、貴様の心臓を掴んでいる。これを捻り潰せば――貴様は終わりだ。……よくやったよ、貴様は。我の首を取ろうとし、この姿の我に此処まで打撃を与えた」

 そう告げてジエジンは空いている手で首元を指した。先ほど姜維が槍で斬り裂いた傷だ。肉と骨が見えているが首を落とすまでには至らなかった。

「だが、力が足りなかったな」

 ジエジンは深く微笑む。それは見とれるほどの、魅了されるほどの美しい笑みだ。

 殺される――死を傍に、感じた。

「さらばだ、姜維」

 口から噴出する血液、視界が赤く染まる。暗転、暗転、暗転。意識はすぐに消えていった。

 刹那の夢に落ちていく。


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