操者の陰謀~政争~
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乱世を知る人間は遙か彼方である。姜維も戦を経験した事はあるが、大きな戦はない。それは魏や呉も同じで、戦を知り、戦に長けた武人も知者も減ってきている。人間は老けないといえど不死ではない。病に罹れば弱る、心臓を刺されれば死ぬ。人は死ぬからこそ儚いのである。それらを冒涜する行為に姜維は憤りを感じていた。
成都に戻った姜維は玉座前で劉禅に報告する。劉禅は優しげな表情で姜維の報告を聞いていた。右脇に立つのは、劉禅の補佐を担ってくれている赤毛の醜女、月英。そして左脇は劉禅の世話役である宦官の黄皓だ。
「ふむ、つい先ほど呉帝の方から使者が来たのだがな、どうやら呉でも混乱しているようだ。だが姜維達もそうであったか。……姜維、どう見る?」
「そうですね、司馬昭――殿と話をしたのですが、やはり核ではないかと。まだ推測の段階なので、確定事項ではないのですが」
劉禅は表情を密かに曇らせる。彼の妻、哀姫は氷の核――ジエジンに囚われた。また彼の父・劉備も酷く大怪我をし、成都は一時期暗雲が立ちこめた。それ故いい思い出はない。それは姜維とて同じであるが。
「呉帝の方は何と?」
「呉では蜀が襲って来たと。そこで姜維、核なら元姫殿と一緒に調べてくれるか? 父上は現在、曹操殿のところへ遊びに行っているゆえ」
お泊まり会だそうだ。馬岱を護衛につけて恐らく楽しんでいるから、出来れば父上の耳には入れたくないのだと劉禅は言う。劉備の耳に入れば必ず彼はすっ飛んで来るだろう。それは姜維とて同じ思いだ。
「承知しました。ただ魏の方でも調査してくれるとの事で、魏と連携を取り調べます」
「では月英殿には呉の方を頼もう」
「はい、劉禅殿」
今日は拱手し、地面から膝を離して立ち上がれば、すぐに踵を返して玉座の間を出る。だが調べると言っても何の情報もない今、調べる事すら出来ない。姜維は宮殿の庭で、行き交う兵士達を見つつ深く考え込んだ。
「姜維、此処にいましたか」
「月英殿」
月英は小走りで駆け寄ってくる。少し息が乱れており、走って来てくれた事が窺える。それだけで姜維は嬉しかった。
「劉禅殿は仰らなかったけれど、魏は今少し荒れているそうで」
「荒れている?」
「政争、というべきでしょうか」
月英は醜い顔に右手を添え、小首を傾げる。
「呉のようなものではなくて、司馬一族の専横が目立っているそうで……魏内部も荒れていると先日司馬昭殿が来た時に愚痴をこぼしていかれたの」
魏に居る劉備様は大丈夫だと思うのだけれど、と不安げに瞳を揺らす月英。ああ、お労しや。そんな憂い顔も素敵だが、やはり彼女には笑顔が似合う。
「それも関係あるかと思いまして……」
「そうですね……現時点では何とも。ですが、無関係ではない可能性はあります。ありがとうございます、月英殿。またあなたに助けられたようです」
大袈裟ですね、姜維は。そう告げて微笑む彼女の暖かさは昔から変わらない。姜維がまだ魏軍だった頃、蜀軍に降伏した時月英はいの一番に気に掛けてくれた。ただ籠絡するための行為だったのかもしれないが、それでも姜維は昔から月英に恩義を感じ、彼女を敬愛している。それは恋愛なんてものではなく、神に近い。
「では私は呉の方へ調査して参ります。姜維も気をつけてくださいね」
そう告げ月英は去って行く。魏も政争となると、もし核の仕業ならそこにつけ込まれそうな気もする。呉の前例があるため油断は出来ない。とにかく、魏と連携を取るにしても一度司馬昭と連絡を取らないといけない。使者を発するか――と思っていたところ、元姫がやって来た。久し振りの再会である。漢中にいた頃、彼女は後方で兵糧の管理をしてくれていたため姜維と話すどころか、会う事すら出来なかった。
「数週間ぶりね、姜維殿。早速だけど魏に行くわよ」
「は?」
「北から核の気配がするのよ。だから行きましょう」
「ふざけるな、魏など私は――そもそも魏に行くにも主公の許可がいるし、通行証も……」
「そこはぬかりないわ」
歩きながら元姫は空いた手に二枚の高級紙を見せる。確かに関所を通るための通行証だ。という事は劉禅に許可は取っているのだろう。解決してくれと劉禅から言われた以上、魏に行かない訳もいかない。姜維は仕方なく、魏へ向かう事にした。
だがこの選択こそ後に後悔する事になるなど、姜維は気付く由もなかった。




