3日目、雨
柄にもなく(?)、今日は内心一人高揚している。昨日の脳筋のせいで腕や足腰が悲鳴を上げているが、それを差し引いても、だ。
唐突だが、ファンタジーと言えば何を連想するだろうか。
剣?それもある。だけど、それは俺のいた世界にも実在した。幻想とは言い難いものがある。
竜?確かに架空の生物、あれこそ幻想と言うには相応しいだろう。だが、この世界の竜はあまり身近では無いらしい。
スキル?それはファンタジーと言うか、ゲームと言うか、最近の流行りと言うか……うーん……?
魔法。そう、魔法だ。ファンタジーと言えば、魔法。異世界と言えば、魔法。
今日は、魔法のいろはを教わるのだ。
そして今、俺たちは幻想の神秘を教わるために昨日の訓練場へと足を運んだ、のだが──
「では、本日は魔法の何たるかを教えると──」
「待て待て待て待て待て!」
思わず5回も連呼してしまった。それ程の衝撃があったのだから仕方ない。
何故なら、以前「魔法は使えない」と言ったテレンスが。魔導士も連れずに、たった一人で。今まさに講釈を垂れようとする所だったからだ。
「えーっと……前に魔法は使えないとか何とか言ってなかったか?アレは嘘だったのか?」
そういう訳ではありません、と否定の言葉が入る。
聞くに、転移の魔法は大規模な人数で行うが代償はとても大きい。その為大多数の魔導士がそれどころではなくなってるとの事。中には高熱で倒れたり、全身から血が噴き出て生命の危機に陥ってる者もいるらしい。
そういう訳で、王国お抱え筆頭魔導士の教えを教育担当である我らがテレンス大先生を通じて学ぶ。という流れになったとの話。
「直接の指導ではありませんがご安心を。私、記憶力には自信がありまして。一字一句完璧に記憶しています」
末尾に「どうだ、すごいでしょ?」と空耳が聞こえるた気がする。ドヤ顔もイケメンなのだが、殴りたくなる。
「では、小難しい話を始めていきましょうか」
無駄話は割愛。そして翻訳。
この世界における魔法とは。
今まで異なる理に身を置いていた自分には決して感じる事の無かった、魔力という要素を用いて発現させる、事象。
これを説明するには、まず魔力から解説を始めるのが妥当だろう。
魔力は、『マナ』という力の集合体。それは大気中にも、生物にも、あらゆる物質に含まれる。
マナを圧縮して増幅させ、各々の触媒を加え変質させたものが魔力に成る。
魔法を使うには、魔力が必要不可欠である。無から有は生み出せないように、エネルギー無くして運動は起こらない。
人間が魔法を使うためには魔力を造る必要がある。しかし、ここが一番の問題なのだ。
マナを集める、圧縮する、増幅させる、魔力に変換させる、魔法として発現させる。
この計五つの工程で、どれか一つでも不都合が生じれば、魔法は使えない。ここまでは出来る、が発現には至らない。そういったケースが大半らしい。
故に魔法を扱える人間は多くないのだ。
更に厄介な事に、未だに使える者とそうでない者の違いが解明されていないとの事。
それについては体質や、神の加護等様々な説が飛び交っているらしい。今最も有力な説は、「観測不可の器官が存在する」説らしい。
もしそれが事実なら、異世界から来た俺達は魔法が使えなくて当然。と言えるのでは……?
話が逸れた。そして、魔法の威力や打てる限界には勿論個人差がある。
魔力に変換する工程に、自身の触媒を加える必要がある。と言ったが、分かりやすく言えばMPだ。ちなみにこの世界では「魔法発動可能領域」という正式名称があるらしいが……長いのでMPと呼ばせてもらう。
無論体力もある程度は使うが、圧倒的にMPの方を消費する。
これの消費量が多ければ多い程、比例して威力が上がる。本人の技量にも依るところが大きいらしいが。
そして、体力に差があるようにMPの量も個人差がある。打てる限界の個人差とは、そういう事だ。ちなみに、その差は生まれ付いた時から変わらないらしい。
生を受けた時から優劣が決まっている、酷く不公平な世界だ。
そして、いよいよ魔法の話だが。
魔法が使える人間はどんな魔法でも使える。という訳では無い。
魔法として発現させるには、魔力にベクトルとスカラー、即ち『特性』を持たせる必要がある。
故に結果として炎や氷を生み出す事になる。これは、個人の練習や技術とは関係の無い位置に存在する。
分かりやすく言おう。魔力は、発動体というトンネルを通って、魔法として出てくる。
この際、トンネル内部で「何らかの力」が加わる。それは発火する程の高熱かもしれないし、大気中の水分を氷結させる程の極低温かもしれない。
その「何らかの力」は、発動させた媒体によって決まっている。但しそれは一つとは限らず、複数持つ場合もある。
もっと噛み砕いて言うと、人によって使える魔法は違うし色々使える人もいるよ。って話だ。
じゃあ、俺は何が使えるんだって話になるが──
「ぐ、ぐぬぬ……ぬぉぁぁ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!」
──全神経を手のひらに集中させて、無為に時間を浪費していた。
「あはは。レン君って頭良いのにこういうのはダメなんだ?」
親の心子知らず。人の心を、他人は知らず。そう話し掛けてくる彼女は俺の精神を知ってか知らずか、周囲に狐火が如く火球を漂わせていた。
「条件は同じはず……どうして俺は出来ない……?」
ブツブツとそんな事をぼやきながら再挑戦。未だ魔法の兆候は見えず。
数分後。
「あのさ、何か意識してる事とかコツとかあったりするか?」
プライドなぞ知らぬと、諦めて魔女に教えを乞う。聞くは一時の恥、聞かぬは一生魔法が使えず。
「えっとね。こうグルグルーって感じがするから、それをギュッっとしてグワーッ、かな?」
絶句。
こいつ、天才型感覚派のやつタイプだ…………!
実在するとは思わなかった。いや、元々使えなかった技能なのだ。仕方ない……のか?
しかしここで「分かる訳ないだろアホ!」と言う程バカな思考はしてない。
もう一度、聞いた内容を頭の中で反芻する。理解出来ないのは、俺のインテリジェンスが不足してるから。
グルグルー、ギュッ、グワーッ……
ちょっと頭痛が痛い、じゃなくて頭が痛くなってきた。感覚派理論過ぎて意味が分からん。
もう一度。と、再び力を右の手に込める。答えは不変。
「出ないな……」
「レン様の方はあまり芳しくないようで。……ふむ、確か書庫にこの国の魔導士が書いた書物等があったはず。少々お待ちを」
そう言ってその場を後にするテレンス。気を遣わせてしまったか?
「……どうしたもんかねえ」
ぽつり、と一言。力を抜いて溜息一つ、天を仰ぐ。
その時、右手が柔らかな感触で包まれた。
見れば、彼女が両の手で俺の手を握っていた。
「貴方が欠けてるのは、信じる心」
「……え?」
さっきまで笑っていた彼女の和やかな雰囲気は掻き消え、あの日あの時見たような不可思議な彼女の面影を、俺は確かに目にしていた。
「目を閉じて、集中して」
不思議と動揺も心の乱れは無かった。言われるがままに、視界を暗闇で満たす。
「意識を、自分以外に。流れを導くように、力を」
身体の中を、熱いモノが駆け巡る感覚。血流とは似て非なる、何か。
「後は、貴方の心を加えるだけ。貴方が出来ると信じれば、答えは付いて来る」
信じる、心?そもそも最初から成功を疑ってる訳がない。俺に出来ないはずがない。不可能なんて、あってたまるかという、俺の心がそう言っている。
「ううん、そうじゃない。違うのは、貴方が一番理解してるはず。そうでしょう?」
子供に言い聞かせるような、語り掛けてくる優しい声。
「それが出来ないのなら、『私』を信じてください。貴方を信じてる、『私』を」
どういう意味だ?何が言いたい?そこで漸く気付く。俺は──
「ほら、出来た」
目を開いた先には、俺の右手があった。但し、その手は静電気程の微弱な電気を帯びていた。
「わあ、レン君すごいじゃん!それ、電気!?カッコイイ!」
パチ。パチ。と、音を立て不規則に瞬く、極々小規模な稲光。
それは確かに、魔法を使える事の証明に他ならなかった。
幻想を手に入れた、3日目。
此処に来て、明確な「力」を手にした、最初の一歩。